急激な円高や株安、国内需要の低迷で企業業績の悪化を懸念する声が強まっている。雇用環境は相変わらず厳しい状況だが、グローバル人材の確保に動く企業が急増している。本誌独自調査においても、多くの業種でグローバル人材の需要が高まっていることが明らかになった。 一方で、企業の採用条件に応えられる人材は慢性的に不足し、需給ギャップは著しい。人材紹介、エグゼクティブサーチ、採用コンサルティングなどでグローバル人材の獲得を支援する各社に、企業の求人動向とグローバル人材の要件などを取材した。
英語求人が1年間で2倍以上に
リーマンショック後も経済は回復せず、国内市場も縮小傾向から脱せないことから、企業は成長著しいアジアを中心とする新興国市場への進出を加速させている。新たなマーケットを拡大しようとする企業の事業戦略は、進出の段階に応じ様々だが、グローバルに通用する人材の確保に乗り出した企業が急速に増加している。
世界的な展開を目指す楽天やユニクロなどは、英語を社内共通語にすると宣言し、同時に多様な国籍・人種の採用をはじめている。大手電機メーカーの日立製作所でも、新卒採用において海外勤務を前提とすること発表した。
キャリア採用では、英語力を必須とする求人割合が増加している。人材紹介最大手のリクルートエージェントによれば、同社が扱う月別の保有有効求人のうち、ビジネス初級レベル以上が応募条件となる「英語求人数」)は、2010年7月時点で4079人で、全求人に占めるシェアが2割(20.1%)を超えた。
前年同月の英語求人数は1723人(16.0%)で、求人数は1年間で2.37倍に拡大し、全求人に占めるシェアも4.1ポイント上昇している。
企業が獲得したいグローバル人材と 採用戦略
グローバル化を展開する企業では、どのような人材を採用しているのだろうか。 中国などのアジアや北米で現地日本企業の人材採用を支援してきたパソナグローバルは、グローバル人材について、①外国籍で日本語ができ、母国にこだわらず日本を含む外国で働きたい人、②日本人で海外で働きたい人、と定義している。
こうしたグローバル人材の採用動向について佐藤スコット社長は次のように話す。「昨年と比較して今年は約2倍の求人案件があります。特にインドと中国では約3倍になっています。インドでは新規事業や工場の立ち上げ、中国ではマネジメントの現地化にともなう求人が中心になっています」
インドで工場を立ち上げたいというメーカーからは、「社長、技術者は日本から送るけれど、それ以外のマネジメント層は日本人以外で構わない。日本語が必ずしもできなくてもいいので、日本人とうまく働ける能力を持った人、日本企業のマネジメントスタイルに慣れている人を探して欲しい」というように、人材を求められているという。
現地で新たな事業を立ち上げ、人材を確保していく過程で、当然、その国の法律知識や商習慣を熟知し、労務にも精通している人材を採用する必要が生じてくる。だが、日本人で現地に精通している人材は少なく、そうした人材の採用は非常に難しい。
そこで国籍を問わず、語学レベルも英語ができれば日本語はできなくてもよいという条件で採用することになる。さらに、日本からの進出企業が少ない現地で、日本企業のマネジメントに慣れた人材という条件を付すとなると、世界に人材を求める必要がでてくるのだ。
ただし、海外進出を進める上で、次のような課題があると、佐藤氏は指摘する。「日本企業が海外に進出する場合、いきなり国籍が違う人材を採用しても、日本の考え方が十分に伝わらないために、うまくいかないことが多い」 現地で新会社を設立する場合、当初は本社が権限を持ち、日本人社員を駐在させ、現地人社員を採用していくことになる。次の段階では、現地事情に詳しい後任を探して現地化を進めていくが、日本の考え方を伝えるためには、文化の差異を十分に理解した上でコミュニケーションを図る必要があるという。
また採用と同時に、現地の人材を日本で1年以上研修してから戻すというような育成プランも欠かせない。「海外での日本企業の評価は、日本企業や日本人の持つサービスの素晴らしさです。これを伝えきれないと、海外での事業展開はうまくいきません」(佐藤氏)
これからアジアに進出しようとする中堅・中小企業の事情はまた異なる。初めての海外事業で中核となるような日本人の海外ビジネス経験者の存在は心強いし、今後、現地や国内で外国人を採用する上でも、様々な面での役割が期待される。そのため、日本人のマインドに近い人材や現地に在住する日本人の採用というニーズも根強く存在する。
日本人のグローバル人材は、非常に少ないのが実情だ。必要な段階で中核となる人材を採用するという人材戦略のシナリオを描けなければ、海外事業の拡大は見込めない状況になっているのだ。
経営幹部のグローバル人材の採用事情
グローバル人材を確保しようとする企業の動向は、中国やインドなどの新興国にかかわる案件だけではない。最近の円高を背景に、海外でのM&A戦略が加速していることから、欧米諸国を始めとする様々な国で拡大している状況だ。
M&Aを仕掛けていくために、海外での駐在経験者、海外での成長戦略立案の経験者、海外の子会社社長など、責任あるポジションを経験したことがある経営幹部層のグローバル人材が必要とされている。
経営幹部のリサーチを専門とする世界的なエグゼクティブサーチ会社のハイドリック・アンド・ストラグルズの森敏文日本オフィス代表は、海外でのM&Aや海外事業展開で必要とされる人材について次のように話す。
「ここ2年間でM&Aで買収した海外子会社をマネージして欲しいという人材のリサーチが増加しています。買収した現地子会社の社長交代はしなくても、日本の会社の戦略をうまく伝え、社長を補佐して日本の本社との橋渡しができるような人材が求められているのです。また、経営幹部層では、必ずしも海外に赴任するだけでなく、日本にいながら世界戦略を考えられる人材、海外子会社をコントロールし、まとめることができる人材が求められています」
こうしたポジションは、日本にいながら海外と緊密な連絡を取り合い、戦略を立案していくわけだから、海外子会社の業務に関する知識や理解、そして指示を出せる能力や英語によるコミュニケーション能力が必要となるため、海外での駐在やマネジメントといったキャリアを積んだ人物が対象となる。
さらに、そうした能力だけでなく海外への出張も頻繁になることから、気力、体力の充実も欠かせない要素だ。 同社のエグゼクティブサーチの現場では、次のように考えられているという。
「経営幹部層のグローバル人材の採用では、英語力に優れ、コミュニケーション能力が高いということを、マネジメント能力があると判断し、見誤ってしまうケースがあります。注意しなければならないことは、英語力よりも、本来必要なマネジメント能力を重視した採用をする必要があるということです」
日本企業のグローバル化は以前からいわれてきた。そこで、いつも課題とされるのは、日本語の特殊性と日本人社員の英語力の無さだが、最も肝心なマネジメントができる人材も、非常に少ないのが現実だ。
こうした日本におけるグローバル人材の絶対的な不足に、どのように対処したらよいのだろうか。
「マネジメントができる日本人はごく限られていますので、現地に日本人を未来永劫、送り続けるわけにはいきません。外資系企業でもサクセッションプランを用意し、育成して、現地法人のトップなどに登用しています。日本に進出している外資系企業も、トップだけでなく主要責任者を日本人に変えていこうとしています」
「日本企業も今後は、外部から人材を調達するだけでなく、現地社員の積極的な育成や登用が必要です。そして、育成や登用した幹部社員が魅力を感じて定着し、活躍してくれるような人事制度や仕組みのあり方も含めた人材戦略がより重要になってくるでしょう」と森氏は指摘する。
新卒では外国人留学生に注目集まる
日本人のグローバル人材が不足していることから、日本の文化を理解し、日本語もできる外国人留学生が、今、新卒採用で注目されている。
人材採用支援サービスを提供するディスコが8月に実施した「外国人留学生の採用に関する調査」(回答社数923社) で、2010年度の採用実績と2011年度の採用見込みについて聞いたところ、11年度に外国人留学生を「採用する」企業は21.7%で、10年度実績の11.7%のほぼ2倍となった。
さらに留学生採用の目的は、「優秀な人材を確保するため」が7割超となり、企業の新卒採用は「世界に通用する人材の確保」という形で、新たな局面を迎えている。
外国人留学生の採用支援コンサルティング会社フォースバレー・コンシェルジュは、「世界の優秀な人材を日本へ」をコンセプトに2007年末に設立された。中心となるサービスは、国内上位大学で学ぶ外国人留学生(新卒)のための就職サイト「TOP CAREER」(トップキャリア)だ。
トップキャリアの国内登録者の90%が上位校出身者で、同社と契約している顧客は、初年度の2008年度は12社、09年度は60社、10年度は約140社と急増している。さらに、今後、中堅企業にもサービスを提供し、2年以内に1000社との契約を目指す計画だ。
同社の柴崎洋平社長は、創業直前までソニーに在籍し、グローバル企業を相手にする事業にかかわってきた。世界のトップ企業とビジネスをする中で、外国人にも日本企業とうまく関係を作れる優秀な人材がいることに気づいたという。
「専門性やビジネス能力の高い高度外国人材を日本企業へ連れてこないと、日本の将来は危ないと感じました。世界各国の企業が成長する中で、日本企業は相対的にも絶対的にも落ちてくる。世界中の優秀な人材を日本へ連れてきて競争し、もう一度、日本人の底上げを図る必要があると考えました」と創業の理由を話す。
これまでは日本にいる外国人留学生の採用支援が中心だったが、7月からは世界の上位校を網羅した日本への就職希望学生向けの就職サイト「TOP CAREER International」(トップキャリア・インターナショナル)を開設し、世界の学生を対象にする。
同社と契約する企業は、世界に進出している企業が多く、不足するグローバル人材を求める日本企業の採用戦略と世界の上位校学生の思いが一致した。学生には、日本語能力は採用時点では問わず、より優秀な人材を世界各国から募集する計画だ。 ソニーでビジネスのグローバル化を目の当たりにしてきた柴崎氏は、日本と世界の新卒学生の人材採用に対する考え方の違いを次のように話す。
「海外では、大学でどんな勉強をして、会社に入ったらどんな仕事ができるのか、スキルを問われます。短期間でプロフィットを落としてもらわないと会社は困るわけです。一方、日本では『大学時代にサークルや体育会等、課外活動をどう頑張ったか』ということが評価の対象になります。しかし、それは長期雇用を前提に、ポテンシャルと入社後の育成を重視しているからなのです。入社後30~40年以上を1社で勤務するという長期雇用は、日本だけの企業文化で、世界の学生には理解が難しいことから、“高度外国人”の採用では障害になっています」
柴崎氏は、さらに長期雇用のマネジメントシステムの弊害についても指摘する。「多くの日本企業では、30歳前後で係長、40歳前後で課長になりますが、権限はたいしてありません。40歳になってもまだマネジメントができない。これでは世界のように30代や40代の役員が生まれるわけがありません」
グローバル人材の採用は、新卒採用のシステムと学生のマインド、そして長期雇用のマネジメントシステムそのものに変革を迫る大きなきっかけになりつつある。
成功するグローバル人材と日本人の人材不足
世界に通用するグローバル人材とはどのような人材だろうか。世界最大級のエグゼクティブサーチ会社コーン・フェリー・インターナショナルの日本オフィスにも、医薬品企業、消費財、広告代理店、IT企業等から、インドや中国などの新興国への進出にあたり人材を確保したいという案件が急増しているという。いずれも現地での販社設立や現地企業との提携を推進する責任者のリサーチである。
同社の妹尾輝男社長は、成功するグローバル人材について、次のように話す。
「候補者が経営幹部として成功するための要件は、スキル、リーダーシップ、モチベーションの三つの掛け算だと考えています。今は成功していても新しい状況で成功するかどうかは、ポテンシャルを見ないと分かりません。このポテンシャルを見極めるためにインタビューをしますが、新しい場面に出くわしたときのラーニング・アジリティ(俊敏な適応力)が必須です。過去の経験を活かしつつ、いかに能力を発揮できるかを評価します」
ポジションでいうと、メーカーであれば、工場長や生産の責任者、販売会社では社長クラスといった人材になるが、リサーチを進める上で、日本人でグローバルなマネジメント人材の少なさに直面しているという。
また、ここ数年の経済の地盤沈下で日本自体がマーケットとしての魅力を失った結果、アジア・パシフィックを統括する外資系企業のヘッドクォーターの移転が、東京から香港、シンガポールへと進んでいる。
「特に金融機関のリージョンは、これまでは日本とそれ以外のアジアでしたが、いまはアジア・パシフィック(AP)に統合されています。統括拠点は日本でなく、日本駐在のトップは、そのAPの責任者が決めています」
「さらに、世界各地で現地化を進めている欧米企業の現地法人のトップは、欧米人に代わり中国人やインド人が採用されており、日本人ではありません。世界の中で、日本人だけが競争力を失っています。語学力の無さ、海外に出たがらない内向き志向が、日本人のグローバル人材が不足する大きな要因になっています」
深刻な雇用情勢下でも、グローバル人材の需要は旺盛だ。しかし、それに応えられる日本人は少数だ。中国、韓国、シンガポール、台湾は、産業の育成を国家戦略として、自国以外からの優秀な人材獲得に国を挙げて取り組みを進めている。日本企業からの優秀な人材の流出も著しい。
リーマンショック後、日本経済の低迷と新興国の台頭でグローバル化は新時代を迎えたようだ。日本のマーケットが縮小する中で、グローバル人材の確保と育成が企業の競争力を左右することになる。