多摩大学大学院 広瀬一郎教授 スポーツ産業は経営ナレッジを体系化できる人材を求めている

スポーツリーグのプロ化や2004年のプロ野球再編問題や楽天のプロ野球参入などによって、スポーツ産業の経営について語られることが増えた。経営の安定化を図ろうとするも理想とは程遠く、苦境に陥るクラブチームも多い。スポーツ産業におけるマネジメントや人材採用の現状や課題について、多摩大学大学院教授であり、スポーツ総合研究所長の広瀬一郎氏に聞いた。

広瀬一郎

多摩大学大学院
広瀬 一郎
教授

東京大学卒業。1980年 株式会社電通入社。1994年 2002年ワールドカップ招致委員会事務局出向。1999年~2001年Jリーグ経営諮問委員会委員。2002年 同社退社後、経済産業研究所上席研究員。2004年 スポーツ総合研究所設立。2005年江戸川大学社会学部教授。2008年多摩大学大学院教授。『スポーツMBA(共著・監修)』、『サッカーマーケティング』等、著書多数。

スポーツ産業が注目され始めている背景は?

 正しく言うと、スポーツ産業全般ではなくスポーツリーグ産業が注目され始めていると言えるでしょう。スポーツ産業と大きく括ると、フィットネスなども入ってくるわけですが、今回の話には含めないことにします。

 これまでは選手のプレーや監督の采配に注目しても、リーグやクラブチームの経営が取り上げられることはほとんどありませんでした。しかし、プロ野球のストライキや楽天参入などの一連の騒動によって、マネジメントが非常に不透明で、さまざまな問題のあることが広く知られるとともに、一つのビジネスとして注目されるようになってきました。

マネジメントの具体的な問題点とは?

 すべての問題の原因を端的に言えば「人材不足」ということです。そして、それを解決するためには一つの産業としての雇用基盤を整えていくことが必要です。

 スポーツリーグやクラブチームへの就職は、競技スポーツの経験者や「お金のことはいいから、とにかくスポーツの世界で働かせてください」という人材しか入ってこない状況が長く続き、必然的に閉鎖的な世界となっていました。

 「スポーツは神聖なもので、ビジネスとして金儲けをするところではない」という声を耳にすることもありますが、そもそも「ビジネス=金儲け」という認識が間違っています。アダム・スミスの言葉を借りれば、「国と社会を富ませるために経済活動をする」わけで、産業の発展は「国が富む」、即ち雇用の拡大と考えるべきです。

雇用基盤を整えるために何が必要でしょうか。

 スポーツに関する意識調査では、成人男子の80%弱、成人女子の70%強がスポーツを身近に感じているとの結果です。つまり、スポーツそのものを商品と考えると、これほど恵まれた環境はないわけです。この有利な条件を生かすためにも、外にある知恵を融合して、スポーツ産業の経営についてのナレッジを積み重ねていかなければなりません。

 スポーツリーグやクラブチームの経営に関する現在の大きな問題は組織の中長期計画のあり方にあります。ナレッジが蓄積されておらず、それが引き継がれていない。継続的な事業運営のためには、優秀な人材が経営ナレッジを集積しながら、ノウハウを体系化する必要があります。中長期の経営のあり方を考えて人材を求めていくべきです。

 普遍的なビジネスの構造を理解しながら、スポーツ産業の特性も理解し、発展の障害を客観的に分析していける人材の採用が最優先です。スポーツ産業でビジネスを進めるためのナレッジは、スポーツ産業を俯瞰して見ることができなければ得られませんし、体系化できない面があるからです。

 例えば、地方のクラブチームは常に資金難に直面していますが、営業職を採用して資金不足の底上げを図ろうとするチームがありました。それは資金不足の原因を営業力の不足にだけつなげて、今の危機をとりあえずしのごうとしているだけです。同様に、スタジアムの広告を取るために、広告代理店出身者を採用するというのは短絡的すぎます。

やはり「人材」が発展のポイントですね。

 経営資源のどこから手をつけるか。それは人材です。スポーツはエンターテインメントですので人材を得られないと成功しません。もちろんチームに良い選手がいることもそうですが、中長期的に見ると、一般の企業と同様に、経営のナレッジを積み重ねるためにマネジメントを行う優秀な人材の採用、そして育成が不可欠です。

 人材を採用していくために4つの条件整備が必要だと思います。まずは、産業をマップ化することです。産業構造、位置づけ、関連する産業とどのように紐づけられているのか、就職しようとする人の理解を促すためにも分かりやすく見せていくことが必要でしょう。

 次に、雇用の実態を明確にすることです。今のままでは働くイメージが持てません。採用情報は定期的に公開されておらず、労働条件もあいまいなことが多い。在籍期間、平均年齢、男女比など、働く環境が見えなければ就職に二の足を踏むのは明らかです。

 そして、どのような人材、ナレッジが必要なのかを分析し、明らかにすることすることです。この重要性はすでに述べた通りです。 最後に、就職しようとする学生やビジネスパーソンが、どのようなところで何を勉強すれば良いのかを示すことです。近年、国内の大学やビジネススクールでもスポーツマネジメントに関するコースが増えました。

 ただし、マネジメントを実践向けに扱うまでには成熟していないと見ています。教育の質はコース出身者の就職実績などによって間もなく明らかにされてくることでしょうが、私は実践理論としてのスポーツマネジメントをもっと啓蒙していかなくてはいけないと考えています。

産業として成功したと言える基準は?

 例えば、就職希望ランキングで、スポーツリーグやクラブチームが上位に入るような時代が来れば、一つの雇用基盤として認められたと言えるのではないでしょうか。雇用基盤として、次の世代に引き継いでいくためには、一般の企業でも導入されているCRM(Customer Relationship Management、顧客情報を一元管理・分析し、顧客満足度を高める施策を打つためのマーケティング活動)などを積極的に取り入れ、それを活用できる人材を採用していかなければ難しいでしょう。

 そしてこれは、スポーツ産業に限ったことではなく、一般の企業にとっても同じです。中長期の経営戦略に基づいた人材採用ができているか、様々なバックグラウンドを持つ人材を受け入れているかが組織の成長を決めていくはずです。

 転換期を迎えたスポーツ産業の採用市場は今後拡大していきます。「人材不足」を解消し、より高度なマネジメントを実践していくために、様々な経験を積んだ人材を求めていますので、意欲のあるビジネスパーソンにはスポーツ産業で仕事をする道を考えて欲しいと思います。

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