妊娠・出産や育児中の働く女性に何らかの嫌がらせをするマタニティハラスメント(マタハラ)が横行し、メデイアで大きく取り上げられている。筆者も「マタニティハラスメント」(宝島社新書)を上梓したが、取材を通じてマタハラ問題は職場に極めて深刻な影響を与えていることを実感した。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
今年に入ってマタハラという言葉が知られてから名乗りを挙げる被害者が急増している。労働組合の連合の調査では女性の4人に1人がマタハラを受けたことがあると回答している。
また、2012年度の厚生労働省の都道府県労働局にある雇用均等室に寄せられた「婚姻、妊娠・出産等を理由とする不利益取り扱いは」は3186件。「母性健康管理」は2950件。1位のセクハラに次いで多くなっている。
都道府県労働局長に対する紛争解決の援助の申立受理件数では、セクハラを抜いて初めてトップに立った。いかに深刻な事態にあるかを示すものだ。法令違反を無視した経営者や上司による妊娠を理由に重労働をさせたり、退職を迫るなどの悪質なマタハラだけではなく、仕事を与えない、集団で無視するといった陰湿なイジメも増えている。
もう一つの特徴は、イジメの加害者は男性の経営者や上司だけではなく、本来味方であるはずの女性が深く関与している事実も浮かび上がっている。その典型的なケースは育休明けの短時間勤務中の女性に対するマタハラだ。
例えば時短勤務の女性が仕事が終わっていないのに「4時なので帰ります」と平然と言って帰る。結局、同僚女性が彼女の仕事を引き受け、残業を強いられる。しだいに不満が溜まって嫌がらせが始まるというパターンだ。金融業の人事課長はこんなイジメを紹介する。
「口で相手をののしるのならまだいいのです。上司からの伝言を彼女にだけ伝えないとか、外部の取引先との重要な情報を伝えないでいて、先方から催促の電話がかかってきて困らせるとかです。本当は周囲の様子の変化にいち早く気づいて、精神的配慮をするなり、対応をすべきなのですが、そうする人としない人がいる」
「そうすると、周囲の苛立ちも募り始め、今度は集団でその人を無視するようになります。敵対している人だけではなく、今まで親しかった人もその人とあまり口を聞かなくなります。集団で彼女を疎外し、孤立していくのです。実際に社員食堂でその現場を目撃したことがあります。以前は同じ女性のグループ同士が集まり、テーブルを囲んで話ながら食事をしていたのに、一人だけ隅のテーブルで食事をしていたのです。周りには誰もいません。おそらく一緒に食べているときに、会話の中でトゲのある発言をされて一人で食べるようになります。そして最後には辞めますと、辞表を提出する」
女性によるマタハラは連合の調査でも多い。マタハラの要因は「女性社員の妊娠・出産への理解不足・協力不足」を挙げた女性が22.0%。さらに「女性社員の妬み」を挙げた女性も14.1%もおり、合計すると36.1%。回答者をマタハラにあったことがある人に限定すると44.4%と半数近くを占めている。
だが、この結果は企業の人事担当者にしてみれば不思議なことではないらしい。大手企業の人事部長は「出産の経験のない女性上司もいれば、結婚しない同僚もいる。また妊娠・出産経験のある女性が理解あるとは限らない。子供を持つ執行役員の女性に時短勤務者のことを話したら、突然『甘えてんじゃないわよ』と怒りだしたことがあった」と語る。
マタハラ問題は、育児支援制度を既得権かのごとく利用する女性と、それに反発する女性が雑誌やネットを通じて激しくののしり合う大論争にまで発展している。
女性の心中も複雑だ。子育て中の女性の批判もあれば、子供を産まないで働くバリキャリ女性の声、国や会社の支援がない時代に塗炭の苦しみを味わいながら子育てしてきた年輩の女性、子供を諦めて男性社員並みにモーレツに働いて幹部のイスを射止めた女性にもそれなりの言い分がある。さらには、働くのをやめて子育てに専念すべきという専業主婦世代の人たちも参戦している。
論争の背後には、自分には得られないもう一つの幸せに対する妬み、子育てに追われることなく仕事に専念し、高い報酬を得ている同性に対する羨望の念など複雑な感情も錯綜しているように思われる。マタハラ問題は長時間労働や「男性優位」の職場で虐げられる女性の実態だけではなく、その中で生きる女性たちの苦闘ぶりを炙り出している。
そうした中で安倍政権は「3年育休」「女性幹部登用」を企業に要請したことで現場では一層の混乱も発生している。マタハラ問題から理想と現実で揺れ動く職場の実態が見て取れる。