2025年も賃上げや処遇改善に関する話題が多かったが企業間の格差も拡大している。また、若い人材を確保するために初任給の引き上げを表明する企業が目立つ一方で、黒字経営でも中高年社員の早期・希望退職を募集する大手企業も相次いだ。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)

賃上げ継続も実質賃金はマイナス
2025年は物価高騰による賃上げが注目されたが、結局、実質賃金はマイナスのまま越年することになった。25年の賃上げ率は連合の集計で5.25%。24年の5.10%に続き、2年連続の5%台の賃上げを実現。ベア分も3.70%と昨年を0.14ポイント上回った。一方、300人未満の中小組合も4.65%となったものの、日本全体では物価を上回る賃金は実現しなかった。
労働組合のある企業とない企業の格差も大きい。労働組合のない企業が多数を占める厚生労働省の「令和7年(2025年)賃金引上げ等の実態に関する調査」(25年10月14日)によると、平均賃金の引き上げ率は4.4%となり、24年の4.1%から0.3%アップした。ただし、従業員5000人以上が5.1%(前年4.8%)、100~299人の企業は3.6%(同3.7%)。大企業は前年比プラスとなったが、中小企業はマイナスとなり、大企業と中小企業の格差がさらに拡大している。
初任給を40万円に引き上げる企業も登場
また、今年春から注目されたのが初任給の高騰だ。大手企業を中心に業界に関係なく30万円台に突入し、さらに40万円に引き上げる企業も登場した。人手不足による人材獲得競争が背景にあるが、一方で在籍社員との給与の調整や中高年社員の賃上げの抑制など様々な影響も出ている。
初任給引き上げ競争は引き上げる企業と難しい企業の採用格差も生んだ。中堅企業の人事担当者は「金融大手を中心に30万円超に引き上げるなど初任給バブルが起きている。当社は1万円上げるかどうかでも人事部内の議論がまとまらない。中には新卒を採るのを止めて、第2新卒やキャリア採用を増やしたらどうかという意見も出ている」と嘆いていた。
新卒市場に参戦する中堅・中小企業は初任給で大手企業に追随することは難しく、人事の悩みは深刻だ。初任給を大幅に引き上げると、先輩社員との逆転現象が発生する。少なくとも20代は賃金を調整する必要がある。その分、賃上げ原資も跳ね上がる。
初任給引き上げ競争が本格的に始まったのは2023年からだが、それまでは大企業・中小企業に関係なくほぼ業界一律だったが、23年から上昇する。厚生労働省の2024年「賃金構造基本統計調査の概況」(2025年3月17日公表)によると、24年の高校卒初任給は前年度比5.7%増の19万7500円、大卒は4.6%増の24万8300円に上昇している。いずれも全体の賃金増加率3.8%を上回る。また、大卒男性は25万1300円と25万円を超えている。2023年からわずか3年間で大企業が30万円時代に突入し、それに中堅・中小企業も追随しようとする消耗戦の様相を呈している。
最低賃金は過去最高の引き上げ、隣県と人材争奪
また、過去最高の引き上げ額となったのが最低賃金だ。2025年度の最低賃金は1978年度の目安制度開始以来の66円(6.3%)という大幅な引き上げとなった。中央最低賃金審議会が示した「目安額」は、都市部のAランクと中位のBランクが63円、地方のCランクが64円。全国平均は1118円(前年度比6.0%増)だったが、実際の改定額の全国加重平均額は1121円、全国加重平均額66円(6.3%)の引上げとなり、1978年度以来の最高額となった。
その背景には人材を奪われまいとする隣県を意識した引き上げだ。目安額を超える自治体が昨年を大幅に上回る39道府県に達し、最も高い引上げ額は熊本の82円(1034円)。続いて81円の大分(1035円)、80円の秋田(1031円)、79円の岩手(1031円)、78円の福島(1033円)、群馬(1063円)、長崎(1031円)、77円の山形(1032円)、愛媛(1033円)、76円の青森(1029円)となった。70円超えは地方のCランクを中心に18県に及んでいる。
隣県を意識した引き上げは九州でも見られた。9月4日、全国最高の82円アップの1034円の答申を出した熊本の数時間後、隣県の大分県は81円アップの1035円の答申を出している。
もう1つの今年の変化は改定の実施日である「発行日」が大幅に遅れたことだ。例年の発行日は10月だが、80円に引き上げた秋田の発行日は2026年3月31日と半年も遅れた。現在の951円がそのまま維持され、10月に発行する東京との格差は275円に拡大する。
27府県が今年11月以降となり、福島、徳島、熊本、大分が来年1月、群馬も3月1日となった。発行日の遅れは賃上げの恩恵を受けられないだけではなく、例えば東北の宮城が10月4日に1038円になるが、秋田は951円が長く続き、地域間格差も拡大している。
退職代行サービスが話題
今年は近年の若者の早期離職傾向が高まる中で、退職代行サービスが話題を集めた。マイナビの調査によると、「退職代行サービスを利用した人がいた」と回答した企業は、2020年は16.1%だったが、2024年(1~6月)は23.2%に増加(「退職代行サービスに関する調査レポート」2024年7月)。
また、同社の「2025年卒企業新卒内定状況調査」(2024年9~10月調査)によると、これまで自社の社員が退職する際に、退職代行業者から連絡を受けたことがある」と答えた企業は31.0%と3割を超えた。中でも上場企業は44.6%と大企業ほど多い。業種別ではどの業種も30%前後であるが、「小売」は52.9%と突出して高くなっているなど、企業の認知度も上がっている。
退職代行依頼が増える背景にはその利便性にある。本来は、上司に退職の意向を伝え、退職届を提出し、人事部を通じて所定の手続き(貸与物の返還、離職証明書の発行など)を取る必要がある。退職代行事業者は2~3万円の手数料を支払えば、本人に代わって「退職の通知」と貸与物の返還などの事後処理をしてくれる。何より上司や同僚、人事に対する退職理由の説明など人間関係のわずらわしさがない。コスパ、タイパを重視する今の若者にとっては便利なツールとなりつつある。
“黒字リストラ”で「人員適正化」
2025年は売り手市場の採用競争下で、初任給引き上げに象徴されるように若年層は賃上げの恩恵を受けた年だったが、一方、中高年層の賃上げ率は低く、物価高騰が重くのしかかる状態が続いている。2026年は若年層に偏らない賃上げを期待したいが、中高年にとっては嫌な動きもある。
今年は黒字経営なのに人員削減を行う“黒字リストラ”企業が増えた。東京商工リサーチが今年11月末までの上場企業の「早期・希望退職募集」が判明したのは42社。うち直近決算期の最終損益(単体)が黒字の企業は28社。実に募集企業の66.6%を占めている。
そして多くの企業が募集対象を50歳以上の社員だけではなく、60歳定年後の再雇用社員も対象にしているのが特徴だ。黒字リストラの実施理由で共通するのか「人員の適正化」だ。つまり、社員の高齢化を防止し、若返りを図るための人員削減を行う企業が増えている。
東京商工リサーチは2026年も増えると予想しているが、中高年層にとっては受難の年になりそうな気配だ。




