英国のEU離脱や金融機関の債務問題などで欧州経済の不確実性が増している。欧州の人材市場に精通し、エグゼクティブ・サーチを行うシグニアムの経営幹部であるクラース・マーテンソン氏に、欧州の労働市場の状況や企業が求める人材などを聞いた。
シグニアム・グローバル
クラース・マーテンソン
取締役会メンバー/ヴァイス・プレジデント(地域&パートナー開発担当)
欧州の労働市場の状況について教えてください。
労働市場全体を見れば、概ね需給のバランスは取れていると思います。しかし、さまざまな分野において経験豊富でスキルを備えた人材の不足は否めないものがあります。特に科学技術と金融の分野では人材確保が難しい状況です。
シグニアムは欧州各国に拠点をおいてエグゼクティブ・サーチを行っていますが、メディカル、金融、消費財、製造、エネルギーなど幅広い業種の企業から人材サーチの依頼が数多く入っています。
企業は長期的に勤務可能な人材や高度な技術者などを求めているのですが、最近は、がむしゃらに働くよりも自分の時間を持つことを大切に考える人たちが多くなっていて、企業が求めるような人材は限られているため採用の競争率は常に高い状態です。
●シグニアムのグローバル拠点
最近の変化として何か感じていることはありますか。
私は今60歳ですが、現在50代の人たちは私が50代だった頃よりも再就職や転職が非常に厳しい時代を迎えています。なぜなら、企業がより若い人材を求める傾向にあるからです。
例えば、私はスウェーデン南部に住んでいますが、そこでもSNS関連やオンラインゲームの製作などの分野に従事している人が想像以上に多く、産業や事業の変化が目まぐるしくなっています。15年前だったら50代でも過去の経験が評価されることはありましたが、今では難しくなっています。
さらに、これまで人間がしていたことをAI(人工知能)が代行することで、欧州ではこれまでの長期的な雇用のあり方などがどう変わっていくのかに関心が寄せられています。複雑な状況が増えていくにつれ、私たちもどのように対応していけばいいのかと議論しています。
人材サーチの対象が、より若い人材になってきているということでしょうか。
その通りです。すべての物事がものすごいスピードで動いているということです。昨日と今日では全く違ったものになってしまうことが起こる時代に対応できる若い人材を企業はより必要としているのです。私たちはこうした変化に対して正面から向き合わなければなりません。
デジタル化やIT産業の成長が企業の採用戦略に大きな影響を与えるようになり、近い将来、AIやロボットが人間の代わりになるとも言われています。ですから、私たちサーチコンサルタントは、AIやロボットよりも優れた人間を探し出すことが必然とされる時代を迎えることになるのです。
企業が求めるような若い人材に接点を持っていくことが必要ですね。
人材サーチ業界にとって重要なのは、大学生などを含めた若い人たちとのネットワークを築いていく必要があるということです。彼らとのつながりがなければ将来は明るくありません。若い人たちとネットワークを築くことが将来の人材獲得につながるという長期的な戦略です。
企業が年長者よりも若年層の獲得を重視する傾向になっているだけでなく、人材の国際化が必要とされ、若者は多言語を操ることが求められています。人材の多様性が求められるといった複雑な状況にもなっており、将来どんなことが起こるであろうかといったことを今の時点で十分に認識しておく必要があると、米マサチューセッツ工科大学の文献の中でも言われています。
人材サーチコンサルタントはどのような役割を担うのでしょうか。
採用でもテクノロジーの活用が進んでいくと予想されますが、だからと言ってAIが人間の内面を理解することはできません。AIがコンサルタントの役割を果たせるわけではないと考えています。人間性こそが私たちが持ち得るものではないでしょうか。
比較的簡単な作業は置き換え可能ですが、履歴書に書かれていない人間の内面の部分まで見極めることができなければ、この仕事は成り立たないと感じています。候補者を選出できても、人材を正しく評価するのは難しいと思われます。
シグニアムのロゴマークには、intelligence&intuition(知性と直感)と記してあります。私たちサーチコンサルタントは、変化の激しいビジネス界で知性と直感のバランスを取りながら分析を行い、優秀な人材が適材適所で才能を発揮できる機会を提供することのできる専門家であるということです。
シグニアムは、日本企業の欧州での採用にどのような支援ができますか。
シグニアムの日本オフィスと連携して十分なサポートが可能です。専属契約であるリテインド・サーチで最も重要なのは顧客との厚い信頼関係です。また、私たちは人材を探し出すだけではなく、リーダーシップ・コンサルティング事業にも非常に重きをおいています。日本企業に対しても、こうしたニーズに確実に応えるように努めています。
日本企業が欧州で上手くビジネスをしたり、人材を獲得する場合は、その国の文化や習慣を深く理解することが必要です。欧州各国はカルチャーが全く違っていますので事業を展開する国に合わせることが大切だと思います。
英国がEUを離脱しますが、今まで日本企業は、まず英国に拠点をおいてから欧州各国へと事業を拡げていきました。今後、日本企業がどのような展開を考えているのか、私も聞いてみたいところです。自動車関連はやはりドイツでしょうか。ポーランドを拠点にする日本企業も見られます。人件費が安く、既存の生産施設もあり、勤労意欲の高い人たちが多いからでしょう。
すでに日本企業が英国から拠点を移転することに伴った依頼が出てきています。ロンドンは金融の中心地ですが、フランクフルト、ニューヨーク、パリなどが移転の候補地になっています。ロンドンにいる金融分野の優秀な人材が国外へ移動していく傾向も見られ、そうした人材に世界中の企業が目を付けています。日本企業もそういった人材に関心があると思いますので、グローバル・ネットワークを持つシグニアムが人材採用を支援したいと考えています。