組織・人事

物価上昇下の春闘、企業間の賃金格差はさらに拡大か

今春闘では大手企業で満額回答が相次いでいるが、原材料価格などの上昇分を価格に転嫁できないと賃上げが難しくなる企業が増え、企業間の賃金格差はさらに広がる可能性がある(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

大手企業の満額回答相次ぐ

日本の賃金が上がらない状態が長く続く中、3月16日、大手企業の春闘の集中回答日を迎えた。日産自動車、ホンダ、日立製作所、東芝が組合の要求に満額で回答し、いずれも賃上げ率は2%を超えた。

自動車や電機などの主要産別労働組合が加盟する金属労協の53組合のうち49組合で賃金改善を獲得。平均額も2015年以来の高水準となった。18日に発表された連合の一次集計(776組合)の賃上げ率は2.14%。昨年の1.81%を上回り、3年ぶりに2%を超えた。

賃金水準は1997年がピーク

しかし喜んでばかりいられない。連合の調査によると賃金水準は1997年をピークに長期低落傾向にあり、97年を100とした個別賃金指数は2020年は95にとどまっている。

また、大企業(1000人以上)社員の所定内賃金は97年に比べて2020年はマイナス8700円なのに対し、中小企業(10~99人)の社員は2万1300円も落ち込んでいる。

岸田文雄首相は経済界に3%以上の賃上げを要請し、賃上げした大企業に法人税額の控除率を30%、中小企業は40%に引き上げる優遇税制措置を行っている。

物価上昇で生活はさらに苦しく

その一方で足下の物価はじわじわと上がっている。もともと原油や食材など輸入コストが上昇傾向にあったが、ウクライナ危機による資源高騰がさらに拍車をかけている。

ロシアのウクライナ侵攻の影響がない2月の消費者物価指数は前月の0.2%から0.6%に拡大したが、品目別手はエネルギー関連が全体で20.5%上昇。生鮮以外の食料も1.6%上がっているが、携帯電話の通信料金が21年春から格安プランを導入した影響で53.6%下がり、この分だけで指数を1.48%押し下げている。

携帯電話料金を除くとすでに2%に到達している。4月以降は携帯料金が一巡し、押し下げ要因がなくなる上に、食料品や電気・ガス料金の値上げ、さらにウクライナ侵攻の影響が加わり、消費者物価が3%を超えるのは確実視されている。

最低でも物価上昇に見合う名目賃金が上がらないと可処分所得が減少し、生活水準はさらに低下する。問題は労働者の大半を占める中小企業の賃上げがどうなるかだ。物価水準を超える賃上げが実現できなければ従業員の生活はさらに苦しくなる。

コスト増の価格転嫁が進まないと賃金が上がらない恐れ

日本総合研究所の山田久副理事長は「輸入コストの上昇によるガソリン代の値上げは車を使う人は受け入れざるを得ないし、食品も上がっても買わざるを得ないが、家計に十分な所得がないと衣料品や家電などの支出を抑えるかもしれない。そうなると需給の関係で価格を上げづらくなり、中小企業にコストダウン要請をする可能性もある。原材料価格上昇分を商品に転嫁することで全体の取引価格が上がることが必要だが、抑制してしまうと企業収益も圧迫され、価格転嫁が難しくなるとますます賃金が上がらなくなる」と懸念する。

連合と全国中小企業団体中央会のトップが3月18日会談し、大企業と中小企業の間の公正取引や価格転嫁について協議。物価上昇によるコスト増を適正に価格転嫁し、中小企業が賃上げできる環境を整備することで一致した。

連合の芳野友子会長も「原材料費の高騰による価格転嫁が適正に行われ、賃上げしないと中小企業の労働者の幸せにもつながらない」と危機感をにじませる。

賃金水準の高い企業はあまり上がらず、低い企業は下がり続ける日本

そうでなくても大企業と中小企業の賃金格差は拡大している。

一橋大学の神林龍教授らは1995年~2013年の厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」と経済産業省の「企業活動基本調査」を企業レベルで接合したデータを使って企業間賃金格差拡大の分布を調べている(男性フルタイム被用者)。

賃金水準の高い順に企業を並べて、下から数えて10%にあたる10%点と、上から10%にあたる90%点を比較すると、10%点の企業は2000年を境に下方に向けて急落し、その後、低迷し、リーマンショック後にさらに急落する。一方、90%点の企業は2002年前後に水準を維持し、以降は緩やかに上昇し、90%点と10%点の乖離幅が徐々に拡大している。

単純に言えば大企業の給与は徐々に拡大し、中小企業は下方に向けて落ち込み、企業間格差が拡大してきていることを示す。

神林教授はこの拡大傾向は日本に特徴的な現象だと言う。「10%点の企業が下がり続けることは普通に考えるとあり得ない。なぜなら競争によって一定の利益を出せない企業は退出し、いなくなってしまうので下げ止まるので下がり続けることはない。しかも最低賃金も上がってきており、下限の企業が絶対値で見て下がるというのはおそらく日本に特徴的な現象だ。アメリカの研究では下は一定、つまり企業の生存水準で抑えられ、上は大きく跳ね上がり、ちょうど直角三角形みたいな形になり、格差が広がる。日本は下が下がり続け、上はあまり上がらないという二等辺三角形のような形で格差が拡大している。同じ格差でもアメリカと日本は違う」

賃金が上がらず消費を冷え込ませる悪循環

日本は特異な形で企業間賃金格差が拡大している。一方、50%点(中位点)の企業は02年前後まで下がり続け、その後上がっていない。半分以上の企業の平均賃金が下がっているということになる。

大企業は一定程度賃金が上昇し続ける一方、逆に中小企業は際限なく下がり続ける結果、全体の平均賃金が抑制されているという見方ができる。いずれにしても中小企業の賃金が上がらないとさらに消費を冷え込ませるという悪循環に陥る。

最後のセーフティネットである最低賃金について神林氏は「年3%程度引き上げる必要がある。おそらくインフレ率が3%を超えてくるだろうし、名目賃金を3%上げないと実質賃金が下がることになる。実質賃金が下がってしまうと、最賃付近にいる人たちの実質消費も下がってしまうことになり、大きな問題だ」と指摘する。

今春闘で中小企業の賃金をどれだけ引き上げることができるのか。少なくとも物価に見合う名目賃金の引き上げもできないとすれば日本経済復活の先行きに暗い影を落とすことになる。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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