近年の労働行政の最大の変化は、従来の労働規制緩和路線から一転、規制強化の動きに転じたことだ。それを象徴するのが民主党政権の誕生である。そして早くも製造業派遣の禁止や登録型派遣の見直しを含む論議が労働政策審議会で始まっている。(文・溝上憲文編集委員)
裁判員裁判スタート、従業員参加時の問題は未解決のまま
1つ目は、8月にスタートした裁判員裁判だ。裁判員になった従業員に、特別の有給休暇を付与するかどうかが論点となった。周知のように労基法7条では「公民権の行使」を保障しているが、必ずしも有給ではなく無給でもいいことになっている。
裁判員になると1日1万円以内の日当が支給されるが、仮に無給となった場合、月額25万円を超えている人は損をする結果になり参加意欲を削ぐ可能性もあるため、無給か有給か、あるいは非正規社員はどうするかで企業の対応は分かれた。
また、裁判員裁判期間中の従業員の事故等の補償に不安を抱く企業も少なくなかった。凶悪事件などの裁判では証拠写真を見ざるを得ず、精神的ショックを受ける人が発生する可能性もある。最高裁判所では精神的にショックを受けた人に対応する措置として、電話による相談窓口を設置することにしている。
なお、それを原因として何らかの精神疾患にかかった場合、裁判員は非常勤の裁判所職員の身分として「国家公務員災害補償法」の規定に沿って公務災害の適用を受ける。また、審理中に急に具合が悪くなった場合も同様の補償を受けることができる。
ただし、裁判中は問題がなくても数日後に何らかの精神疾患を発症する場合もあるかもしれない。それが裁判に起因するものなのか特定できなければ、誰が補償するのか。また、裁判所から会社に向かう途中の事故は誰が補償するのかといった問題も未解決のままである。
新型インフルエンザで春は大混乱、感染者がさらに拡がると企業活動への影響は甚大
2つ目は新型インフルエンザ(H1N1型)の発生である。今年4月下旬の発生直後は、事前に対策を講じていた企業や未対策の企業も含めて相当の混乱ぶりを呈した。
事前にBCP(事業継続計画)を策定していた企業のほとんどが強毒性の鳥インフルエンザ(H5N1型)対策で役に立たなかった。 中堅小売業では経営トップに指示されて人事部門をはじめ数人の担当者の間でBCPを作成していたが、対策本部を立ち上げても役員がBCPを知らないことで混乱した。
同社の人事部長は「対策本部の席上、一部の役員からBCPって何だ、説明しろ、と言われて議論が始まった。結局、会社としてどういう行動をとるかについて3~4時間議論しても結論が出なかった」と語る。
法律や政府の行政指導に基づき作成した文書や規程は存在しても、従業員に周知されていないために実際は絵に描いた餅に終わるという典型的パターンが現出した。
新型インフルエンザは今後大流行を迎える。感染した従業員の管理も含め、企業の営業活動にも大きな影響を与えかねない。どのように臨機応変な対応をとるのか。企業にとっては早急に解決すべき課題だ。
リストラに伴うリスク対策が急務、景気の二番底懸念でさらなる人件費圧縮の要求も
3つ目は雇用調整である。景気は最悪期を脱しつつあるが、雇用情勢は依然として悪化の一途をたどっている。今年7月には5.7%に達した失業率は高止まりの状態が続いており、雇用情勢は予断を許さない状況にある。
今年1月から6月までの上半期に希望・早期退職を募集した上場企業は145社、募集人数を公表している141社の合計は1万5347人(東京商工リサーチ発表)。前年同期と比べて3.7倍に達している。
今後さらなるリストラも予想される。9月の日銀短観では、6月調査に比べて大企業製造業では雇用の過剰感は薄れたが、中堅・中小企業および大企業非製造業の過剰感は逆に強まっている。しかも政府の雇用調整助成金の支給を受けながら一時休業などでなんとかリストラを踏みとどまっている企業は多い。
雇用調整はいうまでもなく従業員のモチベーションや会社への信頼感に悪影響を与える。いったん下がったモチベーションや会社に対する信頼感を回復するのは容易ではない。
もちろん雇用調整は、やむにやまれぬぎりぎりの選択肢として踏み切らざるをえない場合もある。しかし、雇用調整後にその副作用は必ず訪れる。後遺症を最小限に抑制するリスク対策も不可欠だろう。
来年は経済が不安定な状況下で、最低賃金の引き上げなどを含む労働法制の規制強化の動きが本格化する。人事部は法的対応と同時に、業績不振によるさらなる人件費圧縮の要求にさらされるなど、しばらくは多難な状況が続くことは間違いない。