優良な中小企業であっても後継者を見つけられなければ廃業となり、日本経済にとって大きな損失だ。そうした課題の解決に向けて、エグゼクティブ・サーチ会社、兆(きざし)が「個人型M&A」による事業承継支援を開始した。同社の近藤保代表取締役に支援内容や特徴などを聞いた。
経営者・経営幹部、プロフェッショナル人材のヘッドハンティングを手掛ける貴社が、中小企業の事業承継支援に取り組むことになった理由を教えてください。
私たちは経営コンサルティング会社として、またヘッドハンティングの専門会社として、これまでも主に大手・上場企業のオーナー経営者から後継者に関するさまざまな相談を受けてきました。そうした企業への支援は「次の経営者を選ぶ際の社内役員評価(アセスメント)」、「次の経営者を支える役員陣の選定」、「外部からの経営人材獲得」、「現経営者の子息に引き継ぐまでのリリーフ役のヘッドハンティング」など、いずれも人材マーケットや人材評価に精通した私たちが関わることによって、事業承継を成功させるコンサルティングです。
一方近年は、他社に事業を引き継いでもらうM&Aという手法が知られ、仲介会社も増えています。しかし、彼らが対象にするのは手数料が多額となる中堅以上の企業に偏り、中小企業の後継者問題の解決にはつながっていないと感じます。また、事業を引き継いでもらう企業が決まっても良い経営者がやってこなければ、事業成長や社員の幸せは実現できません。
そこで私たちは、ヘッドハンターとしての強みを活かして後継者となる優れた経営人材を探し出し、後継者が自らオーナーとなって経営を担う「個人型M&A」というコンセプトでの事業承継支援に取り組むことを決断しました。当社であれば、M&A仲介会社が注力しない、株式価格で10億円未満の企業からの相談に応じることができます。
兆 近藤 保 代表取締役
三和銀行(現三菱UFJ銀行) で支店営業、本部でデリバティブ商品の営業推進、全社ウェブビジネスを企画・推進。2000年、大手エグゼクティブ・サーチ会社に入社。大阪拠点を立ち上げ、西日本責任者、取締役ヘッドハンティング事業部長を歴任。2011年に兆を設立。通算約500件以上のヘッドハンティング実績(うち上場企業の代表取締役ポジションに20件余、取締役・執行役員ポジションで約100件)がある。名古屋工業大学大学院生産システム工学修士。
中小企業のオーナー経営者となることを希望する人材は見つかるのでしょうか。
この事業承継支援へのチャレンジは、中小企業の力になりたいという想いがあると同時に、私がヘッドハンターとして20年以上、多くの優れたビジネスパーソンのキャリアに伴走する中で感じていた問題意識も原点となっています。それは「人生100年時代」とも言われる今、ビジネスパーソンがこれまで以上に長くなるキャリアを考える上で、新しい選択肢を提案できないだろうか、ということです。
例えば、いかに優れた経営者であっても、オーナーでなければ一定の年齢に達すれば退任するのが多くの企業では当たり前です。昔に比べて皆さん健康で若々しく、能力も意欲も充実しているのですが、いわゆる「雇われ社長」として活躍し続けるには限界があります。
そうしたことから、私が日々お会いする優れた人材の中には、次のキャリアとして「オーナーシップを持って経営に取り組んでみたい」という方が年々多くなっています。これまではそのようなニーズに応えるソリューションがほとんどありませんでしたが、後継者を求めている優良なオーナー企業との出会いをお手伝いできれば、新しいキャリアの選択肢になり得ると考えたわけです。この取り組みによって、優れた経営人材が活躍できる場が広がり、より豊かな人生につながれば非常に嬉しく思います。
豊富な経営経験を持つ後継者へのスムーズな事業承継が実現
●兆の仲介による「個人型M&A」を用いた事業承継の支援事例
候補者となる経営人材を探し出すという点で、エグゼクティブ・サーチで培ったノウハウやネットワークを活かすことができますね。
後継者にふさわしい候補者を探し出すためには、人材サーチの高度な専門性が必要です。私たちヘッドハンターは、求職者の仕事探しをサポートする転職エージェント(人材紹介会社)とは異なり、顧客企業のエージェントとして現職で活躍中の人材から候補者を探し出し、アプローチします。
当社のほとんどのコンサルタントが10年、20年以上の経験を持ち、広範な人脈と独自のネットワークを強みとし、経営者や経営幹部、技術者等の各分野のプロフェッショナル人材、社外取締役などのヘッドハンティングを行ってきました。こうした長年の活動の積み重ねにより、当社には、企業経営の経験と実績があり、モチベーションの高い人材の情報が蓄積されています。また現在、経営の任に就いている方の中からも適任と思われる候補者を探し出します。
そして、候補者の選定に当たっては、単純なスペック(経歴や保有スキル等)の追求ではなく、候補者の価値観とクライアントとの相性を重視した“摺り合わせ型”を特徴としています。エグゼクティブ・サーチ会社としての私たちのこれまでの実績を見ていただければ、オーナー経営者の方々にも、安心して後継者探しをお任せいただけるのではないでしょうか。
個人型M&Aでは、後継者が株式を買い取る必要がありますが、資金調達は可能なのでしょうか。
当社は後継者を紹介するだけでなく、後継者が株式を買い取るための資金調達が円滑に行えるようにサポートします。後継者には自己が保有する資産から精一杯資金を出していただきますが、それだけでは資金が不足する場合には、金融機関などからの調達を仲介します。実際、支援事例の第一弾では、当社の仲介によって日本政策金融公庫と地銀1行が後継者に対して協調融資しています。
後継者が最優先で考えるべきことは、一緒に働いていく社員との信頼関係を築いて事業を成長させていくことです。後継者が資金面の問題に煩わされず経営に専念できるよう、当社がサポートすることによってスムーズな事業承継につなげます。私や当社の事業開発部長は金融機関出身で、こうしたスキームに通じていますので力になることができます。今後、場合によっては当社からも資金を出して後継者を応援することも考えています。
後継者と金融機関を仲介し、買収資金調達まで支援
●兆の仲介による株式譲渡・買収資金調達のスキーム
後継者の紹介を依頼する場合の料金はどうなっていますか。
実際には後継者の紹介の態様によってケースバイケースです。当社が通常のヘッドハンティングで人材を紹介する場合もありますし、個人型M&Aとして仲介を行う場合もありますので、一概には申し上げられません。
私たちのスタンスとして「この方であれば後継者として会社を成長させていける」と見込んだ後継者を紹介しますので、後継者の方、また引き継がれた企業とは長く伴走していきたいと考えています。その意思を示すために、後継者の方には株式の一部を保有させていただいたり、その後の事業から生み出された利益の一部をいただくことなども提案しています。
どのような企業を支援していきたいと考えていますか。
オーナー経営者の方はご自身の引退後も、「社員は安心して仕事をしてほしい」、「会社はさらに成長してほしい」、「独立した会社として残したい」といった考えを持たれていると拝察しますし、そういう方のお力になりたいと思います。なぜなら、私たちは、後継者に引き継がれた後も事業が成長し、社員が幸せになることを実現する事業承継支援を目指しているからです。
同時に、私たちが紹介する後継者は買収資金を調達して自らリスクを負うわけですから、そうした方々が魅力を感じるような企業を見つけ出していくことも当社の大切な役割です。後継者を求める中小企業に対して優れた経営人材を紹介し、スムーズな事業承継を実現することによって、日本経済の活性化に貢献していきたいと考えています。
事業承継支援事業の責任者に聞く
“他社に引き継いでもらう”M&Aに疑問を持つオーナー経営者が増えています。買い手企業から派遣される経営者の方針が合わずに社員が大量に辞めてしまったり、事業が伸び悩むケースは少なくありません。政府も事業承継を推進していますが、公的機関を通じて紹介される候補者の質に不満を持つオーナー経営者も多いようです。
兆 田中 佑児 事業開発部長
京都大学工学部大学院修了後、川崎製鉄でエンジニアとして勤務。三井銀行に転じ、提案型M&Aをいち早く手掛ける。その後、新光証券、東京都民銀行で、地方銀行との提携関係構築やM&A部門の立ち上げなどに注力。2018年から兆に加わり、中小企業に対する後継者紹介の業務を推進中。
私が長くM&A市場を見てきた中で成功と失敗を分ける理由に挙げられるのは、後継者の経営能力と本気度の違いです。ヘッドハンターとして数多くの経営人材と会っている私たちには、オーナーシップを持って経営を成功させられる後継者の見極めに強みがあります。
そして、私たちが探し出した後継者を信頼して、金融機関も買収資金の融資に積極的に動いてくれます。“優れた経営人材に引き継いでもらう”M&Aによって、優良な中小企業の事業成長を促す私たちの取り組みは、社会的な意義が非常に大きいと感じています。