職場におけるパワーハラスメント(以下「パワハラ」)防止措置が、2022年4月以降、すべての企業において義務化されている。防止措置の具体的な内容は、厚生労働省策定の「職場におけるハラスメント関係指針」に基づくこととされているが、2025年11月17日開催の第87回労働政策審議会雇用環境・均等分科会で、新たに「自爆営業」「カミングアウト」に関わる規定を盛り込む改正案が示された。2026年10月1日の施行予定に先立ち、指針改正の概要について、丸山博美社会保険労務士に解説してもらう。(文:丸山博美社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部)

後を絶たない「自爆営業」に歯止めを。パワハラ3要件が揃う場合、パワハラに該当します
「自爆営業」という言葉をご存知でしょうか。「自爆営業」とは、使用者としての立場を利用して、従業員に不要な商品・サービスの購入を強要する行為を意味します。こうした行為は、主に売上等のノルマ達成を求められることの多い営業職、保険業界やアパレル業界等を中心に横行し、問題視されてきました。
しかしながら、これまで、自爆営業の実態そのものが体系的に整理・把握されてこなかったこと、さらに法律上の位置づけや違法性の判断基準等も必ずしも明確にされていないこと等から、実態として放置されてきた経緯があります。
<パワハラ防止指針上の「自爆営業」関連規定案>
かねてより問題視されてきた自爆営業について、このたび、労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)に基づく指針上に「パワハラ」に該当する行為として、以下の通り明記されることが予定されています。

<「自爆営業」の定義が明文化>
改正版の指針における規定例では、自爆営業について「商品の買い取り強要等(事業主が労働者に対し、当該労働者の自由な意思に反して自社の商品・サービスを購入させる行為)に関連する言動」と明確に定義しています。
具体例としては、注文ミスや作り間違えをした料理の購入、保険の自腹契約、販売ノルマ未達成時の買い取り、売れ残り商品の購入強要等があります。以下の資料で、詳細に解説されていますので一読ください。
参考:内閣府「後を絶たない自爆営業」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_03human/231115/human02_05_rev.pdf
<企業におけるパワハラ対応時に検討すべき、パワハラ認定の「3要件」>
指針では、前述の通り自爆営業の定義を明確にした上で、「(1)の①から③までの要素を全て満たす場合に職場におけるパワハラに該当する」と規定しています。つまり、従業員に対して事業主が自社製品の購入等を勧めたとしても、そのすべての事例がパワハラに該当するわけではない、ということです。以下①~③の要件を満たして初めて、問題行為がパワハラと判断されます。
職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって、
→当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。
・ 職務上の地位が上位の者による言動
・ 同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
・ 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
→社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。
・ 業務上明らかに必要性のない言動
・ 業務の目的を大きく逸脱した言動
・ 業務を遂行するための手段として不適当な言動
・ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等)を総合的に考慮することが適当である。
また、その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要である。
③労働者の就業環境が害されるもの
→当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。
この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。
参考:厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00011660&dataType=0&pageNo=1
本人の意向に反する「カミングアウト」の強要又は禁止はパワハラの可能性
労働者が自身の性的指向とジェンダーアイデンティティを尊重され、自分らしく働ける職場環境は、多様な人材活躍と生産性向上のために重要視されるべき要素です。しかしながら、職場においては周囲の無理解から、当事者が差別やハラスメント行為を受けるケースも少なくありません。
こうした状況に鑑み、性的指向やジェンダーアイデンティティに関わるハラスメント行為に関わる指針の改正が予定されています。
<強要・禁止はハラスメント! 職場における「カミングアウト」の自由を守る>
既存の指針には、性的指向やジェンダーアイデンティティに関するパワハラ行為として、「侮辱的な言動」、本人の同意なしに性的指向や性自認に関する情報を暴露する「アウティング」、性的指向・性自認に言及した「差別的な呼称の使用」等が挙げられています。
これらに加えて、今後、「カミングアウト」関連の規定が明記されることになります。 「カミングアウト」とは、本人による、性的指向やジェンダーアイデンティティの開示のことです。「カミングアウト」は本人の自由意思に基づいて行うべきであり、カミングアウトをする・しない、どのタイミングで誰に対して伝えるのかは、誰に強制されるものでもありません。
指針の改正案では、以下の通り、カミングアウトの強要や禁止がパワハラに該当するものと規定しています。

パワハラの放置で会社はどうなる? 現場で適切な対応が求められる理由があります
パワハラは、いずれの企業においてもあらゆる形で潜む深刻な労務問題のひとつです。明らかに悪意ある言動であれば対応しやすいですが、今回で解説した「自爆営業」に該当する事例がいわば職場の常識として定着していたり、性に対する認識の違いや無理解が個人の性的指向・ジェンダーアイデンティティを侵害する結果となったりと、加害側が無自覚のうちにパワハラ行為に及んでいるケースも少なくありません。
そのために、使用者側はもちろん、働く側も一人ひとりがパワハラ防止指針を理解し、正しい認識をもって職場の人間関係構築に努めることが肝心です。
また、使用者側においてはパワハラと疑われるトラブルがあっても、「あくまで個人間の問題だから・・・」「あまり大きな問題にしたくない」「どう扱うべきか分からない」等と、積極的な介入を避ける例が見受けられます。
しかしながら、こうしたトラブルの放置が、企業に様々な悪影響を及ぼす可能性があることを忘れてはなりません。働く人の心の健康が害されてしまうことはもちろん、職場の雰囲気や生産性の悪化、人材の流出、安全配慮義務違反等の法的責任の追及と訴訟による金銭的負担の発生、企業イメージの低下等、企業経営を脅かす様々な問題の火種となります。
現状、企業がパワハラ防止措置を講じなかったとしても罰則の適用を受けませんが、組織のリスクマネジメントの観点からは、「何も対応しない」という選択肢はあり得ないでしょう。
企業が対応すべきパワハラ防止措置義務は、今後ますます強化される見込みです。労務管理の専門家である社会保険労務士と共に、防止措置を始め、万が一職場でパワハラが起こってしまった際の事後措置・再発防止に、適切に対応していきましょう。

丸山博美(社会保険労務士)
社会保険労務士、東京新宿の社労士事務所 HM人事労務コンサルティング代表/小さな会社のパートナーとして、労働・社会保険関係手続きや就業規則作成、労務相談、トラブル対応等に日々尽力。女性社労士ならではのきめ細やかかつ丁寧な対応で、現場の「困った!」へのスムーズな解決を実現する。
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