組織・人事

日本人事 選択と再生【本音で語る人事部長匿名座談会】

縮小する国内市場と加速するグローバル競争の中で、人事部の果たす役割が大きく変化している。これからの人事に求められる役割と課題とは何か。大手企業の人事部長に匿名を条件に本音を語ってもらった。(文・溝上憲文編集委員)

人事

【出席者】専門商社人事部長、製薬メーカー人事部長、IT企業人事部長

【司会】本誌編集委員・人事ジャーナリスト 溝上憲文

人事部は管理・統制型から支援・パートナー型へ

【溝上】人事部の役割が大きく変わろうとしている。もちろん、昔も今も変わらない仕事もあれば、時代や業種および企業の発展プロセスによって変化する。

90年代までの作れば売れるという規格大量生産型ビジネスでは管理・統制型の人事が主流だったが、その後の他品種少量生産やグローバル競争の激化で人事のあり方も大きく変わった。加えて、多くの企業ではナレッジワーカーが増えている。工場などの装置や機械からヒトの能力・知識の重要性が増している。知識労働の時代では、人の育成と配置など人事の役割が大きく業績にも影響する。これからの人事の果たすべき役割とは何か。

【商社】人事部が全社を本当の意味で管理できなくなっている。巨視的に捉えれば、管理・統制型から支援・パートナー型に変わってきている。昔は効率を上げるために管理・統制型の人事が幅を利かせていたが、今は一人一人の社員の創造性が重視される時代だ。

そういう意味では、それぞれの部署が主体的に管理していくことを専門家の観点からどのように協力できるか。人事部はそういう立場にどんどん変化している。

【メーカー】事業支援の役割が増している。人事部にとっての顧客は各事業本部であり、顧客の事業を支援することが最大の仕事だ。とくに重要なのは、事業を支える人や組織力を強化するための支援。

事業本部はM&Aを実施してどういう事業を強化し、どれだけの利益を上げるのかという事業戦略やプランは描くが、それを支える人や組織、場合によっては人材の入れ替えにまで綿密にできているプランが案外に少ないのが現実だ。人事部がそこをカバーしていくことが大事になっている。

役員を含めた優秀人材の採用・育成

【溝上】そうした役割を担う上での人事の課題とは何か。

【商社】役員を含めた優秀人材の育成が大事だ。優秀な人材の採用から始まり、究極的にはボードメンバーを継続的にきちんと作っていくことにある。そういう視点を持たない人事部というのは、単なる事務処理屋で終わってしまう。 役員の人事を含めて積極的に口を出していくことも大切だ。また、人事制度を設計する際の大事なポイントは、会社に貢献する社員をいかに厚遇するかだろう。

【IT】会社に貢献できない社員もどうしても出てしまう。この人たちをどうするのか。環境が変われば成果を発揮するという人もいるが、私はそうでもないと思っている。足を引っ張らない限り、雇用し続けられるかもしれないが、競争が激しいIT業界ではいつまでも抱えることができなくなる恐れもある。それをどうしていくのかが最大の課題だ。

成長が見込めない企業は、降格制度の導入が不可避

【溝上】社員を抱えきれない状況下で最大の課題となっているのが降格できない昇進の仕組みや年功賃金などの処遇制度改革だ。

【IT】降格制度は不可避だ。むしろ降格が当たり前の世の中にしないとダメだと思う。かつてのように成長が見込めない状況にあり、人件費のパイが限られている。

100人の企業が新たに10人採用すれば、10人を辞めさせなければいけないということになるし、5人の優秀な人材を上のポストに就けようと思えば、今のポストにいる5人を落とさないといけない。ポストが増えない以上、それは致し方のないことだ。降格させれば、当然ショックを受けるが、大事なのは降格した人に1年間の猶予を与えてがんばれば復活できるような雰囲気づくりをすることだと思う。つまり復活人事の仕組みも考える必要がある。

【商社】降格は、その会社に入って順繰りに昇格していく期待感が裏切られることを意味する。しかし、その結果、そういう期待感を持たない人がどんどん増えていけば降格に対して免疫ができるようになる。とくにこれからの若い人たちは、リストラや降格が起きる前に会社にいないという現象が普通になってきていると思う。

【メーカー】たとえば100%の仕事をしている55歳の部長がいて、若い課長がまだ部長よりは能力が低いとしても、今、課長を部長に就けたら5年後には、今の部長よりもはるかに仕事ができるようになるだろう。

期待できる人材であれば、今の部長を降格させて課長を部長にする。課長職以上の降格制度は当然だと思う。また、そういう賭けをしなければ組織というのは絶対に維持・成長していかない。もちろん、人件費を負担する覚悟を決めれば、波風が立つ降格制度を入れる必要はないが、人件費がどんどん膨らんでいくことを容認するような経営者はいないだろう。

職務給は企業が勝ち続けるために必要な概念

【溝上】問題は年功賃金をどうするかだ。多くの企業では役割・職務給を導入しているが、依然として職能給を残している企業も多い。完全役割・職務給に脱皮できるかどうかも問われている。

【メーカー】年功に対する考え方のパラダイムシフトが求められている。50歳の社員が40歳に対して「まだまだ若造だ」と言っていたのは、今にして思えば摩訶不思議な世界だった。

入社後の10年先は大リーグの世界と一緒であり、年齢に関係なく、誰かがベンチに入り、若手がスターティングメンバーに入るという、いつでも入れ替えがある世界であるべきだ。今後は35歳であろうが、50歳であろうが、あくまでも結果重視の実力本位の組織になっていくだろう。そのためにも、職務給は企業が勝ち続けるために必要な概念であることを社員に理解してもらう必要がある。そのうえで、報酬政策と同時に降格・昇格の異動も頻繁に行うことが大事だ。

【IT】年齢が1歳上がるごとに昇給していき、いつかは課長になれるという仕組みは公平かつ平等的だ。それがうまく機能するのであればハッピーだと思うが、国力や企業の成長を考えると、うまくいくとは思わない。米系企業のドラスチックなやり方がいいとは思わないが、同じ職務・職種であれば年齢に関係なく賃金は同じというのが合理的かつ客観的だ。

既存の賃金カーブを維持することは難しい

【溝上】給与は生計費の役割を果たしている。賃金カーブをフラットにした場合、生活できない人も発生する。

【商社】確かに生計費は重要だと思う。20代より、結婚して子供がいる30代後半の人の給与を上げてやらないといけないなという感じは持っているが、そういう論調が通用しない時代になってきている。

既存の賃金カーブの維持は難しい。希望としては、どこの会社であっても同じ仕事をしたら同じ賃金という世の中に変わることだと思う。今は中小企業で非常に高いパフォーマンスを出している人が、大企業でろくに仕事をしていない50代の給与が高いわけだ。こうした格差がなくなれば、新卒の大企業への就職が加熱することもなく、とりあえず中小企業に入ってがんばるということも起こるだろう。そのためには大企業が給与を下げればいい。

【メーカー】もっと賃金管理を厳格にすべきだ。仕事や職務に応じて支払う役割給が主流になっているが、役割給にしても運用の実態は年齢カーブとパラレルで上がっているところが多い。

私としては22歳で会社に入っても30代前半までの10年ぐらいは能力の成長過程であるし、給与が上がる仕組みを設けてもいいと思っている。しかし、それ以降は年齢に関係なく、職務や実力相場の賃金に変えていくべきだろう。おそらくどこの企業も課長職以上の給与は厳密に管理するようにしているし、年齢とともに右肩上がりに給与が上がっていくのではなく、フラットな賃金体系に移行していくだろうと見ている。

プロフェッショナル、エグゼクティブを外部から確保

【溝上】もう一つの課題はグローバルに活躍できる人材の不足が象徴するように、人材の育成が進まない現状である。

【IT】人事のクライアントは現場にあり、現場が必要とするベストな人材をベストなタイミングで確保する必要がある。たとえば財務はある事業に資金が必要となれば、内部留保から捻出するのか、銀行から借りるのか、あるいは株式や社債を発行して調達するかをすぐに考えるが、人事は人材の確保においてそういう思考になっていない。

現状では人事が考える人材確保の枠組みと経営企画が考える事業戦略の枠組みがマッチしていない。人材の確保が最終的な目的である以上、マネジメントのプロやエグゼクティブのプロを内部で育成していくことも大事であるが、場合によっては外から確保することも視野に入れる必要がある。

新卒一括採用に象徴される内部昇進制のカベ

【溝上】だが、その場合にネックとなるのが新卒一括採用に象徴される内部昇進制のカベである。

【メーカー】うちも社員の約7割が新卒で、中途が3割という構成だ。アメリカではインターンシップやいろんな職業を経験しながら職歴を積み重ね、それを評価されて採用される。だからアメリカ人にとっては会社というのは、将来の目的を達成するために、自分の仕事や職域を広げるために利用するし、企業の仕組みもそれを前提に回っている。

【商社】日本ではまだ新卒一括採用を続けているし、当社もすべてキャリアで行きます、新卒は要りませんということにはならない。優秀な新人を採用し、働きながらいろんなことを学ぶことを通じてネットワークを作り、先輩に対するロイヤリティを持ち、顧客との信頼関係が築かれていく。そういう人たちが外に出て行くことはあまりない。

新卒育成と内部昇進の仕組みが残っている以上、それを無視して今はそういう時代ではないから、あらゆる職種において即戦力を採りますと宣言しても、新卒で育った人よりも優秀な人が集まるかといえばそうではない現実もある。

【溝上】経営層においては大手企業でも外から確保する動きも出てきている。内部で経営者を養成することはもちろん重要であるが、自社の枠組みを超えて経営を考えられる人は自社ではなかなか育ちにくいという面もある。ましてやマネジメントのプロとして期待される管理職の育成が日本企業では進んでいないのが現実だ。求める人材ターゲットを内部で育成するのか、あるいは外から獲得するのか。多様な方法と選択肢を組み合わせ、ビジネスニーズに合わせていくことが人事の重要な役割となっているのは間違いない。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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