人材育成

事業改革を加速する経営人材の条件と育成手法【次世代リーダーの選抜と育成】

持続的な企業成長に向けて、どのような人材を次世代リーダーとして選抜し、育成する必要があるのか。多くの企業がビジネスのデジタル化やグローバルな競争に迫られているなかで、事業改革を急ぐ企業において、経営をリードできる人材の条件や育成手法の見直しが進んでいる。

リーダー

リーダーを継続的に輩出する仕組みを強化

将来の経営人材となる次世代リーダーの確保は、いつの時代においても、経営者と人事責任者にとって最重要かつ最も難しいテーマだ。

リーダーシップ・コンサルティングの世界大手DDI社が実施した「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2023」(以下、DDI調査)によると、「リーダーの役割を担うことができる優れた人材の供給体制がある」と回答した日本企業の人事担当者の割合はわずか5%。グローバル企業の回答でも12%にとどまり、リーダーの確保がいかに難しいかが分かる。

日本の大手企業では、採用時や入社間もない頃から早期選抜して経営人材として育てる方針を明確にしたり、経営危機に陥った場合などを除けば外部からは経営者を招くケースは以前少ない。主に部長・課長層から候補者を選抜し、難しい仕事や研修などを通じて鍛えていくことが大半だ。

DDI調査の日本版を担当するマネジメントサービスセンター取締役の福田俊夫氏は「次世代リーダーの確保は日本企業の緊急課題ですが、外部から採用しようとしても候補者は少なく、採用コストは非常に大きくなります。そのため、社内の『リーダーシップ・パイプライン(リーダーを継続的に輩出する仕組み)』の強化に関する相談が増えています」と話す。

実際に、企業から同社へ依頼される次世代リーダーの選抜と育成を目的とする人材アセスメントの件数はここ1年間を見ても非常に多くなっている。背景には、次世代リーダーの数を増やしたいということに加えて、事業環境が大きく変わるなかで、リーダーに求められる条件に変化が生じてきていることがある。

例えば、デジタル活用による事業改革に取り組む企業は増えているが、異なる分野からの参入など、以前とは競争環境が大きく変化しているにも関わらず、既存の枠組みでしかビジネスを考えられないような人ではリーダーは務まらない。

事業戦略の変化に合わせて人材を選抜・育成していくために、同社は経営人材の後継者を選抜する「Leader3 Ready」、次世代リーダーの素養を見極める「Leadership Snapshot」をはじめ多様なアセスメントサービスを提供している。

人材要件の設定では、事業戦略と企業文化に沿って、ビジネス促進のために3 〜 5年で乗り越えるべき課題や障害である“ビジネス・ドライバー ”を特定し、事業戦略を実現する人材に必要なコンピテンシーを割り出すことでビジネスで結果を出せる人材を導き出す。

「人事部が高く評価している社員が実際のビジネスにおいて結果を出せないというケースが出ています。デジタル化などで事業環境は大きく変化していますので、コンピテンシーやトレーニング内容を事業戦略に合わせて見直していくことが必要です」(福田氏)

多くの企業がリーダーの確保に苦労している

●「リーダーの役割を担うことができる優れた人材の供給体制がある」と回答した人事担当者の割合

マネジメントサービスセンター
(出所)マネジメントサービスセンター「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2023〔日本特集〕」を基に編集部作成

海外事業を拡大するために経営人材の確保を急ぐ

国内ビジネスの縮小に見据えて海外事業の拡大を急いている企業では、グローバル人材の選抜と育成の取り組みが次世代リーダーの確保に直結する。

そうした企業の実情に詳しいインサイトアカデミーの金珍燮COOは「コロナ禍で駐在員を派遣できない時期はありましたが、海外事業の重要性は変わらず、むしろビジネスの難易度は上がっています。そのため、以前は駐在予定者の研修だけだった企業などからもグローバル人材をさらに増やしていくための総合的な取り組みの相談が多くなっています。経営戦略で海外事業の拡大を打ち出しているのに、人材確保が追いついていないという状況です」と話す。

同社が提供するグローバル人材育成特化型eラーニング「INSIGHT ACADEMY」は、現地ビジネスを想定した駐在員向け研修、拠点長に必要なガバナンスやコンプライアンス知識を効率的に学べる講座などが20カ国分も用意され、大手・上場企業を中心に150社以上で活用されている。

さらに、グローバルビジネスに携わる社内の「人材プール」を増やすために、国内社員を対象とした研修も引き合いが増えている。国内社員は海外でアウトプットする機会が限られるため、異文化コミュニケーションなどをeラーニングで体系的に学ぶことに加え、海外事業経験者を講師に招いたり、駐在社員も一緒に参加するようなインタラクティブに学べる研修も組み合わせて提供している。

同社顧客のメーカーは、事業拡大を目指す重点地域を明確にしており、多くの社員を対象にグローバルビジネスのリテラシーを高める研修を行っている。その中から有望な社員を、拠点長を担える経営人材に育てていく方針だ。以前のように生産拠点として進出するのであれば日本のやり方を伝えるだけでよかったが、現在は現地のニーズにマッチしたビジネスを行って事業を拡大していく必要があるため、経営人材の確保が急務となっている。

階層別や機能別の研修だけでは経営人材を育てることが難しいため、研修内容を見直す企業が増えているようだ。

「目の前の課題を解決する研修だ けをしていると将来の事業成長に向 けた人材育成が手遅れになります。 リソースが限られる中で研修をどんどん追加していくわけにはいきませんので選択と集中が必要です。また海外事業は最初は規模が小さいため過小評価されがちですので、社員のモチベーションを高めるためには適切な評価や帰国後のキャリアに対するフォローも欠かせません」(金氏)

海外拠点長を担える「経営人材」の育成を強化

●インサイトアカデミー「海外拠点長候補者育成」研修事例

インサイトアカデミー
(出所)インサイトアカデミー「インタラクティブ研修資料」を基に編集部作成

人を動かすリーダーになるために「人間力」を開発

社員教育を支援するPHP研究所にも次世代リーダー育成の相談が相次いでいる。直近でも、コロナ禍で研修を一時見合わせていた多くの店舗を持つ地方企業や、人材育成を通じて組織風土を変えていきたいという大手メーカーなどでの次世代リーダー向け研修が始まっている。

同社人材開発普及部/人材開発企画部の的場正晃部長は、次世代リーダーの育成に取り組む企業が増えている主な理由として、次の3つを挙げる。

「一つ目は、人的資本情報の開示が求められるようになり、研修予算を増やしている企業があります。二つ目は、コロナ禍で経営危機を経験した企業が人材不足を痛感し、BCP (事業継続計画)の観点から取り組 むケースです。三つ目は、ビジネスが多角化している企業では経営者だけで全ての事業を掌握するには限界があるため、各カンパニーや事業部門を率いることができる経営人材の確保が必要だということです」

コロナ禍で事業撤退や人員整理などの厳しい経営判断を迫られた企業は少なくない。また、競争が激しさを増すなかで、より迅速な意思決定が要求される。リーダーの一つ一つの判断が企業の命運を左右するという認識を改めて強くしている経営者や人事責任者が同社に相談を寄せている。

同社が提供する研修プログラムは、パナソニックグループ創業者の松下幸之助氏が目指した「経営のわかるリーダーを育てる」という軸がはっきりしている。具体的な内容は各社によってカスタマイズされるが、経営者としての「ものの見方・考え方」を自ら獲得するために、さまざまな「問い」を投げかけつつ、現場で壁にぶち当たり、汗をかきながら問題を解決する経験を通じて、経営感覚を磨き高めていく実践的な研修である点は共通している。対面集合研修、職場実践、成果報告を反復し、標準で1年半程度を掛けて実施される。

的場氏は「組織で事業に取り組んで結果を出すためには、人を動かさなくてはなりません。そのためには、人間とは何かを探求し、『人間力』を開発する必要があると私たちは考えています」と強調する。こうした考え方に経営者や人事責任者が共感し、自社の人材開発方針に取り入れている顧客もある。

エグゼクティブコーチングが求められている理由とは

経営人材の育成手法として、難易度の高い仕事をアサインしたり、研修を行うだけでなく、エグゼクティブコーチングを導入する企業も出てきている。

三菱ケミカルホールディングスで役員を務めた後、コーチに転身したコーチ・ジネッツ代表の吉里彰二氏は年間500回近くのコーチングを経営者や人事責任者から依頼されている。総合建設会社の社長候補者、電子機器メーカーの新任部長、数千人の部下を持つ大手電機メーカーの事業部長などを個別にコーチングするケースや、役員や本部長全員を対象として「一枚岩の経営チームをつくる」ための組織開発型のコーチングを受けている食品メーカーなどもある。

エグゼクティブコーチングが求められている理由について、吉里氏は「以前は、社内の誰もが認める実力を持ち、本人の覚悟も十分になった段階で経営幹部に任命していましたので『育てる』という考えは薄かったと思います。しかし人が減っていく時代に入り、リーダーの候補者は限られ、有力候補が転職してしまうケースも出てきました。そのため、役員候補や新任部長にコーチを付けてリーダーとしての覚悟を持たせ、役割を果たせる人材に鍛えてほしいと考える経営者が増えています」と説明する。

高いスキルと経験を持つ人材の不足は慢性化しているが、経営を担える人材の不足も同様だ。ビジネススピードの高まりで一度失敗すると巻き返しが難しいケースも多く、プレッシャーに負けずに結果を確実に出すことが求められている。

また吉里氏は、コーチングを受けている次世代リーダー自身が必要と考えているスキルについて、次のように話す。

「心理的安全性の考えや1on1の広がりもあり、前の世代に多かった『一方的に話すだけ』のリーダーは社員に受け入れられなくなりました。今の部長たちには『話をきちんと聞ける』ようになりたいという姿勢が感じられます。部長に対するコーチングの中で、『若手が突然辞めてしまうことに課長が悩んでいる』という話がよく出てくるのですが、能力不足の課長の職場が崩壊状態で、課長のサポートに時間を使っている部長が少なくありません。私のコーチングを受けている部長の多くが、自らもコーチングスキルを身に付けて課長の指導に生かしたいと話しています」

リーダーとして事業改革をけん引するとともに、課長をサポートして職場のマネジメントにまで気を配らなくてはならないという今の部長たちの負担の重さをうかがわせる。前出のDDI調査においても日本企業のリーダーが回答したビジネスの最優先事項は、売り上げや利益の拡大といった内容よりも「組織の人材力強化」や「従業員のエンゲージメントの向上」が上位に入っており、社員のスキル不足や定着に対する危機感が非常に高まっていることは間違いない。

労働力人口の減少が進み、働き方や企業に所属することへの意識が大きく変化しているなかで、経営層が社員のエンゲージメントを高めて人材流出を防ぐという意識を持って組織運営に当たらないと、企業を持続的に成長させていくことは困難になっている。また人材の流動化が進むと、新卒から一律に社員を育成していく方法ではリーダーを確保するのも難しくなるだろう。

上場企業に義務化された人的資本情報の開示においては、人材育成の取り組みや成果に対してこれまで以上に注目が集まることが予想される。自社にふさわしい経営人材の条件を明確にし、育成手法を見直していくことが急務となっている。

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