OJTの指導役になった若手社員の悩み【今時の新入社員の育成方法】

今年の4月に入社した社員が研修を終えて各職場に配属されるのが5月。各部署では新人のOJT(職場内教育訓練)が始まるが、すでに新人研修でビジネスマナーをはじめとする基礎的スキルを徹底して学んだはずである。しかし、最近はそうでもないらしい。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

新入社員

昨今の新入社員事情

最近の研修は腫れ物に触るようなスタイルが少なくないという。あまり厳しくやりすぎるとショックを受ける新人もいる。研修中に叱られてへこんでしまい、研修に出てこなくなり、しばらくして精神科の医師が書いた「うつ」の診断書を持参し、休職を願い出た新人もいる。あるいは研修に嫌気がさしたのか人事部宛に「退職届」を郵送してきたケースもある。

当然、採用時にストレス耐性があることをチェックしたはずなのだが、見抜けないまま入社し、研修やOJTで本性を現す社員もいる。大手外資系消費財メーカーでは研修後に営業部門に新人を配属したところ、2週間後に営業担当課長から人事部にクレームが飛んできた。

「何だよ、あの新人は全然使えないじゃないか。顧客先の納品に連れて行っても挨拶もまともにできないし、率先して物を運ぼうとしないで突っ立っているだけ。どんな教育をしていたんだ」

もちろん新人は一流大学出身の優秀といわれる社員である。新入社員研修といっても講義形式主体の研修が大半であり、本当に身に付いたかどうかわからないまま、現場に配属されることも多い。

OJTの負担増加

入社後の1年間はOJTの期間とされ、即戦力として活躍するための大事な育成期間に当たる。新入社員の指導を担当するOJT指導役には入社4~5年目の若手社員を起用し、それを課長がバックアップする仕組みだ。新人の業務を見守り、日常の報告や相談を受けながら業務の手順や結果をチェックし、問題があれば指導することが求められる。

だが、近年は人手不足や業務量の増大、ITの進化による年輩社員の知識不足などの理由で新人をゼロから1人前に育てあげるOJTの機能が低下しているとの指摘もある。他国にない日本企業の“お家芸”の弱体化は人材競争力上においても大きな問題だが、それは別にして職場にとっては研修をスルーしてきた新人を育成するのも大変だ。

キャリアよりも残業が少ないことが重要

加えて最近の新人は残業を嫌がる傾向があり、覚えが悪いからと長時間労働を強いたり、厳しく指導すると、メンタル不調に陥ったり、途中で辞めてしまうことになりかねない。

今年春に入社した新入社員に「残業は多いが、仕事を通じて自分のキャリア、専門能力が高められる職場」と「残業が少なく、平日でも自分の時間が持て、趣味などに使える職場」のどちらがよいかの2択の質問に「残業が少なく、自分の時間を持てる職場」を選んだ人が74.0%。「残業は多いが、専門能力が高められる職場」を選んだ人はわずかに26.0%しかいなかった。2010年には前者が59.2%、後者が40.8%もいたが、新人の志向は明らかに変化している(日本生産性本部「2017年度新入社員春の意識調査」5月)。

OJTの綻び

今年1月に三菱電機の情報技術総合研究所に入った新入社員に長時間の違法労働をさせたとして書類送検される事件があった。新入社員は適応障害を発症していたというが、その原因は同社のOJTの一環である研修論文作成業務での長時間労働にあったとされている。

研修論文作成は過去から伝統的に続いてきたものだが、今回の事件で三菱電機社内は騒然となり「OJTの研修論文作成をやめるべきという意見もあれば、なくしてしまえば技術力の修得に支障が出るといった大議論が起こった」(同社関係者)という。

ここにも従来のOJTの綻びが出始めていることがわかる。また、日本生産性本部の調査では「条件の良い会社があれば、さっさと移る方が得だ」と思う人が36.2%と、就職氷河期間2000年に次いで高くなっている。OJTで最もやっかいな新人とされるのが以下のタイプである。

 ・終業後の新人歓迎会などに誘っても「出たくありません」と言いだし、休日や終業後の職場の行事に参加することを嫌がる。
 ・指導された通りに素直にやるが、自分の意思でこうしたいという意欲が感じられない。
 ・叱られると急に元気をなくし、「自分には向いていません」と後ろ向きの発言を繰り返す
 ・遅刻しても悪びれず、常にマイペースで周囲と歩調が合わない。時折、周囲とはずれた言動をして驚かせる。

OJTに求められる新人教育とは

仕事も大事だが、プライベートを重視するのは悪いことではない。だが、終業後の飲み会などの誘いは新人とのコミュニケーションを深めようとの思いがある。単純に拒絶すると職場の仲間も気分を概することになる。このタイプは、組織の一員であるという自覚を持てず、逆に外れたいという意識が強いのだろう。だが、断るにしても大事なのは相手に対する配慮だ。

住宅設備メーカーの教育担当者は「このタイプに決して無理強いしてはいけない。一度本人の仕事に対する価値観や周囲の人間に対する気持ちなどをじっくり聞いてやる。その上で上司、同僚、部下への気遣いや配慮が一番大事であり、敵を作らないようにすることを教えることだ。そのうち自然に仲間に対する態度も変化してくるものです」と指摘する。

マイペースタイプの新人は周囲とのペースのずれに気づいていない場合が多い。仕事を始めると視野が狭くなり、全体の状況を把握できなくなるという特徴がある。

「このタイプに『空気を読め』とか『全体の状況をよく考えろ』と厳しく言っても効果はない。叱りつけて強く指導するよりも、どういう時にどういう対応をすべきなのか明確なマニュアルを作って、それを守るように地道に言い聞かせながら指導していくことが大事。多少の変な言動は目をつむりながら、本人が主体的に行動できるように促すしかない」(前出・教育担当者)

OJTの指導役として時にはさじを投げたくなることもあるかもしれない。だが、怒りたくても、そこはぐっとこらえて忍耐強く教えていく必要がある。

  • 執筆者
  • 記事一覧
溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

  1. 採用難と離職リスク上昇で処遇・転勤の見直し加速【人材獲得策の最新事情】 

  2. 【2024年11月1日施行】フリーランス新法で契約条件明示やハラスメント対応が義務化

  3. 早期選考の加速で内定辞退・早期離職が増加、厳しくなる新卒採用に人事担当者はどう対処するか

  4. 2024年度最低賃金が歴史的引き上げ、人材流出で人手不足倒産が増える可能性も

  5. 再雇用後の処遇と賃金問題、定年延長し働き続けるシニア世代の課題と取り組み

  6. 情報開示で明らかになった男女間賃金格差の理由【人的資本経営の実践と課題】

  7. 2024年春闘、大幅賃上げの裏に潜む格差~中小企業と中高年層の苦悩

  8. 新入社員の新育成法とは?上司に求められるのは「対話力」と「言語化力」

  9. “離職予備軍”も急増、転換迫られる採用戦略【内定辞退続出の新卒採用】

  10. 黒字企業がリストラを進める理由は? 雇用の流動化により政府お墨付きのリストラ増加か

PAGE TOP