人材採用

「転職すると年収があがる」は本当か?“おじさん”転職の成功法

溝上憲文

溝上 憲文 人事ジャーナリスト
新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)など。

70歳までの就業が不可避となる中、転職をして年収をアップさせたいと思う40~50代も多いのではないか。今回は、ミドルシニアの転職の実態と成功するための心構えについて説明していく。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

近年、ミドルシニアの転職が増加

35歳転職限界説が過去のものになって久しいが、近年は40~50代の“おじさん”の転職が増えている。

エン・ジャパンの「ミドルの転職」調査によると、転職者全体に占める50代以上のミドルシニアの転職決定率は、2018年は16.1%だったが、2020年に19.1%、2021年に21.1%と徐々に増加している。

ちなみに転職決定者の平均年収は40代が2020年の610万円から2021年は620万円、50代は640万円から670万円と上昇傾向にある。これだけを見ると、40~50代のおじさんは自分にも転職成功のチャンスがあるかもと思うかもしれないが、早計は禁物だ。

年収が上がる職種の上位は

確かにおじさんの求人ニーズは高まっている。もちろん培ったスキルを生かせる即戦力人材に限定されるが、その中でも企業が求めるのは高技能のハイクラス人材だ。

たとえば現在年収800万円以上の人で2020年以降に転職で年収が上がった職種の上位は、ビジネスモデルの変革が期待されるDX人材など「技術系(IT・Web・通信系)」、「SCM・ロジスティクス・物流・購買・貿易系」、「経営企画・事業企画系」「管理部門系」などだ。

求められる職種の技能は年齢に関係はないが、とくに最先端のITスキルを備えたDX人材は40~50代にそれほどいるとは思われない。

建設関連会社、50代採用の実態

上記の職種以外でも50代を積極的に採用している業界もある。

大手建設関連会社では5年ほど前から中途採用を実施しているが、50代の採用にも意欲的だ。同社の人事部長はその理由についてこう語る。

「年齢に関係なく毎年数十人程度採用しています。求める要件は1級建築施工管理技士などの資格を持ち、経験豊富な人です。10数人のエンジニアを率いる建設現場の代理人を任せられる即戦力人材です。年齢の枠も拡大し、50代でも採用していますが、ただし、54~55歳ですと定年までわずかしかありません。そこで数年前に定年を65歳に延長し、70歳まで働ける制度を設けました。55歳で転職しても10年間は現役で働けるという安心感もあります。その結果、50代の応募者も増えています」

50代のおじさんでも歓待されるが、応募者の多くはゼネコン出身の技術者だという。高いスキルを持つ人であれば50代にも門戸が広がるのは結構なことであるが、実際の転職者はそんなに多くはない。

転職=賃金アップは大きな間違い?

2021年の45~54歳の男性の転職者数は20万人。2015年の16万人から増加傾向にある。ただし転職者比率(就業者に占める転職者の割合)は2.3%にすぎない。45~54歳といえば企業内でもボリュームゾーンと言われほど多いが、実際の転職者は少ない。

また、50代の転職決定者の平均年収は670万円と述べたが、前職の年収に比べて必ずしも高いとはいえない。中央労働委員会の「2021年賃金事情調査」によると、大企業(資本金5億円以上、従業員1000人以上)の50歳の平均年収は1034万円(大学卒・総合職、勤続28年)である。特に前職が年功型賃金体系の場合、転職すると下がるのが一般的だ。

実際は転職すると賃金は下がる

これは労働経済学では常識的な考えだ。

一橋大学経済研究所神林龍教授は「年功的賃金体系の仕組みは、入社から定年退職までの貢献分と支払い分の合計値が一致することを前提に賃金カーブが描かれる。貢献分と支払い分が一致しない若手社員は年輩になった時に、貢献分にプラスして過去の債務を返してもらう仕組みが年功賃金。今の会社にいれば債務が支払われるが、他の会社に移ったら、転職先はその人に債務はないので、結局数百万円のギャップが生じます。転職すると賃金が上がるというのは間違い。そもそも転職すると、平均的に給与が下がるというのは普遍的真理です」と語る。

例えばアメリカでは転職すると賃金が上がると言うが、実はアメリカでは賃金が上がるときに転職しているのであり、転職をしたから賃金が上がっているわけではないと言う。

一方、年功的賃金体系であっても55歳以降、賃金は低下していく。一方、40代以後の賃金も2000年以降、徐々に下がり続けている。「1つの考え方は、自分が一番高く売れるときに転職し、少しでも賃金が高い地点を確保し、その後の落ち方を操作する。あるいは落ち方を緩和できるように個人で工夫する方法もあるかもしれない」(神林教授)と言う。

70歳までの就労を見据え、今から準備を

いずれにしても50代のおじさんには厳しい試練が待ち受けている。

これからの時代は70歳までの就業が不可避になる。人材紹介会社の幹部は「70歳まで働くことを見据え、どうやって働くか今からを考えて準備する」ことを勧める。

「転職も選択肢の1つです。その場合定年後より、求人が比較的多く、競争相手が少ない60歳手前の転職が有利です。たとえ年収が300万円でも好きな仕事がやれて、70歳まで働くことができれば、再雇用で65歳までの5年間限定の年収300万円よりも70歳まで300万円もらえます」と語る。

いくつになっても転職先では謙虚な気持ちで

もう1つ、転職経験がなく、大企業で長年働いてきた人が転職する場合に気をつけることがある。

転職先で失敗する人に共通するのが「我が強すぎる」「プライドが高く、謙虚さに欠ける」「古巣との比較をついしてしまう」「過去の地位や人脈にこだわる」ことだ。

「職場に溶け込むうえで大事なのがバランス感覚や柔軟性です。前職で課長・部長だったというプライドがどこかにあると謙虚さに欠けたふるまいをしやすい。あくまで自分は新人だという意識を持ってその会社のやり方を学ぶことです」とアドバイスする。

転職先でものを言うのは「現場力」だ。今まで自分が培ったスキルが生かせるのかを考え、不足している部分があれば新たなスキルを修得する。そしてどんな職場でも対応できるバランス感覚と柔軟性を常に意識することを心がけることだ。

  • 執筆者
  • 記事一覧
溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

  1. 【2024年春闘】大企業は大幅賃上げで満額回答続出、非正規労働者の賃上げはストライキも辞さない交渉へ突入か

  2. ダイハツ不正問題は組織改革の失敗が主因、フラット化による役職ポスト大幅削減でミスを叱責する風土が形成された

  3. 2024年 人事の課題 政府の賃上げ要請と労働関連法改正への対応

  4. 2024年問題で人手不足倒産増加? ゆるブラック企業化で人材流出も

  5. 賃上げ、ジョブ型、テレワークの実態など、2023年人事のできごとを解説

  6. ジョブ型人事の導入で始まる「キャリア自律」への大転換【2024年 育成・研修計画】

  7. 選考の早期化で10月に内定出しも、インターンシップが事実上の採用選考に

  8. 賃上げの原資はどこから? 大幅アップの最低賃金改定により中小企業が迫られる決断

  9. コロナ禍を経てリモートワークはどのように変化したか これからの働き方の最適解は?

  10. 三位一体の労働市場改革のねらいとは? リスキリング、ジョブ型、転職、そして退職金増税について概要を解説

アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
MONTHLY

ピックアップ

PAGE TOP