組織・人事

【先進企業に学ぶ働き方改革の取組事例】SCSK、伊藤忠テクノソリューションズ、あいおいニッセイ同和損保

人事担当者にとって働き方改革をどのように実行していくかが注目されている。その中でも残業時間削減や有給休暇取得など、社員の長時間労働を是正しながら生産性を上げていくことが、目下取り組むべき事項とされている。先進各社の取り組みを例に、働き方改革をどのように推進していくか紹介する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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残業上限規制の労働基準法改正案が国会提出

安倍政権が進める「働き方改革」の一つとして、残業時間罰則付き上限規制を盛り込んだ労働基準法改正案が国会に提出される予定だ。その一方で民間企業では長時間労働の是正や休暇の取得に向けた働き方改革が推進され、すでに成果を上げている先進企業もある。

長時間労働の是正には何よりも経営トップ主導の下で全社的な職場・個人単位の業務プロセスや業務量の見直しによる仕事の効率化を進めることが重要だと言われている。だが、一口に業務効率化といっても会社の業態や部門ごとにやり方は異なる。

しかも効率化重視の施策を拙速に進めるとコミュニケーション不足によるモチベーションの低下も発生する可能性がある。社員の創造性をかきたてるような生産性の高い働き方をつくりだしていくかが大事になる。

【SCSK】現場上長のリーダーシップの下で取り組みを推進

残業削減と生産性向上の両立を達成した企業として有名なのがシステム開発やITインフラ構築を手がけるSCSKだ。同社はワーク・ライフ・バランスと生産性向上を目的に2012年度から残業時間の削減や年休取得推進の活動を展開してきた。

残業時間の削減では2012年7月から9月までの3カ月間に「残業半減運動(年休取得推進も含む)」に取り組んだ。いきなり全社・全部署で取り組むのでなく、各本部1部署ずつ計32部署を選定し、トライアル的に実施した。また、部署によって仕事の違いがあるために一律の施策を実施するのではなく、削減のための具体的施策は本部長を責任者に現場のマネジメントに任せることにした。

部署ごとに独自の取り組みを実施した結果、前四半期比半減を100%達成した部署は13部署、ほぼ半減が3部署、25%削減が7部署、未達成が9部署という結果であった。半数の16部署が達成という実績を踏まえ、効果の高い施策を全社で共有して継続的な削減を推進した。

具体的に効果を上げた施策のトップが「業務の見直し・負荷の分散」だ。これは他部署からの異動や応援などによる多忙なプロジェクトに対する人員投入や組織統合による業務の集約・合理化などである。実際の業務量を検証し、それが残業や負荷を生んでいる場合、負担を減らして労働生産性を向上させた。

2番目に効果があったのは「リフレッシュデイの推進」。毎週水曜日に実施している全社的なノー残業デイ以外にもう1日追加し、定時退社を促進するために管理職による声かけやオフィスの巡回である。

3番目が「日次・週次での確認」による個々の業務内容の確認とムダな業務や優先順位を明確化していこうというものだ。

具体的にはプロジェクト単位で朝礼・終礼で当日の業務を確認したり、朝・夜のメールで1日の業務を確認する。また、週次で残業状況を確認し、残業が目立つと部内の会議で対策を検討し、実践していく。

いずれの施策も決して目新しいものではないが、こうした施策を部署ごとに上長のリーダーシップの下で地道に継続していくことが労働時間の削減と生産性の向上につながった。

法改正によって時間外労働削減が急務

●働き方改革実行計画の検討テーマと対応策

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【伊藤忠テクノソリューションズ】トップ主導で働き方改革を推進

同じ業態では伊藤忠テクノソリューションズの取り組みも注目に値する。長時間労働の是正に向けて10年前から取り組んできたが、これといった施策を見いだせないとき、経営トップから提案されたのがグループの伊藤忠商事が行う「朝型勤務」だった。

20時~22時の勤務は原則禁止とし、深夜勤務(22時~5時)は禁止。仕事が残っている場合は「翌日朝勤務」(5時~ 8時)にシフトし、朝勤務のインセンティブとして、深夜勤務と同様の割増賃金(時間管理対象者50%割増、時間管理対象外25%割増)を支給するものだ。

同じ仕組みを導入し「時間は有限であり、定時で仕事を終わらせようというメッセージを全社員に発信することにした」(人事担当者)という。

最初に半年間のトライアルを実施したが、アンケート調査では7割以上の社員が「働き方が変わったと実感できる」と回答し、2014年7月から正式に導入した。当初は経営トップ自ら残業している職場を抜き打ち的に訪問し、社員一人ひとりに声かけするなど積極的に動いた。

「雰囲気づくりをしようということで社長から『どうしたの、今日は何時までかかるの、どんな仕事をしているんだ、教えてくれと』と声をかけ、社員との会話から始まった。そうした動きが大きなターニングポイントになり、社員も時間は有限であるという意識が生まれた」(人事担当者)

実際に社員の月平均残業時間は10時間減少するという効果も生まれた。

その後も改革の歩みを止めてはいない。自社に合致した働き方について議論し、2016年4月から「時間と場所の自由度を高める働き方」を実施した。場所の自由度を高める施策の一つとして在宅勤務制度を拡充した。

それまでは育児・介護や傷病のある人を対象に条件をつけて認めていた。新しい在宅勤務制度は入社5年目以上の社員であれば業務内容に関係なく週3回まで認めることにした。その背景の1つには女性の活躍推進を後押ししたいという思いもあった。

「当社の短時間勤務制度は子どもが小学4年生までの10年間利用できるが、制度を利用する人も増えている。社員の中には早期にフルタイムに復帰したい人や仕事とのバランスを取りたい人もいる。新たにフルタイムの在宅勤務と出社日は短時間勤務の併用も認めることにした。上司の中にはフルタイムに復帰していきなり大変な仕事を任せて大丈夫かと心配する人もいるが、在宅勤務を利用して徐々に業務範囲を広げることも可能になる」(人事担当者)

時間の自由度を高める働き方では、時間単位有休制度の導入と「スライドワーク」(時差勤務)を導入した。午前7時から10時の範囲で始業時刻を30分単位で繰り上げ、繰り下げが可能な仕組みだ。週2日を上限に、事前に上司や同僚に伝えれば利用できる。

同社の所定就業時間は9時始業、17時30分の7時間30分。「7時に出勤すれば15時30分に退社できる。例えば子供の父母会などがあり、2時に退社したいと思えば2時間の時間単位有休を取得すれば1時30分の退勤が可能になる。始業時間を30分単位でずらせるので導入後は混乱なく利用されている」(人事担当者)と社員にも好評だ。

夜の残業から朝型勤務への切り替えによる仕事の効率化と午後早く退社が可能な時差勤務という柔軟な働き方が広がる選択肢を整備してきた。その結果、2016年度の月平均残業時間を16.2時間に短縮することができた。

同社では、経営トップ主導の働き方改革の推進によって残業時間を大幅に削減することに成功している。残業削減のための制度は一律・画一的なものでなく、選択可能な多様な仕組みを用意し、かつトップ主導による運用が大事であることを教えてくれる。

【あいおいニッセイ同和損保】労使一体となって有給取得率向上に注力

あいおいニッセイ同和損保も10年前から残業時間削減策に取り組んでいる。所定就業時間は9時から17時までの7時間(休憩1時間)。目標退社時間を設定し、本社に自動消灯設備を導入した。その目的は電気が消えることで時間は有限であることを意識させるとともに、その中で仕事のやり方を工夫してもらうことにあった。

最初は22時消灯からスタートし、段階的に21時、20時と消灯時間を早め、現在は19時消灯となっている。もちろん繁忙期や突発的な事情により残業せざるをえない場合もある。職場単位で月に8日を上限に消灯延長を認め、9日以上になる場合は事前に人事部に申請しなければならない。

また、職場単位で残業時間削減の意識を高めるために毎月1回、部・支店長に各部門の労働時間を集計した一覧表を提供している。

その狙いは「ある部門は消灯延長が少ないのに、自分の部門は10回もあると守れていないことに恥ずかしい気持ちになる。まずは上から意識を変えてもらう」(同社人事担当者)ことにある。

この他に毎週水曜日を早帰り日(目標退社時刻18時)にしている。実効性を持たせるために当初は人事部と経営企画部が「残業パトロール」を実施。今では部門ごとに管理職が2人1組となり残業パトロールを実施している。

「人事主導だと人事部だけがやっていると受け取られかねないし、部門が自主的に取り組む姿勢が大事だと考えた。18時になったら部門の管理職が各フロアを巡回し、残業している社員が帰るまで退社を呼びかける。最初は反発もあったが、今では定着し、本社部門は9割5分以上が18時に退社している」(人事担当者)

昨年の熊本地震では保険金の支払いなど損害保険サービス部門を中心に多忙な時期が続いたが、その後、取り組みを強化。現在は時間管理対象者の月平均残業時間を20時間未満に抑制するなど成果を上げている。

ちなみに同社の36協定の月間の労働時間の上限は社員資格ごとに20時間と30時間、特別条項でも月60時間と短い。政府の時間外労働時間の上限の方向性が示されたが「社員は常に60時間を意識しているので法違反になることはないだろう」(人事担当者)と見ている。

また、2015年4月に休暇制度を再編し、有給休暇の取得率向上に努めている。同社は年次有給休暇の20日以外に連続特別休暇5日、新特別休暇、夏期休暇など多くの休暇を用意していたが、特別休暇や夏期休暇などは利用しても有給休暇の取得率は約33%と低かった。

そのため連続特別休暇を有給休暇に加えて25日にするなど休暇制度を拡充。同時に休暇を取得しやすい風土や多様な働き方の実現に向けて、労使協定による有給休暇の「計画的付与制度」の導入などの施策を推進した。

「これまでは有休を取得できる人とそうでない人のバラツキが大きかった。夏期休暇など名称がつくと休みやすいとか仕事がヒマであれば取れるという受け身の人が多い。また、ライン長自身も休暇取得に対する認識が希薄だった。しかし生産性の高い働き方をしようとすると、あらかじめ休暇日を決め、そのためにどのように仕事を工夫すればよいのか考えてもらいたいという思いがあり、労使で協議して改革を進めた」(人事担当者)

社員が積極的に有休を取得するには本人だけではなく、上司の役割も重要である。同社は休暇取得推進のポイントとして、①取得者本人が主体的に休暇計画を立てること②休暇取得は、上司の責務であると認識すること③上司が率先して休暇を取得すること④休暇の計画を職場で共有すること、の4つを掲げている。

有給休暇の計画的付与制度の導入をはじめ、労組が休暇取得計画表を独自に職場に配布するなど労使一体となって有休取得率の向上に注力した。その結果、15年度79.8%、16年度85%を達成している。

改革の効果が出るまでには時間がかかる

紹介した企業は、今回の労基法改正案の5日間の休暇取得の義務化など法的政策を先取りした取り組みを実施し、成果を上げてきている。しかも長期間かけて生産性を考慮しながら実効性を高めてきた。

改正法の施行前に早急に改革に着手することが求められているが、その効果が出るまでに時間がかかることを認識する必要がある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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