組織・人事

崖っぷち日本流グローバル人事 遅れる日本本社のグローバル化、崩れつつある日本企業の優位性

グローバル人材の採用が拡大している。しかし、日本企業の人材マネジメントはグローバルな制度への対応が遅れており、大きな曲がり角を迎えている。(文・溝上憲文編集委員)

グローバル

世界中から優秀な人材を獲得できる人材マネジメントへ

日本企業の海外進出の歴史は古いが、最初は現地の販売代理店や製造会社に販売・製造を委託する方式に始まり、続いて自社の販売・生産拠点を築くという流れをたどってきた。

しかし、経営的には各地域・国のトップが強い権限を持ち、社員のほとんどは現地の人間で構成され、人事制度も各国独自の仕組みで運用されてきた。子会社とはいえども本社は現地のトップとのみ接点を持ち、戦略やプロセスをあまり共有することなく、基本的には結果だけを求める関係である。

あるいは日本のものづくり文化を現地に移転するために日本流の人事制度を導入し、生産拠点のトップ層を日本人が占め、本社と連携しながら経営する仕組みをとる企業もある。

しかし、近年はアジアなどの新興国市場をはじめ世界市場での躍進を目指し、世界を一つの市場ととらえ、国・地域を越えた開発・生産・流通を含む事業戦略を加速させている。

そうなると人材面ではもはや自国の社員だけでは限界があり、国籍に関係なく世界中から優秀な人材をいかに獲得できるかという人材競争力が重要になる。

また、獲得するだけではなく、採用した人材を計画的に育成し、グローバル規模の配置を可能にする人材マネジメントの仕組みを構築することが必要だ。そして最終的に地域・本社の経営を担う人材を多く輩出していくことが、世界市場で躍進する大きな鍵を握っている。

欧米の先進企業は1990年代後半に、この仕組みをすでに確立している。それに対して日本の企業は、周回遅れでの構築を目指しつつある“踊り場”の状況にあるといえる。

現地人材の育成・登用で経営の現地化を進めたコマツ

日本企業の中で独自のマネジメントシステムを構築しているのが海外売上高85%を占めるコマツである。同社はグローバルマネジメントの基本ポリシーであるディーセントラリゼーション(地方分権)を貫いている。

これまで海外拠点を設置と同時に現地の人材の育成・登用を行い、いち早く経営の現地化を推進してきた。現在、海外の経営トップは12人いるが、任命権は日本の経営トップが持ち、トップの毎年の報酬は日本で決めている。

現地の会社の業績と個人目標の達成度で決定し、そのための目標管理面接を実施。製造拠点は本社の生産部門のトップ、販売拠点はマーケティング部門のトップがテレビ会議などで面談し、目標の達成度を評価する。

現地のトップの報酬が決まると、そのトップが下の報酬を決定する。トップ以外の賃金体系はすべて現地に合わせた制度を構築し、運用し、日本が賃金制度を含めて人事に干渉することはない。

一方、海外子会社のマネジメントは本社の生産、マーケティング、開発、プロダクトサポート(補給部品と機械の保守・点検)部門のトップが3カ月に一回、世界6拠点に足を運んで地域戦略を議論する場を設けている。そこで事業戦略だけではなく、現地トップの後継者のアセスメントなど重要事項を決定している。

また、現地のトップは毎月の月初めに1カ月間のトピックを記したレポート、月の半ばには月次の詳細なマンスリーレポートを日本のトップに提出する。日本本社と現地の経営幹部との“報・連・相”を徹底する一方、現地のマネジメントを権限委譲するという求心力と遠心力を利かせているのがコマツ流のグローバルマネジメントである。

幹部人材のグローバルな異動で最適配置を目指す味の素

一方、国境を越えて世界の拠点をマネージする経営システムの構築を目指しているのが味の素である。同社の海外売上比率は約30%、利益比率は59%を占める。それを2016年度には売上比率50%超、利益比率最高75%にまで引き上げることを目指している。

同社が目指すグローバル経営と一言で言えば、財務、人事、ITなどの本社機能を強化。独立した各国の権限を本社に集約し、本社主導の地域・国の「分権」による連邦体制を構築するものだ。

人材マネジメントにおいては幹部人材の人事制度を統一し、世界中の拠点から優秀な人材を選抜・育成し、グローバルな異動による人材の最適配置の実現を狙っている。

すでに経営人材を育成するためのプラットフォームとして日本を含めた世界中で働く基幹人材のデータベースを構築。2011年10月から基幹ポストの要件と誰がどんなポストに就いているかをグループ内に公開した。

基幹ポストは約300。海外現地法人の役員の約140人とその下のゼネラルマネジャー(GM) をイメージし、300人をグローバル経営人材として回していこうというものだ。

登録された基幹人材から経営人材候補として選抜するのが、社長を委員長とする「グループ人材委員会」であり、ここが育成と配置も行う。

2010年にグローバルマネジメントを意識した職務グレード(等級)制を味の素単体に導入し、世界の基幹人材と要件をほぼ一致させた。海外を含めた味の素グループの社員から要件に合致した社員は現地法人の枢要なポストに登用される。

また、グローバル社員の報酬は世界共通の賃金制度に基づいて決まる。ということはグローバル社員と国・地域ごとの制度の2層の賃金体系に分かれることになる。

現在、グローバル人材育成のプラットフォームの基盤は整ったといえる。次のステップは、日本人、外国人を問わずグローバルな異動による適材適所の配置であり、目下、国内外関係会社の主要幹部の人材交流を目指している。

グローバル人材マネジメントで一歩も二歩も先んじる韓国企業

しかし、コマツや味の素などのように海外のタレント人材の育成と配置に取り組んでいる日本企業はごく一部にすぎない。大半の企業は日本的人事制度をどのように改革し、世界共通の人事制度をどのようなものにするのかも描けないでいる。

その点、一歩も二歩も先んじているのが韓国企業だ。09年のLGエレクトロニクス(LGE) のCEOやCFOなど、いわゆるCレベルの役員は8人中6人を外国人が占めている。日本ではせいぜい1~2人の外国人役員を抱える企業、あるいは「うちの日本人役員の半分は海外経験者だ」と大手企業の社長が自慢する程度のレベルでしかない。

雇用規制緩和で経営構造変貌 年功賃金と終身雇用が崩壊

じつは韓国企業ももともとは終身雇用や年功序列に基づく内部昇進制の文化であり、日本的経営をお手本にしていた時期もあった。

それを大きく変え、現在のグローバル化の素地を形作る契機となったのが1997年のアジアの通貨危機だ。デフォルト寸前まで追い込まれた韓国経済にIMFが介入し、財閥解体や雇用規制の緩和をはじめ韓国企業の経営構造を大きく変貌させた。

それは人事制度にも及び、従来の年功的な賃金体系を解体した職務ベースを徹底した成果主義賃金への移行と終身雇用の崩壊を招いた。

もう一つの変化が外国人役員の採用に象徴されるグローバルな人材採用と英語力の重視だ。一般的に日本と韓国企業に共通するグローバルマネジメントの障害は言語であると指摘されることが多いが、韓国では言語の制約は取り払われつつある。

グローバル人材採用と英語力の重視で取り払われる言語の制約その一つは英語重視の採用だ。LGEの新卒の選考ではTOEICのスピーキングスコアが900点以上、GPA(グレード・ポイント・アベレージ)と呼ぶ大学の成績評価指標のスコアが一定以上あることが重視される。LGEだけではなくサムスン、現代自動車など大手も同様の要件を課している。

グローバルな教育にも注力している。LGEは中国、アフリカ、ヨーロッパ、南米など世界の6カ所にグローバルラーニングセンターを設置し、世界共通の研修を実施している。教育投資も決して低くはない。

サムスンエレクトロニクスの2010年の研修参加者は延べ29万3000人。1人当たりの研修時間は87時間。1人当たり研修費用は約10万円である。また、LGEの1人当たりの研修時間は56時間。研修費用は10万円を超える(08年)。

ちなみに日本企業の国内の教育研修費用は約4万3000円(産労総合研究所調査、06年度)。従業員数約6000人の電機メーカーは約5万円だ。単純には比較できないが、平均的な日本の大手企業の倍の予算を投じていると見ることもできる。

グローバル化の遅れが人材競争力の低下を招く

韓国の人口は約4900万人。日本の4割弱の市場しかなく、韓国企業の海外売上比率は高い。LGEの海外売上比率は85%を占め、当然ながら多くの社員が海外で活躍している。だが、韓国人以外の現地の有能な人材を登用し、グローバル規模で異動させる人材マネジメントは日本企業と同様に進んでいるとはいえない。

元LGEの人事部長は「LGやサムスンにはグローバルに異動させる制度はあるが、現実には海外拠点のトップクラスや海外駐在員の国籍は韓国人が大半を占めている」と指摘する。その理由の一つとして通貨危機後の変革からまだ10年足らずであり、現地のマネジメント人材が十分に育っていない点を挙げる。

それでも日本企業より優位に立っていることは間違いない。言葉のカベは、新卒の英語採用要件や外国人役員の採用により、英語が使えなければ仕事ができない状況にある。また、グローバルな異動を可能にする人事制度も統一され、タレント人材の育成のシステムも整備されている。つまり、グローバルな人材マネジメントを可能にする仕組みはすでに整っている。

日本では、グローバル化を意識した留学生など外国人の新卒を採用する動きが広がっているが、ほとんどの企業は日本語ができることを要件にするなど本社のグローバル化もそれほど進んでいるとはいえない。

日本企業のグローバル市場での優位性はこれまで“技術”に依存してきた。だが、韓国企業の躍進ぶりを見ても、その優位性は崩れつつある。グローバル人材マネジメント構築の遅れは、そのまま世界市場での人材競争力の低下を招くことになりかねない。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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