テンプホールディングスはM&Aに積極的に取り組み、2013年4月には人材サービス大手のインテリジェンスを買収して経済界を驚かせた。同年5月には創業者の篠原欣子氏が会長、水田正道氏が社長に就任した。大きな変革期にある同社を率いる水田氏に次なる成長戦略や人材業界の今後について聞いた。
テンプホールディングス
水田 正道 代表取締役社長
1959年生まれ。神奈川県出身。84年青山学院大学経営学部卒業後、リクルート入社。88年テンプスタッフ入社。新宿支店長、営業本部長を経て、95年取締役営業本部長就任。2002年テンプスタッフ・テクノロジー代表取締役社長、05年テンプスタッフ取締役東日本営業本部長、06年常務務取締役東日本営業本部長、08年テンプホールディングス常務取締役、10年テンプホールディングス・テンプスタッフ取締役副社長、12年代表取締役副社長、13年代表取締役社長就任。人材派遣協会理事、人材派遣健康保険組合理事。座右の銘は「積小為大」。
成長の要因となったM&Aですが、これからどのようにグループをまとめていこうと考えていますか。
おかげさまで、既存事業の成長とM&Aにより業績を大幅に伸ばすことができました。2014年3月期は、売上高が前年比147%と予想しています。その前年度は106%でしたから、格段の伸びといえます。今後のホールディングスの事業戦略ですが、二つの側面があると思っています。まずは、効率化です。総務や経理、システムなどのスタッフ部門を中心として重複する業務は集約することでコスト圧縮を図ります。
もう一つは、各社それぞれがサービス領域の拡大や質の向上を図り、グループシナジーを発揮することですね。 例えば、グループ内に製造業界における研究開発分野のアウトソーシングを手がける日本テクシードがありますが、13年にAVCテクノロジーやAVCマルチメディアソフト、DRDなど非常に高い技術力を有した企業がM&Aでグループ化したことで、これまで日本テクシードの技術者に提供できなかった上流工程の仕事を提供することが可能となりました。グループ内の技術者に新たな領域の高レベルの仕事を提示できるようになり、技術者のキャリアパスをさらに広げることが可能になったと考えています。
技術力が高い会社をグループ化したメリットですね。
これまで参入できなかった分野です。特にDRDは自動車の実験設備も擁していますので技術力には自信をもっています。当社のビジネスは人材の提供であり、ノウハウや技術力は人に蓄積しますから常に人材育成が必要です。しかし、技術系人材を育成するには非常に時間がかかるため、M&Aは機会と時間を得るための最適な手法ととらえています。
これまでで最大となったインテリジェンスのM&Aの効果はいかがですか。
販路拡大には期待しています。テンプスタッフの営業担当者のマンパワーを活かして企業に「an」「DODA」などの求人メディアや人材紹介を積極的に提案していきます。これまでテンプで手がけてきた人材紹介事業は、圧倒的にノウハウのあるインテリジェンスに集約し効率化を図ります。
今後もM&Aは活発に行っていきますか。
拡大余地はまだあると思っています。成長投資のために昨年、社債発行や公募増資により300億円の資金を調達しました。また、派遣事業では圧倒的ナンバーワンを目指したいですね。なぜなら、今後予定されている派遣法改正により、派遣スタッフが安心感を持って働ける環境をいかに提供できるかが重要なポイントになります。そのためにも求人量を担保できる規模が必要となります。
また、派遣会社がスタッフを自社で無期雇用することも求められてきます。今回の派遣法改正は、スタッフの雇用の安定化を実現する、いわば派遣会社の覚悟が問われているのです。人材ビジネス業界は、ますます公共性や社会性を問われ、それに応え続けることこそが社会的な責務を果たすことだと考えています。
まさに業界リーダーとしての自覚を感じます。
そのためにもサービスを活用する求職者、企業等にとり、真のエージェントになる必要があります。日本ではエージェントとブローカーが混同されている傾向にありますが、単に情報を流すのがブローカーと考えれば、求職者の将来、会社の未来を見据えた提案ができる、我々が介することで価値を生み出すのがエージェントです。真のエージェントにならなければ存在価値はありません。
この10~20年、カネとモノは流動化しましたが、人だけは固定化され新陳代謝が進みませんでした。アベノミクスの成長戦略で成熟産業から成長産業への人材のシフトが日本の活性化には欠かせないと思います。とはいえ流動化と安定化は相反する関係とも言えますから、最適な仕事を継続的に提供することで流動化を安定化に変える努力が求められるのです。
そういう意味でも、M&Aで人材サービスがフルライン化する必要があったということでしょうか。
働く人の多様なニーズに十分応えられる体制が整ったと自負しています。特に女性はライフイベントが多く、環境が変れば働き方は変わります。日本の女性の就業率がスウェーデン並みに高まれば、デフレを解消するほどの力をもっていると思っています。
そうした柔軟な雇用環境を構築するためには、当社のサービスレベルやクオリティーはまだまだ磨く余地があります。時代に応じて常に変化し続けなければならないので永遠に終わりはないのですが、常に進化し続けることでマーケットに支持される企業を目指します。
そのためには、事業をどのように強化していこうと考えていますか。
現場力の強化に尽きます。元来、社員一人一人の力とも言える現場力には強い自信がありましたが、さらに高めていきたいですね。重要なのは、働く人や企業のために現場が健全で適切な判断に基づきサービスを提供することに尽きます。その積み重ねで信頼は生まれます。
そのためには、社員が主体的に考え、判断・行動できるマネジメント環境が非常に重要です。よく管理職に「社会性を考えてウルトラ高度な経営判断をしろ」と言っています。環境変化における判断には正解はありません。その判断力を支えるには倫理感と社会性が欠かせません。高い倫理感を持ち課題解決に臨むことで健全な考えが宿り、健全な判断につながる。それは、社員の主体性を育み、結果、求職者や企業に高いレベルのサービスを提供できるようになります。それを続けることで社会性や公共性は高まると考えています。
現場から叩き上げてこられた水田社長らしい考え方ですね。
社員一人一人の現場を見ずにマーケットは見えません。私は常々、リレーションも築けていないのにソリューションを語るな、と言っています。 当社は何か製品を作っているわけではありません。社員の考え方や姿勢、行動がサービスレベルに占める割合が非常に大きいのです。現場での実務に勝る教育はありません。現場での苦労が最も人を成長させます。
求職者に「なぜテンプを選んでくださったのですか」と聞くことがあるのですが、「コーディネーターの対応がよかったから」と回答してもらえます。これがすべてを物語っています。派遣期間が終われば、期間をあけることなく、キャリアや希望に合った次の仕事先を紹介していく。当社がこのサイクルを続けることで、信頼関係は築かれます。
人手不足が顕著になっていますが、どんな展開策を講じていますか。
求人は完全にリーマン・ショック前に戻り、人材は非常に枯渇しています。人手不足の解消策として、女性とシニアに着目しています。例えば、インテリジェンスの経営顧問の紹介事業「i-common」は、シニアの経験や人脈を活用するサービスですが、まだまだ開拓の余地はありますね。ほかにも未就業の女性、新卒、障がい者など、新しい領域を広げていきたいと思っています。
ところで、篠原会長と水田社長の役割分担はどう決めているのでしょうか。
長い付き合いなので、あうんの呼吸ですね。基本的には篠原が培ってきた“不易”を守りつつ、私が“流行”を担ってバランスよく時代の変化に対応していきたいと考えています。当社は社員の自主性が高いので、私は、これまでもこれからも、社員と一緒に愚直に汗を流していくと思います(笑)。