就職氷河期の再来ともいわれる新卒の就職活動だが、本格的な景気の見通しが不透明なことから、依然として企業は新卒採用活動で少人数の厳選採用を続けている。少数精鋭の新卒採用では、より優秀な学生を採用するために、専門能力を重視する新たな選考基準を設ける企業も出始めている。新卒採用における即戦力化の現状を取材した。(文・溝上憲文編集委員)
新卒即戦力人材採用の新しい3つの選考プロセス
少子高齢化などによる国内市場の成熟化に伴い、企業は国内需要の掘り起こしを図る一方、海外市場の拡大を目指したグローバル展開を加速している。超氷河期といわれる新卒市場であるが、今後の事業戦略のターゲットに合わせて学生を絞り込む“新卒即戦力人材”の採用にシフトする企業が増えている。
そうした企業の採用戦略は、①通常の選考プロセスでターゲット学生枠を設定、②ターゲットに合わせた選考基準を設定、③通常の選考方法と異なる採用枠を設定――の3つに大きく分かれる。
従来から職種別採用を行う企業は多い。しかし、あくまで学生の希望を尊重し、志望者を増やすための手段であり、必ずしも専門性が要求されることはなかった。しかし、今は専門性ないしは具体的な能力を要求するものに変わっている。
①のケースで多いのがグローバル採用枠である。グローバル展開は日本企業の急務な課題であり、グローバル人材の養成に注力しているが、新卒人材の選考でもグローバル素養を持つ学生の獲得を狙っている。
たとえば資生堂は新卒の採用にあたっては、従来のコンピテンシー、専門性に加えて、新たにグローバルの視点を設定し、採用数も一定の枠を設けている。同社の海外売上高比率は40%を超えるが、グローバル展開を強化する上で新卒でもグローバル素養のある学生をターゲットに据えている。
「全員が海外で活躍するわけではないが、グローバルビジネスを担っていく人材として一定の枠を設けて選考している。選考では語学力はあったほうがいいが、絶対的なものではない。TOEICの点数が高くなくても、さまざまな国・人種の考え方を受け入れ、それを融合していけるセンスやスキルを持つ異文化受容力を重視している」(同社・採用担当者)
対象は必ずしも外国人学生に限らない。日本人でも海外の大学での留学経験がある人、幼少時代から海外に住んでいた帰国子女もいる。そのほかには日本の大学で留学生の受入係をやっていたという経験をしてきたなど、いろいろな異文化体験を聞いた上で学生を見極めている。
三井化学もグローバル人材の採用に熱心だ。採用担当者は「当然、新興国に行くこともあり、間違いなく環境変化が著しい海外でのビジネスにおけるストレス耐性や柔軟性など、グローバルにやっていける素養を持っている人が望ましい」と話す。
同業の三菱化学も「グローバル展開をしていくなかで、やはり海外で働きたいという気概を持っている人もぜひ欲しいし、そうした人材を求める傾向も徐々に高まっている」と指摘する。
日本語は不問、グローバル人材を求めてインド・中国へ
グローバル人材の発掘は日本国内に限らない。三井化学は同社が連携している現地の大学からの紹介やインターンシップを通じての採用活動に注力。昨年はインド人学生を対象としたインターシップ制度を導入し、東京本社や工場に5人を受け入れている。三菱化学も中国の大学に出向いて優秀な学生を探す活動を展開し、採用に結びつけている。
しかも、優秀であれば日本語力を要求しない企業も登場している。グローバル化に熱心な楽天やファーストリテイリングは英語の社内公用語化移行に伴い、日本語力を要しない学生を多数採用している。
化粧品業のコーセーは中国に赴いて採用した大学生2人が今年9月に入社する。採用担当者は「日本語はできないが、日本語をマスターする能力を十分に持った学生であり、グローバル化対応の役割を担う人材として育成する」と説明する。
②のターゲットを限定した採用の典型はグーグルだろう。同社は即戦力となる中途採用者が圧倒的に多いが、06年からは新卒採用にも乗り出している。だが、他の日本企業のようなポテンシャル採用ではない。あくまで専門能力に秀でたプロフェッショナルのみを採用するという方針だ。
同社の人事担当者は「日本のソフトハウスのように資質があれば、文系でもプログラマーに育成しますという採用はしていない。エンジニアであれば、コンピュータサイエンスという学問を究めた一流の専門能力を持った学生を求めている。よく新卒の魅力として何も染まっていない真っ白であることを評価する企業もあるが、うちは逆に真っ白なタイプは必要ない」と話す。
新卒初任給は学卒、修士卒の区別がない。個々の能力に応じた初任給を支払っており、日本企業の一律初任給制度と一線を画しているのが特徴だ。
また、日本企業では一定の英語力を前提とする採用が増えている。前出の楽天は、今年度入社予定の社員については最低でもTOEICの点数で600~650点レベルの英語力を求めている。中途採用の要件も最低600点に設定している。
製薬国内大手の武田薬品工業も2013年4月入社の新卒採用から、TOEIC730点以上の取得を義務づけることにしている。同社は外国人研究者の採用や海外のベンチャー企業のM&Aを積極的に実施しており、グローバル展開を意識した採用に大きく舵を切っている。③の通常選考とは異なる採用も増えている。
たとえばソフトバンクは、通常の選考以外に「NO.1採用」と「学生起業家採用」の2つを実施している。NO.1採用は、スポーツなど自らNO.1と自認する学生を対象に選考する。筆記試験を省き、いきなり面接から始まる。面接では、学生時代に勝ち取った一番と自認するものを5分間でプレゼンし、選考する。
今年度はスポーツの世界選手権優勝者など7人が入社する。もう1つは、起業経験のある学生の採用だ。同社は昨年6月に発表した「新30年ビジョン」で30年後に時価総額200兆円、グループ企業を5000社に拡大する大目標を掲げている。それに向けて内部でも経営者の養成を行っているが、すでに事業家を夢見て実践し、事業の難しさを分かっている学生を採用しようというのが狙いだ。
今年は起業経験者2人が入社するが、来年の採用に向けたセミナーでは、昨年の10倍にあたる130人が参加したという。
ゼネラリスト志向から専門性を重視する採用へ
野村証券の「月額初任給54万2000円」を支給する「グローバル型社員」の採用も、話題を呼んでいる。2012年4月採用の学生が対象であるが、英語力に加えて、財務、会計、法律、ITなどの専門知識が要求される即戦力人材である。
前出の資生堂も財務・経理とマーケティングの2つの職種別採用枠を設けている。いずれも若干名の採用であるが、財務・経理やマーケティング知識など専門性を重視している。
従来、化粧品会社といえば営業を主体にゼネラリスト人材を養成することに主眼を置いていた。しかし、「昔はゼネラリスト志向があったが、今はさまざまな分野別のエキスパートを社内でも育成しているところであり、採用活動でもその一環として専門性を重視する傾向が強くなっている」(採用担当者)とその理由を説明する。
グローバル化や営業力強化、新ビジネスの開拓に向けた新卒人材に対する企業の期待は大きい。しかし、企業の採用数はそれほど増えているわけではなく、むしろ減少傾向にある。すでに大量採用の時代から少数精鋭型の採用が定着している。
採用対象者も日本人だけではない。外国人留学生に限らず海外拠点での現地採用も増やしており、日本の大学生は国外の学生との厳しい競争を余儀なくされている。厳選採用に加えて専門性を要求するなど、企業が求めるハードルはますます高くなりつつある。