2025年も賃金に関するテーマが人事の大きな課題になることは間違いないだろう。社員の離職を防ぐためのカスハラ対策や仕事と育児の両立支援などへの取り組みも必要で、労働力減少に備える人事戦略が求められる。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
大幅賃上げ続く春闘の行方
2024年の春闘の賃上げ率は前年比5.10%、額にして1万5281円、300人未満の企業は4.45%、1万1358円(連合集計)となり33年ぶりの大幅な賃上げ率となった。労働組合のない企業も含まれる厚労省の「賃金引上げ等の実態に関する調査結果」(2024年7月20日~8月10日実施)でも、平均賃金の賃上げ率は4.1%(同3.2%)と前年を上回った。現在の調査方法となった1999年以降で最も高かった。
1人平均賃金の改定額・改定率の推移
2025年の賃上げは2023年の大幅賃上げから3年目となるがどうなるか。連合は2024年10月18日に開催した中央執行委員会で2025春闘の「基本構想」を確認。基本構想では「生活が向上した実感している人は少数にとどまり、個人消費は低迷している」と分析。その背景には「物価高が勤労者家計を圧迫してきたことに加えて、中小企業や適切な価格転嫁・適正取引が進んでいない産業などで働く多くの仲間にこの流れが十分に波及していないこと」を要因としてあげている。
その上で賃金要求指標パッケージをまとめ、「全体の賃上げの目安は、賃上げ分3%以上、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上とし、その実現を目指す」としている。中小については「中小労組などは格差是正分を積極的に要求する」としている。
具体的には規模間・雇用形態間の格差是正に向けた方針として「すべての中小組合は、賃金カーブ維持相当分を確保した上で、賃金実態が把握できないなどの事情がある場合は、賃金指標パッケージの目標値に格差是正分に1%以上を加えた6%以上・1万8000円以上を要求」を目安としている。
賃上げに向けて連合と経団連が足並みを揃える
連合の芳野友子会長は記者会見で2024年春闘では大手企業と中小企業の格差が開いたことを踏まえ「2025年春闘では中小・小規模事業者の底上げに力を入れていきたい」と発言。労務費を含めた価格転嫁の重要性を強調した。金属関連製造業の5つの産業別労働組合で構成する金属労協は、2025春闘では定期昇給などの賃金構造維持分を確保した上で、「ベア1万2000円以上」の賃上げに取り組む方針を決定している。
構成産別のうち、中小労組が多く加盟するJAM(ものづくり産業労働組合)は、「ベア1万5000円(総額1万9500円)以上」とする方針案を決定。鉄鋼・造船などの労組でつくる基幹労連は、ベア1万5000円を要求基準とするなど、いずれの産別も昨年以上の賃上げ要求を掲げている。
一方、経団連の十倉雅和会長は連合の賃上げ目標について「今年の賃金引上げの結果を踏まえ、連合が来年の春季労使交渉において今年と同様の5%以上の賃金引上げ目標を掲げたこと、また、中小企業の賃金引上げが課題との共通認識に立てば、中小企業について6%以上というチャレンジングな目標を設定したことは、運動論として理解できる」と
発言し、理解を示している(2024年10月22日定例記者会見)。
その上で「2023年は賃金引上げの力強いモメンタム『起点』の年となり、2024年はそれが大きく『加速』した年となった。2025年はこの流れを『定着』させ、2%程度の適度な物価上昇のもと、賃金と物価の好循環を実現したい」と発言。賃上げに向けて連合と経団連が足並みを揃えている。
労務費の価格転嫁で中小企業の賃上げ進むか
ただし、中小企業の賃上げを促進するには2024年以上の価格転嫁の取り組みが必要だ。価格転嫁については原材料費、エネルギー価格の転嫁は比較的進んでいるが、労務費の転嫁をさらに進むかどうかが大きな試金石となる。
政府は2024年10月30日、「新しい資本主義実現会議」を開催し、新しい資本主義の推進の重点施策(案)について議論した。議論を踏まえて石破茂首相は、「賃上げ環境の整備」を第一にあげ、「労務費の価格転嫁を徹底するため、各業界における実態調査とその結果に基づく改善を年末までに完了させる」、「不適切な労務費の価格転嫁事案については独占禁止法と下請代金法に基づき厳正に対処」、「下請代金法の改正についても早期の実現を目指す」などと述べている。
賃上げといえば、最低賃金の引上げの行方も気になる。石破茂首相は最低賃金の2020年代の全国平均1500円を目指すことを表明している。しかし2020年代に全国平均1500円を実現するのは容易ではない。2024年度の都道府県の最賃の全国加重平均額は前年度比51円増の1055円であり、上昇率は近年にない5.1%の高水準となっている。
1055円を2029年度までに1500円にするには毎年平均90円、率にして7.3%の引き上げが必要になる。2024年の最賃引き上げで注目された徳島県の84円を上回る引き上げになり、日本商工会議所をはじめとする経済界の反発も強まる可能性もある。
カスハラ対策が法制化へ
2025年は労働関連の法律も順次施行される。悪質なクレームなどカスタマーハラスメント(カスハラ)の防止に向けた東京都の「カスハラ防止条例」が4月1日から施行されるとともに、政府はカスハラについて雇用管理上の措置義務を盛り込んだ改正労働施策総合推進法を通常国会に提出する予定だ。
セクハラ、パワハラ等は主な行為者が職場内に限定されるが、カスハラの加害者は外部の第三者である点に特徴がある。東京都は条例第4条で「何人も、あらゆる場において、カスハラを行ってはならない」とカスハラ禁止を規定。カスハラの定義を「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」とする。
つまり、①顧客等から就業者、②著しい迷惑行為、③就業環境を害する―の3つの要素をすべて満たすものがカスハラになる。著しい迷惑行為とは「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」と規定している。
企業の対応については「速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申し入れ、その他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならない」と規定。従業員を守るために「現場責任者等が対応を代わった上で、顧客等から就業者を引き離す、あるいは、弁護士や管轄の警察と連携を取りながら対応するなど、就業者への被害がこれ以上継続しないようにすることが求められる」(ガイドライン)としている。
さらに①カスハラ対策の基本方針・基本姿勢の明確化と周知、②カスハラ禁止の方針の明確化と周知、③相談窓口の設置、④適切な相談対応の実施、⑤相談者のプライバシー保護に必要な措置を講じて就業者に周知、⑥相談を理由とした不利益な取り扱いの禁止の周知、⑦現場での初期対応の方法や手順(マニュアル)の作成―を挙げている。
カスハラ被害による従業員の退職・休職
カスハラ対策の内容
厚労省の有識者による「雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会報告書」(2024年8月8日)ではカスハラ対策の強化を求め、「労働者保護の観点から事業主の雇用管理上の措置義務とすることが適当」と提言。これを受けた労働政策審議会の雇用環境・均等分科会の「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について」(2024年12月16日)でも、事業主に雇用管理上の措置義務を課すことを求めている。
具体的には、①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発、②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、③カスハラに係る事後の迅速かつ適切な対応―等が盛り込まれている。今後、法案化を経て通常国会に上程される予定だ。
企業に求める対策は東京都が求めるものとほぼ同じであるが、特にカスハラでは現場と本社の情報共有が大事だ。東京都の条例作成に関与した専門家は「カスハラに関する現場の記録を本社や本部に報告する仕組みが重要になる。現場の情報をしっかりと吸い上げるルートを構築し、本社が情報を集約して対策につなげていく体制が不可欠」と指摘する。東京都の条例に合わせた体制づくり、そして法律の施行に向けた対応も急がれる。
仕事と育児の両立支援拡充
4月以降、改正育児介護休業法が順次施行される。改正の最大の目的は「男女で育児・家事を分担しつつ、育児期の男女が共に希望に応じてキャリア形成との両立を可能とする仕組みを構築する」ことにある。制度の改正は、子が3歳になるまでの両立支援の拡充と子が3歳以降小学校就学前までの両立支援の拡充の2つで対応が急がれる。
4月1日から施行される施策は、①子の看護等休暇(小学校3年生修了まで、従来の病気・けが等以外の感染症に伴う学級閉鎖等、入園(入学)式、卒園式も利用できる、②子が3歳になるまでの両立支援としてテレワークを活用促進するため、事業主の努力義務とする、③所定外労働時間の制限(残業免除)を小学校就学前までに拡大、④短時間勤務制度(3歳未満)の代替措置にテレワークを追加、⑤育児休業取得状況の公表義務を従業員300人以上の企業に拡大―の5つ。
10月1日から施行される施策は、子が3歳以降小学校就学前の時期における新たな支援策として「柔軟な働き方を実現するための措置」を事業主の義務とし、事業主が①始業時刻等の変更、②テレワーク等(所定労働時間を短縮しないもの)、③短時間勤務制度(育児のための所定労働時間の短縮措置)、④保育施設の設置運営その他のこれに準ずる便宜の供与(ベビーシッターの手配および費用負担等)、⑤新たな休暇の付与(労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための休暇)―の5項目から2項目以上を選択し、労働者は事業主が選択した措置の中から1つ選べることにした。
このうちテレワークについては、「『共働き・共育て』を可能にする勤務日の半数程度(週5日勤務の労働者の場合、1カ月で10日以上)の基準を設ける。
高年齢雇用継続給付の支給率が縮小
4月1日からは高年齢雇用継続給付の支給率が縮小される。60歳到達等時点に比べ賃金が75%未満に低下した状態で働き続ける60歳以上65歳未満で被保険者期間5年以上の雇用保険被保険者に給付金を支給する制度だったが、4月1日以降は、各月に支払われた賃金の10%(変更前15%)を限度とすることになる。
この制度はいずれ廃止される予定だ。定年後の継続雇用制度を導入している企業にとっては賃金の補填としての役割を担っていたが、縮小・廃止を踏まえて、定年後再雇用社員の処遇制度も見直すべき時期にきている。人手不足の中、就業年齢も70歳が当たり前になりつつあり、現役世代も含めて賃金制度改革を行う企業も増えると思われる。
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