組織・人事

【新成長を目指す人材戦略】ミドルマネジメントを活性化させる人事施策

人件費削減の効果と新興国経済の堅調さで2010年を乗り切った企業にとって、2011年は本格的に新成長を目指す年となる。しかし、その中核となるミドルマネジメント層のリーダーシップやマネジメント力には多くの企業が課題を抱えているようだ。新成長を目指す人材戦略として、ミドルマネジメント層の活性化に取り組む企業の現状を取材した(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

ミドルマネジャーの質が企業の競争力に直結

経済のグローバル化の一層の進展による国際競争の激化など経営環境が大きく変化する中で、人材マネジメントの重要性が増している。グローバル人材の育成はもとより、組織の要としての活躍が期待されるミドルマネジメント層の活性化が強く求められている。

しかし、現状はといえば、多くの解決すべき課題が残されている。 日本経団連が発表した「経営環境の変化にともなう企業と従業員のあり方」(10年5月18日)報告書によると、30代後半から40代半ばのミドルマネジャーの問題点として、①専門性は高いがコミュニケーション能力が不足している、②業務管理、人材管理、モチベーション管理ができていない、③部下への指導力が不足している、の3つを挙げ、いずれもマネジメント力の低下を指摘している。

また、経営者を対象にした調査(日本経団連「人事・労務に関するトップ・マネジメント調査」09年)でも同様の結果が示されている。「管理職に一番不足していると感じる能力は何か」の質問に対する回答で最も多かったのは「厳しい競争環境下において、主体的に考え、行動することができる実行力、リーダーシップ」(46.0%)だった。

続いて「自社の経営戦略や方針をかみ砕いて部下に伝えたり、部下の要望・意見に耳を傾け上司に進言したりするなどの発進力、組織調整力」(32.9%)である。 能力開発や人材育成上の課題で最も多かったのは「管理職の部下に対する指導力不足、意識不足」(73.0%)だった。経営トップも管理職の能力不足を深刻にとらえていることが分かる。

先の経団連の報告書でも「ミドルマネージャーの質が企業の競争力に直結するといっても過言ではなく、ミドルマネージャーのマネジメント力や部下指導力の強化は、経営レベルの重要課題といえる」と指摘している。

管理職の活性化にはさまざまアプローチがある。リーダーシップ能力などマネジメント力の向上を図るために従来の階層別研修の強化と実践を重視した取り組みを実施している企業もある。

部下の指導力強化については、傾聴スキルなどのコーチングの実施や管理職の人事評価制度の評価項目に部下指導を盛り込み、評価ウエイトを高めることで意識の向上を促す企業も少なくない。

また、近年は責任や業務範囲が大きくなることから管理職になることを敬遠する傾向もある。一方、ライン管理職のポスト不足により、管理職になれないミドル層も含めたモチベーションの向上策も求められている。

リーダーシップ強化プログラムを開始

ミドルマネジャー層の活性化に取り組んでいる事例を紹介しよう。キリンビールは04年以降、3次にわたる継続的なリーダー強化プログラムを実施している。 第1次研修では、部下を持つ1200人のリーダーを対象に“傾聴”から始まり、コミュニケーション能力を高める訓練を1回2日間の研修として組み立て、3ステップにわたって継続的に実施。

08年秋以降の3次研修では管理職の人事考課ツールである「リーダーシップ・フィードバック」と呼ぶ部下によるリーダー診断の仕組みを導入。管理職の上司の評価と部下の診断を組み合わせて、管理職の部下指導のあり方を含めたフィードバックスキルの向上を促す取り組みを実施している。

バンダイナムコホールディングスは、ミドルマネジャーのリーダーシップなどマネジメント力の強化を目指したグループ横断の研修を10年4月から始めている。研修は新任のマネジャーと就任3年程度の既任のマネジャーを対象にした2つ。新任マネジャーの研修期間は2日間行い、30代後半から40代半ばの約30人が参加した。

研修内容は「マネジャーの役割の認識を持たせるためのマネジメントスタイルの学習。 具体的には状況対応リーダーシップの学習、つまり、自分が思い込んでいるリーダーシップがすべてではなく、さまざまなリーダーシップの発揮のやり方を知ってもらおうというもの」(同社人事担当者)である。また、1回の研修で終わりということではなく、研修終了後、5カ月後にフォロー研修を行っている。

「基本的には振り返りを行う。実際にマネジャーを体験してどういうことを学んだのか。あるいはやろうとしてできなかった課題などを出してもらうようにしている。そうすることで本人はもとより、周囲の人にも気づきを与えることにつながる」(人事担当者)

既任マネジャーの研修期間は2日間。対象者を3年程度経験した人に絞ったのは「1年目は周りの状況を把握して、自分がどうすればいいのか考える時期。それを振り返り、自分なりのPDSのサイクルを回してみるのが2年目。それを踏まえて、どうすればうまく回るのか、あるいは回らないのかが見えてくる時期が3年目にあたる」(人事担当者)というのが理由だ。

研修ではケーススタディを使って全員で討議する時間を設定。実際のマネジメント事例について、皆で意見を出し合う形で解決策を考えていく内容になっている。

「たとえば、ある美容院を舞台にどういうマネジメントをしたら社員が生き生きと動くようになったかという事例をビデオで見てもらい、自分が実際にやっているマネジメントとどういう違いがあるのかについて意見を述べるケースも行った。必ずしも成功例だけではなく、失敗例も出しながら議論している」(人事担当者)

管理職像を明確に打ち出す

ミドル層全体の活性化に取り組んでいるのがベネッセコーポレーションだ。同社は09年度から新人事制度を導入し、管理職像を明確に打ち出した。

具体的には激しい変化を乗り越え、未来に向かって成長を続けていくことを目的に「ビジョンを語れる人」「決めて前に進める人」「人を惹きつけ気持ちを動かせる人」という3つを掲げている。

「これまでは明確に管理職像を打ち出していなかったが、新人事制度の実施に向けて、目指してほしいベネッセのリーダー像を打ち出した。課長や部長に求めたいことや期待したいことを役員クラスにインタビューし、最も重要だと考えている要素を3つに集約した」(人事担当者)

同時に管理職に必要な具体的要件について、リーダーシップとマネジメントの2つの軸に分類。リーダーシップ軸では、管理職に求める姿勢・マインドとして「ビジョン・価値観を示す」「変革する」「グローバルな視野を持つ」「決断し前に進める」「専門軸を持つ」「信頼関係を築く」「人の成長を重視する」といった要件を挙げている。また、マネジメント軸では職位に応じてミッション、役割、行動要件を定めている。

ただし、このすべてを完璧にこなすことは大変だ。したがってリーダーシップ軸の中でも、自分の苦手とする部分を得意とする部分でカバーしながら、自分の強みを活かしてリーダーシップを発揮してほしいという思いがある。

新資格制度でミドル層全体の成長を促進

人事制度改革の最大のポイントは社員の成長を支援することを目的にすべての制度を見直したことだ。 特に資格制度についてはこれまでは6等級あり、4等級以上が管理職という位置づけだったが、新たにプライマリ、アドバンス、シニアの3つのグレード制に変更した。その理由はミドル層の活性化にある。

「今までは人によっては『自分は管理職に向いていないから3等級でいい』とか、途中で自分の目標を止めてしまい、実際に3等級で留まってしまう人もいた。しかし、会社を支えているのは中堅層の社員であり、その層が日々の商品・サービスの質を維持している。できればその層を活性化したいと考え、3つのグレード制に変えることで全員が一番上のシニアを目指してほしいという思いで設計した」(人事担当者)

従来は、専門性を軸にキャリアを積んでいる社員にとっては、4等級以上に上がりにくい仕組みだった。シニアという大括りのグレードにすることで、シニアに上がれるようにしたのである。

したがってシニアのなかには、管理職に任用される人もいれば、専門職として活躍する人もいる。管理職というのはあくまで1つの役割と柔軟にとらえ、その年の与えられたテーマによって管理職に任用するようにしている。

人事管理責任は別枠で手当を支給

処遇に関しても新しい仕組みを導入した。管理職はシニアから任用されるが、管理職を「部下を持つ人事管理責任を負う人」と改めて定義した。

アドバンスから役割職責給を導入しているが、シニアの場合も役割職責給を設定し、その上で管理職に任用された人は「管理職加算」という別枠で管理職手当を支給するようにした。

「人事管理責任以外に持っている仕事や役割でまずは年収を決めようという考え方で、人事管理責任の部分のトーンを下げたということが1つの特徴。従来は人事管理責任が大きなウエイトを占め、部下の数によって決まっていたところもあり、当然部下を持たない層は年収も下がる傾向にあった」

「新制度では人事管理責任は別枠で手当として払い、むしろ組織に対する影響度など人事管理責任とは異なる尺度で評価する形に変更した。つまり、理論上は管理職のほうが必ずしも給与が高いことにはならず、部下であっても大きなテーマを持っていれば給与が高くなることになる」(人事担当者)

さらに勤務形態も整理し、新定義で管理職に任用された人は管理監督者とし、それ以外のシニア社員は原則として裁量労働制を適用している。

グローバル人材マネジメントの観点からも、これまで以上にミドルマネジャーの役割は重要になる。リーダーシップを発揮し、組織を牽引していく能力を養成していくことが急務といえるだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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