AI開発人材ネットワーク「SIGNATE(シグネイト)」を運営するSIGNATEは、オンラインAI教育システム「SIGNATE Quest」をリリースした。AIの活用を検討する企業が増加する中、社員全員にAIリテラシーを育む「SIGNATE Quest」はどんな効用をもたらすのか。同社取締役副社長COOの夏井丈俊氏に聞いた。
SIGNATE 夏井 丈俊 取締役副社長COO
1987年ディスコ入社、ディスコInternational(US)CEO、ディスコInternational(UK)CEO、ディスコ常務取締役を経て、2010年代表取締役社長。17年5月オプトワークス(現SIGNATE)代表取締役社長。18年4月から現職。
まず、貴社の事業内容について教えてください。
当社は、2万人以上という国内最大のAI開発人材ネットワーク「SIGNATE」を運営し、従来の受託型のみならず、ネットワーク会員によるコンペティション型でのAI開発、開発後のアルゴリズム運用や再学習、および急速にニーズが高まっているAI人材の育成・採用までをワンストップで行えるソリューションを提供しています。
新サービス「SIGNATE Quest」とは、どのような内容でしょうか。
2019年10月に新しくリリースした「SIGNATE Quest」は、AIリテラシーを育成するオンラインAI教育システムです。実践力を養うPBL(Project Based Learning) 型教育を取り入れ、学びの定着を促すゲーム性を加えて、楽しみながら取り組めるようにコース内容に工夫を凝らしています。
AI開発の基本リテラシーは「モデリング」と「プログラミング」ですが、「SIGNATE Quest」はよくある技術ごとの単元履修ではなく、開発テーマごとにモデリングに至るまでの分析プロセスを可視化、実践することで、モデル開発の流れが理解できる独自の疑似体験プログラムであるところが最大の特徴です。
また、完全なオンライン型にすることで低価格に抑えています。昨今の対面型育成講座では2日間で数十万円かかる研修は珍しくありませんが、「SIGNATE Quest」は1人当たり1カ月数万円で受講できるため、全社員を対象に広くAIリテラシーを広めることが可能です。
プログラミング初心者でも取り組めるのでしょうか。
AIのプログラムは、一般的にPythonという言語で記述します。「SIGNATE Quest」では、Python初学者のためのプログラムトレーニング「Gym」と、開発者の立場でモデリングまで完成させる「Quest」の2コースで構成されています。
Python中級者は「Gym」を飛ばしてもらっても構いません。そのため、Python初心者から中級者まで安心して学んでいけます。もちろん、初心者は多少の学習努力は必要ですが、取り組んでみるとAIは決して手に負えない別世界のものではないことが分かると思います。
「Quest」のテーマには、例えば「商品の需要予測」「Jリーグの観客動員予測」「ECサイトにおける顧客離脱予測」「記事のカテゴリ分類(自然言語処理)」といった、よくある実践的なケースを設定しています。
それぞれについて、4~5つの「Mission」を実行することで、学習を進めていきます。各Missionには「データの読み込み」「データの精査」などの「Task」が4~5つあり、それぞれに紐づく「Operation」という問題に取り組む、という流れです。
すべての「Mission」をクリアすると、類似テーマでゼロからモデル開発に挑戦する最終実力チェック演習「Last Mission」が出題されます。「Last Mission」で作った受講者のモデル精度の自動評価と、社内ランキング機能を実装しているため、受講者はゲーム感覚で楽しみながらAIスキルや実践テクニックを身に付けることができます。
このランキング機能を活用することで、社内のAI人材を発掘することが可能です。また、実際のAI開発案件において「社内コンペ」を実施することもできます。さらに、受講者同士の情報交換や社内チューターへのQ&Aなどができる「Forum」も実装しているため、挫折せずに進めていける環境づくりに努めています。
初心者にはAIスキル、中級者からは実践テクニックが身に付くトレーニング設計
●SIGNATE Questのトレーニング内容
「SIGNATE Quest」を開発した経緯について教えてください。
今、世界的に猛スピードでAIの活用が進展しています。特に米国と中国がリードしていますが、日本は残念ながら周回遅れの状況にあります。このままでは国際競争でどんどん差をつけられてしまうでしょう。
そこで、国内では“デジタルトランスフォーメーション(DX)”が企業にとって最も重要な長戦略、生き残り戦略として注目を集めており、その柱となるAIの活用はどの企業においても避けて通れないテーマです。
しかしながら、AI人材は世界では80万人、日本には4万8000人と、圧倒的に不足しています。これに危機感を覚えた政府もAI人材育成に本腰を入れ始め、年間25万人の育成を目標に掲げました。
では、自社にAI人材が不在だと何に困るのか。自社にいなければ開発ベンダーに外注するしかありませんが、ベンダーの提案内容や見積もり額が妥当かどうか、誰が責任をもって判断するのでしょうか。それ以前に、そもそも案件がAI開発になじまないものだったり、ほかの手段のほうがふさわしいといった“頓挫するケース”は山のようにあります。
さらに、AIモデルの開発過程で利用・生成されるデータやプログラムなどについての権利関係を巡って、ベンダーとの間でのトラブルが多発しています。
社内に“AIの目利き”が1人でもいれば、こうしたチェックや判断がある程度はできるわけです。最終的なAI開発は専門ベンダーに委ねるにしても、そこに至るまでのプロセスの効率化や余計なコストカットは非常に重要です。
DXの時代を迎え、AI人材のニーズは増加の一途でしょう。あらゆる企業で社内にAIやITリテラシーを持つ社員を増やしていくことが欠かせません。
そこで、当社としてAI人材の裾野を広げることに貢献すべく、「SIGNATE Quest」を開発しました。G検定やE検定対策はもちろんですが、AIリテラシーの向上のために全社員がそれぞれのレベルで受講できる教材を目指しています。
「社内にAIやITリテラシーを持つ社員を増やしていくことが欠かせません」
「SIGNATE Quest」の優位性はどういったところにありますか。
当社は元々はAIの受託開発やコンペティション形式での開発を手がけてきた会社です。また、こうしたAI開発のスキルやノウハウを活用し、当社のデータサイエンティストやAIエンジニアが他社のeラーニングプラットフォームで講座を持ったり、カスタムメイドでの育成サービスを提供しています。
これまでに個人向けのeラーニングでは1万人以上、企業向け実地研修は3000人、全国6都市におけるAI研修では応募倍率6倍といった実績を有しています。その中で、「習得度の指標がないと理解できているかどうかが分からない」「難しく孤独で、何に役立つか分からないと学習を継続できない」といった学習者が直面する問題点を掴んでいます。
当社はAI開発のプロフェッショナルとして、実際の開発現場のニーズと、教育現場のニーズの両方を把握しています。世の中にはAI人材養成講座がいくつか存在していますが、当社のように双方の現場に携わっている企業が手がけているケースはまだないと思います。
AI人材の育成課題を熟知している当社ならではの工夫を、「SIGNATE Quest」にはふんだんに盛り込んでいます。このサービスは、DXに取り組む企業のAIカルチャーを一斉に醸成する大きなフックになるのではないでしょうか。新人研修のプログラムにも活用できますし、シニア社員の再起用の手がかりにもなります。また、受講者の進捗管理やメッセージの発信、アクセス時間のモニタリングなど、運営事務局のための管理機能も充実させています。
今後の計画について教えてください。
今回リリースしたオンライン講座は企業向けのものですが、2020年1月には個人向け講座もリリース予定です。AI人材の育成は日本の課題でもあり、NEDOや地方行政など国や県からもAI人材育成事業を受託していますが、民間レベルにおいてもこの流れを加速させていく予定です。
採用支援領域では、データやAI分野の人材要件が曖昧でスキル定義もまだ不明瞭です。現在当社では、そのような人材の職種定義やスキルセットの明確化を進めています。ますますニーズが増してくるこの分野において企業、個人双方から信頼されるリーディングカンパニーを目指しています。