【給与の15%が保険料に】膨れ上げる現役世代の負担

衆院選に突入し、各党の政策論争がスタートした。社会保障制度改革は重要テーマだが高齢者の負担増の議論は先送りされている。年金保険料率は2017年に18.3%(労使折半)で固定されることになっているが健康保険料は歯止めなく上昇していく。保険料が早晩11%に達すると年金保険料との合計は29.3%で、従業員は半分の約15%を支払うことになる。企業と現役世代の負担は膨れ上がるばかりだ。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

日本人材ニュース

解散風邪が吹き始めた11月11日。厚生労働省は13日予定の医療保険改革案の公表と14日に予定していた社会保障制度審議会医療保険部会の審議を急遽中止した。審議会のメンバーは国会議員ではなく、保険・医療関係者などの有識者である。

新聞報道によると11日に開いた自民党の会合で「選挙を意識した発言もあり、高齢者の負担増に慎重な意見が相次いだ」ことを受けての措置だという。国民医療費は毎年1兆円ずつ増え、今や40兆円。その6割を高齢者医療費が占める。審議会ではその対策を含めた医療保険制度改革について検討している最中だった。

そもそも今回の改革の発端は、社会保障制度改革国民会議の報告書(2013年8月6日)を受けて、昨年に12月に成立した「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(プログラム法)だ。この法律で示された医療保険制度改革を厚労省の社会保障審議会で検討し、2015年の通常国会に法案を提出する予定になっている。

制度改革では高齢者の保険料と自己負担のあり方も検討テーマに入っているが、その中身は高齢者医療制度の抜本的な改革にはほど遠い。プログラム法では後期高齢者支援金への全面報酬割導入と被用者保険の標準報酬月額の引き上げといった高齢者医療費の拠出側の改革にとどまる。

高齢者医療制度には65~74歳の前期高齢者財政調整制度と75歳以上の後期高齢者医療制度の2つがある。前期高齢者は約1600万人。国民健康保険(国保)、協会けんぽ、健康保険組合(健保組合)、公務員の共済組合の4つの組織(保険者)があるが、そのうち1290万人が国保に集中し、医療費は他の3つの保険者が拠出する納付金で支えられている。

後期高齢者医療制度は4つの保険者の支援金と公費で賄われている。そのうちサラリーマンが加入する健保組合の保険料収入に対する前期と後期の制度への拠出比率は47.7%(2014年度)と約半分を占めている。被保険者1人あたりの保険料は年間約46万円。そのうち半分の20万円強が高齢者医療に拠出していることになる。

健保組合の財政も深刻だ。後期高齢者医療制度がスタートした08年度以降7年連続で経常赤字が続いている。赤字組合は927組合。全1419組合の65%(2013年度末)にあたる。

赤字を回避するには唯一の収入源である保険料収入を増やすしかない。当然、保険料率を引き上げことになり、08年の7.4%(労使折半)から上昇し、14年度は8.9%に達している。仮に10%を超えると、国の補助がある協会けんぽの保険料率より高くなる。

その結果、健保組合を解散し、協会けんぽに移行した組合も多い。1994年度から2014年度にかけて188の組合が解散している。すでに保険料率10%超えの組合も少なくない。10%以上が198組合。11%を超えている組合が19もある(2014年2月末現在)。

だが、経常赤字だからといって即解散するというわけではない。健保組合は個々に積立金を保有しており、保険料率の維持と義務的経費を支払うために積立金を取り崩している。経常赤字は繰り入れ分を除いた収支の赤字であり、積立金がある限り、破綻することはない。

しかし、07年度末に健保組合全体で2兆8000億円あった積立金も毎年3000億円程度取り崩され、14年度末の残高は1兆1000億円に減少すると推計されている。健康保険組合連合会の幹部は「最低限の積立金として7000億円強は確保しておく必要がある。そうなると使える積立金は4000億円。維持できるのは2年程度だが、体力のある企業は保険料率を上げるか、最悪の場合は借金するしかない」と指摘する。

団塊の世代の高齢化でさらに費用負担は増える。団塊世代全員が来年の2015年度から65歳に達し、前期高齢者となる。2014年の前期・後期の健保組合全体の拠出額は3兆4000億円だが、2020年には3兆8800億円、2025年は4兆4200億円になる(厚労省推計)。健保組合の解散が相次ぎ、協会けんぽに移行しても、保険料率の上昇は避けられないだろう。

一方の当事者である高齢者の負担はどうなっているのか。後期高齢者医療費約14兆円の高齢者の保険料は1.1兆円、実質7%程度にすぎない。1人当たりの月額保険料の平均は約5670円(基礎年金受給者は370円)と低い。

加えて窓口負担は現役世代の一律3割に対し、75歳以上は1割負担。70~74歳については08年に2割負担が法律で決まっていたが、与党の選挙対策もあって、延長され、ようやく今年4月に70歳になる人から順次2割に移行していくことになった。

もちろん貧困世帯は仕方がないとしても、支払い能力の高い高齢者も多く、応分の負担による医療費抑制策が必要だ。給与が伸びない中で社会保険料などの法定福利費は着実に上昇している。現金給与総額に占める法定福利費は1990年度の10%から2012年度には14.4%に達している。

年金保険料率は2017年に18.3%(労使折半)で固定されることになっているが、健康保険料は歯止めなく上昇していく。保険料が早晩11%に達すると、年金保険料との合計で29.3%。従業員が半分の約15%を支払うので、月給30万円の人は、この2つだけで4万5000円も差し引かれることになる。

自分で使える手取額が低下していけば、何のために働いているのかと、働く意欲を失う人も出てくるかもしれない。政治家は選挙に勝てないので高齢者に負担を求めることはしない。シルバー民主主義と揶揄されるゆえんであるが、このままでは企業や現役世代の負担は膨れあがるばかりだ。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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