ジョブ型、個人情報、組織開発と人材開発におけるHRテックの活用と労働法の判断例【HRテクノロジーで人事が変わる? 労働法視点から見たHRテックの活用・課題・留意点】

HRテクノロジー分野は、情報法と労働法が交錯する領域であり、双方の視点が必要となります。実務的には、採用から退職までの様々な分野においてHRテクノロジーの活用が始まっていることから、KKM法律事務所代表の倉重公太朗弁護士にHRテクノロジーの労働法における諸問題について全3回に分けて解説してもらいます。

今回は「ジョブ型、個人情報、組織開発と人材開発におけるHRテックの活用と労働法の判断例」について取り上げます。(文:倉重公太朗弁護士、編集:日本人材ニュース編集部

人事配置におけるテクノロジーの現状と未来

採用分野を離れて、配置、異動といったところにもHRテクノロジーを既に活用しているところもあり、特に近年議論されているジョブ型雇用と親和性は高いと考えられます。

なぜなら、ジョブ型雇用はジョブの範囲の定義により評価範囲を明確化するため、ジョブ型雇用において、今の仕事に対するジョブフィット率であるとか、あるいはこのジョブに居続けるとモチベーションやエンゲージメント低下します、といった類いのことが分かるからです。

ジョブフィット率が高い人に対しては、同じような分野だけではなく違う分野の示唆や関連する分野の示唆、思いもよらないが実は関係していたという分野の示唆などが与えられるのです。これらの活用は、既に一部企業で行われているようですが、適職を表示する以外にも、職に合った賃金に変えていくといったような労働法的問題が発生する可能性があります。

人事配置領域における労働法的問題

人事権について、労働法的な考え方としては基本的に非常に会社の裁量が広いです。

解雇規制は終身雇用の名残りから厳しいものである一方で、会社の中でどのように配置して活用するかに関しては、東亜ペイント事件(最高裁二小 昭61.7.14判決)によると、「業務上の必要性があって、不当な動機、目的ではなく、あとは通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がないのであれば人事権行使が認められる」こととなります。例えば、大体2時間ぐらい通勤が増える程度では、著しい不利益とは言えないといったような裁判例[1]もあります。


[1]ケンウッド事件(最三小判平12.1.28)

配置とテクノロジーの諸問題

先述の通り、テクノロジーによる異動のサジェストは既にありますが、一方でなぜその異動が必要なのかはそもそも本人に対して直接説明しなければならないことです。AIやテクノロジーの中身はサービス内容によって変わりますし、どこまで検証可能なのかについてもアルゴリズムによって変わってきます。

けれども、どうしてその判断になったのかということは会社としてきちんと説明しなければならない話です。またサジェストの一種として、上司と部下と関係が悪いので、このままではハラスメント等が起きるかもしれません、といったことが判別可能なモデルもあります。

そういったモデルにおいても当然ですが、「あなたは将来殺人を犯すので逮捕します」といったことができないのと同じように、当然先に懲戒処分することはできません。

一方でいわゆるパワハラ防止法[2]により、企業はパワハラ防止義務を負うことになりました。その観点で言えば、企業としてはあくまで事前の周知、啓発、相談窓口の設置という、事前にできることの範囲での対応に限られることとなります。

さらに、異動に関して前述のジョブフィット率が算出でき、人事異動の有効性に関して、「今の仕事はフィットしていない」という論拠を数値として出せるのであれば、むしろ立証しやすいという側面が出てくる可能性があります。

ただし、その場合もどんなデータを読ませて、どのような結論を導いたのかということを、ある程度説明をする必要はあります。これまでの労働紛争では、「成果が上がらない」ということを証明するのが難しい場合もあり、「私は頑張った」などといった主観によって争う場面も見られました。それがある種、定量的な数値によって議論ができるのであれば、判断もしやすくなる可能性があります。


[2]労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律

人事評価領域のテクノロジーと労働法

次に、前述のジョブフィット率を参照して、「あなたは、こういう仕事に就いた方がよい」というようなサジェストをさせ、それに合った配置をした上で、賃金を上げ下げするという人事制度を可能にするためには、当然ですが賃金規定もジョブ型的なものに変える必要があります。

ただし、その際には就業規則への不利益変更(労働契約法10条)の議論が生じます。

不利益変更の考え方は、①不利益の程度、②変更の必要性、③内容の相当性、④組合との交渉状況、⑤その他事情という要素を考慮しますが、年功序列から成果主義的賃金体系に変えたノイズ研究所事件(東京高裁 平18.6.22判決)というリーディングケースがあります。

ここで重要なのは、賃金総原資額を変えないことや、自己研鑽による昇給昇格の機会平等が確保されているといった点になります。

また、合理的な人事評価制度があり、なぜそういう評価になっているのか説明できるようにすることや、不服申し立て手続きがあるなどの点が見られているので、その意味では、人事評価制度における説明を人間が行う必要があります。

そのため、「ジョブスコアがこうです」というだけではなく、それが説明可能であることが重要です。また、不服申し立てというのも、例えばWatsonではなく違うアルゴリズムで判断しますということではなく、人間による不服申し立て手続きが必要になるものと解されます。

ちなみに似て非なるものとして、制度を変更することと変更後の制度に基づく人事権として賃金を引き下げるという議論は分ける必要があります。

制度変更は、就業規則の不利益変更問題であり、既にある制度を用いてその制度の中で賃金を引き下げるのは、人事権の濫用論です。人事権濫用論の場合、最終的には賃下げの前提になった評価が人事権の範囲として合理的かという点に帰着します。そこでも、前述のジョブフィット率だけではない説明が求められるのは同様です。

個人情報利用目的は、就業規則によって改正可能か

本論点は是非議論を求めたいところですが、個人情報の利用目的、従業員の社内における業務上のデータ、業務上の成果や日々のチャット履歴、メールなどの利用目的を変更する場合です。今後、HRテクノロジーを導入するに際し、情報利用規定などを改正して、例えばこれまで人事考課には用いないとしていたものを、人事考課に用いるようにすることができるかという論点です。

前提として、労働組合や従業員に対する説明会を行って理解を求め、できる限りの同意も取得していくが、時には全員から同意を取ることが困難な場合もあり、そのような場合に就業規則の不利益変更論で規約を改正すれば足りるのでしょうか。

個人的には、企業として同意取得の努力を行った上で、全員から同意を取れなかった場合においては、変更内容が合理的であれば、就業規則の不利益変更論として情報利用目的を改正できると考えています。この点は正に、労働法と情報法の交錯領域です。

では合意しておけば良いのか?

労働契約法上の不利益変更論において合理性があるのであれば、理論的には労働契約内容自体が書き換えられることとなります。

つまり、就業規則内容が労働契約になるというような条文の建て付けであるため、少なくとも私法上の効力としては契約内容が変更されるので、合理性があるという前提においては、不利益変更論で対応可能と解されます。

もっとも、個人情報保護法における同意取得というのは、私法上の意味だけではなく、公法的な意味もあるのだという観点からすれば、就業規則変更では足りないという説もありえるでしょう。

その場合、同意の取り方はどうあるべきでしょうか。

一口に同意と言っても、形式的同意と自由意志に基づく真摯な合意という概念が労働法の世界ではあります。重要な権利を放棄する場面、例えば賃金を放棄するであるとか、退職金を放棄するであるとか、あるいは退職金の制度変更において将来的にもらえる退職金が減額される場合についての同意などです(更生会社三井埠頭事件 東京高裁 平12.12.27判決、シンガー・ソーイング・メシーン事件 最高裁二小 昭48.1.19判決、他多数)。

最高裁で同意の有効性が争われたケース(山梨県民信用組合事件、最判平成28.2.19)では、ちゃんと中身を説明した上で意味が分かって同意をするという合意の真偽性が問われています。

これらに共通するのは、現在及び将来にわたる重要な個人の権利の得喪に関わるものに関しては、それがどう変わるのかというとこまで説明した上で、理解納得を経た上で同意を取らなければならないという点です。そのため、同意さえ取れれば良いというわけにはいきません。

海外の例で言えば、ドイツの労働4.0においては、労働組合などが専門チームの派遣を受けて、最新のテクノロジーに関する議論などについてレクチャーをしてもらうといったことが制度的に担保されています。一方、日本ではそのような制度はなく、労働組合でもテクノロジーに詳しい者は少ないのが現状です。連合でも皆が詳しいわけではないし、ましてや各企業別単組においては人材不足でしょう。

そのため、会社が労働組合に対してHRテクノロジーの内容を説明する際には、「そもそもAIとは」から始まり、アルゴリズムの中身やデータの内容・範囲・取得目的・利用方法などについて丁寧に説明する必要があります。それが真摯な同意に繋がるのです。

組織・人材開発の現状と未来

組織開発や人材開発との関係についてもHRテクノロジーが関わってきます。例えば、研修教育などは集合研修がメインでしたが、現在では従業員一人一人に対して、個別にカスタマイズされたマイクロラーニングや、YouTubeやTikTokのレコメンド動画が出てくるように個々人にカスタマイズされた研修テーマがサジェストされるのです。

またチャットのやり取りや媒体情報なども組み合わせて、現在のストレス状況やエンゲージメントを可視化するという取り組みも行われています。

さらに、この個人の成長やキャリア形成などに対しても、サジェストをしていくというサービスも考えられます。ちなみに、現在既にあるサービスで言えば、労働時間についてPCの起動情報とメールの送受信、Outlookの予定表などを自動的に突き合わせて、労働時間か否かをAIで判定するようなシステムも既にローンチしています。

組織・人材開発のテクノロジーと労働法

社内の人事異動に関するHRテクノロジーの活用に留まらず、さらに社外の人事異動という形で、要するに、日本全体における最適配置を実現できないか検討されているが、そういった類いのものも将来的にはでき得る可能性があります。ただし、その場合は法人の垣根を越えて、世の中全体でどうやって情報を共有するのかという問題があります。

場面は変わり、労働法的に出向というのは企業間人事異動と言われており、企業間を跨がって情報を取得・活用するという場面が生じます。

ちょうどコロナ禍において、出向というものが広く認められる[3]ことになりました。例えば、航空会社の客室乗務員が雇用維持の観点から電気小売店に出向するようなケースもあります。従前は、企業グループ内の人事交流、親会社子会社関係、請負関係における技術指導など、何らかに関係のある会社間での移動というのが前提でした。

なお、出向という雇用慣行は、労働契約法ができる前から存在するため、法形式的に見れば職安法における労働者供給として本来違法となる筈ですが、この出向というものを職安法との関係でどう整理するかという点が、労働契約法を制定する時にも課題となりました。

労契法14条[4]では、どういう場合に出向できるかを書いてしまうと違法な出向を誘発しかねないとの懸念から、結局どういう場合に出向できるかは法律には書かれず、これは厚労省の業務取扱要領[5]に記載されているに留まります。

いずれにせよ、政府としても、雇用維持の観点からもかなり広く出向を認めている状況であり、社外も含めた適正配置をHRテクノロジーでサジェストする可能性はありますが、その場合におけるデータ共有のあり方も問題となる場合が今後生じるでしょう。

次に、労働時間をテクノロジーで測るということも可能となり、これに関するサービスも実装されている段階です。

なお、労働法の議論では、AIを用いた業務やAIを活用するための研修を受けさせることに関し、これまでAI等を使ってなかった仕事の労働者に対して業務命令として受講させたり、業務を指示できたりするのかという論点があり、これを否定的に解する説もあります。

しかし、仕事にパソコンが導入された頃を思い起こせば分かる通り、現代では当然のようにホワイトカラーは1人1台パソコン使っています。パソコンが導入される前から雇用契約を結んでいた正社員は多数存在し、パソコン導入前後で業務内容のあり方は大幅に変容したが、これが不利益変更だとか労働契約を締結し直すなどの例は見られません。

つまり、AIだろうがPCだろうが業務遂行に用いるツールが変更されるだけの話であり、それは業務上の必要性・相当性がある限りにおいては、会社の指揮命令権の範囲内として認められます。要するに、嫌がらせによる配置転換などでない限り実務的に問題となることは無いでしょう。

次回は安全配慮、休職と退職、労働者性概念、それぞれにおけるHRテクノロジーとの関連ついて解説します。


[3]厚生労働省「在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版)」

[4]使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

[5]労働者派遣事業関係業務取扱要領「第1、1、(4)」


倉重公太朗(弁護士)

KKM法律事務所 代表弁護士/KKM法律事務所 代表弁護士。経営者側労働法を多く取り扱い、労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、人事労務担当者・社会保険労務士向けセミナーを多数開催。著作は20冊を超え、近著は『HRテクノロジーで人事が変わる』(労務行政 編集代表)、『なぜ景気が回復しても給料が上がらないのか』(労働調査会 著者代表)等。
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