いずれは義務化か、今から始める改正高年齢者雇用安定法への対応

70歳までの就業機会の確保を求める改正高年齢者雇用安定法(高齢法)が4月1日に施行される。今回は努力義務であるが、政府の工程表では2025年度以降の義務化も視野に入っている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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65歳から70歳への引き上げと新たに2つの選択肢

現行の高齢法は
 ①65歳までの定年引き上げ
 ②定年制の廃止
 ③65歳までの継続雇用制度(再雇用制度等)
と、3つの選択肢のいずれかを実施することを義務づけている。最も多いのは希望者全員を再雇用する継続雇用制度で、導入企業は全体の76.4%。従業員301人以上の企業では86.9%と圧倒的に多い(厚生労働省「高年齢者の雇用状況(2020年6月現在)」)。

今回の改正高齢法は65歳から70歳までの就業を確保する措置として上記の3つの選択肢を70歳までに引き上げることに加えて、新たに2つの選択肢を用意している。
①70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度
②70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度(事業主が自ら実施する社会貢献事業と事業主が委託、出資等=資金提供する団体が行う社会貢献事業の2つ)

業務委託契約を結んでフリーランスとして働くことも可能になるほか、社会貢献事業に従事することも選択肢に入る。自社で実施する社会貢献事業は、会社の事業以外のSDGsなどの活動も入り、会社の歴史や商品の歴史を説明するセミナーや講演会の講師、植林事業など自然再生の環境プロジェクトのボランティア活動のリーダー役などが想定されている。もう一つの会社が委託・出資する団体とは、財団法人やNPO法人など、すでに企業と一定の関係を持っている団体で働くことが想定されている。

多くの企業は継続雇用制度を想定

多様な選択肢が用意されているが、多くの企業は継続雇用制度を想定しているようだ。経団連の調査によると、検討予定企業の就業確保措置の内訳は、定年引上げ38.7%、定年廃止9.5%、継続雇用制度(自社・グループ)80.4%、他社での継続雇用23.8%、業務委託契約24.4%、社会貢献事業26.2%となっている(「2020年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」21年1月19日)。

高齢法の対応は優先順位が低いのが実状

ところで4月施行でも検討に着手していない企業も少なくない。厚生労働省は努力義務なので4月から検討を始めてもよいとしているが、コロナ禍で業績悪化に苦しんでいる企業も多く、余裕のない企業も多い。

ある建設関連会社の人事部長は
「2019年後半から人事部内で現行の再雇用制度を含めた人事制度改革の検討を始めていた。ところが20年4月以降にオリンピック関連の受注が減少し、9月中間決算で業績が悪化して以来、検討がストップしている。コロナ以前は業績も好調で、まず定年を65歳に延長し、条件付きで70歳まで再雇用しよういう声もあったが、正直言って今は固定費の削減やコロナ対策であたふたしており、高齢法の対応は優先順位が低いのが実状だ」と語る。

対象者を限定する基準を設けることが必須

また、今回は努力義務なので66歳の従業員全員を対象にする必要はなく、対象者を限定する基準を設けることができる。しかし、対象者を絞り込むために「会社が必要と認めた者に限る」とか「上司の推薦がある者」とする条件を入れる企業もあるかもしれない。

だが厚労省の指針では、対象者基準を設ける際には「事業主が恣意的に高年齢者を排除しようとするなど法の趣旨や、他の労働関係法令に反する又は公序良俗に反するものは認められない」としている。

「会社が必要と認めた者」というのは基準がないのと同じであり、今回の改正の趣旨に反する可能性が高い。また、一定の基準を設けた上で「その他必要と認める者」を入れるのもNGだ。基準を設ける場合の例として「過去○年間の人事考課が○以上」とか「過去○年間の出勤率が○%以上」といった具体的かつ客観的であることを求めている。

再雇用年齢の延長による4つのリスク

60歳定年企業にとっては現在の65歳までの再雇用年齢がさらに5年伸びることになればさまざまなリスクが発生する。具体的には以下の4つだ。
 ①数年後にバブル入社世代が定年に達し、高齢社員が急増する。
 ②65歳から70歳に雇用延長されることで人件費が増大する。
 ③60歳までの正社員と給与が低い60歳以降の有期契約社員の二極化が顕在化する。
 ④ITスキルの習得などビジネスモデルの変容に応じた再教育が必要になる。

バブル入社世代は1987年~1992年入社だが、大卒だと50代後半にさしかかっている。

一部上場企業の流通業の人事部長は
「今の再雇用者は毎年50~60人程度だが、数年後には毎年数百人単位で増えてくる。今は現役時代の仕事を続けながら後輩のサポートをお願いしているが、増えてくると新たな仕事先を見つけないといけなくなる。70歳まで雇用し続けるのは正直言って厳しい状況だ」と語る。

加えて②の人件費の増大も避けられない。多くの企業が人件費の総原資枠を設定し、それを超えない範囲での経営を強いられている。少なくとも中・長期的に人件費を維持するための賃金改革が必須となる。

前出の建設関連会社の人事部長はこう語る。
「雇用期間が延びる65歳から70歳までの給与は下げざるをえない。一方、現役世代についてもすでに脱年功制に向けた見直しに着手している。若くても優秀であれば昇格スピードを今以上に早めるだけではなく、同時に従来少なかった降格者を増やしていく予定だ。たとえば若手を含めて毎年200人を昇格させるとすれば、逆に100人の降格者を出すなどパフォーマンス重視の賃金体系にしていくつもりだ」

同社は役割責任や役割の発揮度に基づいて評価する役割等級制度を導入しているが、従来は役割評価が甘く、昇格する人はいても降格する人がほとんどいなかった。今後は役割をより明確化し、評価を厳格にしていくことにしている。

脱年功型の人事・賃金制度の再設計は加速するか

実は65歳定年制や70歳までの雇用を打ち出している企業の多くが導入しているのが職務・役割給だ。年功的運用に陥りやすい職能給を廃止し、職務・役割給の運用により随時降格・昇格(職務変更)を可能にすることなど人件費をコントロールしやすいというメリットもある。

コロナ禍を契機に始まったテレワークを軸とする働き方が広がるなかで大手企業を中心にいわゆるジョブ型賃金制度を導入する動きが相次いでいる。しかし、ジョブ型といっても導入企業の制度内容を見ると、その実態は従来の“日本版”職務・役割給がほとんどだ。

ジョブ型と言えばキャリア形成や専門スキル志向の若手社員の評判はよいが、実際に導入されると給与の増減をもたらす。今後、70歳就業確保を視野に入れた脱年功型の人事・賃金制度の再設計が加速するだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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