戦略人事を目指してキャリアアップ【人事の転職最新事情】

多様な人材が活躍できる組織づくり、採用力の強化、グローバル人材の育成、社員の働き方改革などが推進できる人事職の不足が多くの企業で課題となっている。人事 職の転職事情はどうなっているのか。転職経験者に転職のプロセスや転職先で失敗しないための心構えなどを取材した。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

人事担当者の求人ニーズが増えているという。取材先の人事担当者に聞くと転職エージェントを通じて複数の会社からオファーがあったという話をよく聞く。 求人企業が欲しい人材で最も多い要件は、役職が主任から課長クラス。年齢的には30歳前後から35歳ぐらい。職務は採用担当者だと言う。大手企業の人事担当者は人事の転職事情についてこう語る。

「ITベンチャー系など中堅企業のオファーが多いですね。採用担当者でもダイレクトリクルーティングができる人が欲しいそうです。アメリカではフェイスブックなどSNSを使ったダイレクトリクルーティングが主流ですが、日本のIT・ベンチャーは採用のための予算が少ないこともあって、その人の人脈やネットワークを使って採用できる人のニーズが非常に多いと聞いています」

40歳以上の部長クラスの求人もないわけではない。だが、どちらかといえば外資系企業が最も多いと語るのは製薬企業の人事部長だ。

「大手の日本企業から誘いはほとんどありませんでした。同業の外資系製薬から現在の年収の300~500万円アップで誘われたことがあります。日本企業では創業社長がいるオーナー系企業から誘われたこともありますが、その場合は、人事部経由というよりも経営トップ自身から会社の風土を変えたいので手伝ってほしいというものです。でも どこまで本気で会社を変える気があるのか分からなかったので見送りました」

人事職の採用が難しくなっている

●人事職の転職求人倍率の推移

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(出所)リクルートキャリア「転職求人倍率」

経営トップの風土改革に向けた率直な気持ちに触れて転職を決断

では実際に人事担当者はどのようなプロセスで転職しているのか、最 近、転職した2人の例を紹介したい。1人は46歳のIT企業の人事部長・経営企画部長を歴任したA氏。転職先は従業員3000人を超える消費財系のオーナー企業だ。転職のきっかけについてこう語る。

「人事畑を長年務めて、経営企画に異動しました。最初は人事の経験を活かし、ビジネスに近い組織開発など様々な仕事をしたいと思っていました。ところが持株会社の経営企画でしたが、実際は事業会社の企画部が予算を含めて立案する権限を持っており、持株会社の経営企画は事業会社の計画をまとめて取締役会に報告するのがメインです。これではとても自分の経験ややりたいこと を活かすことができないと思って転職を決意しました」

転職先選びについては以前からエージェントを通じて数社からの誘いを受けていたが、今の会社に決めた理由は「経営トップに会い、どのように会社を変えたいのか、私に何をしてほしいのかじっくり話し合った。人事だけではなく、経営企画も含めて会社の風土改革などやり遂げてほしいという率直な気持ちに触れた」からだと言う。

その他にも大手のIT企業や流通業からも誘いはあったが、経営トップとの意思疎通、風土改革など会社の体質の変革など自分がやりたいことと一致したことを優先したという。

●最近の企業人事の取り組み

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施策を直接提案できる経営トップや人事リーダーの下で仕事がしたい

もう1人は大手外資系医療機器会社の人事企画マネジャーを10年間務め、日系の大手ヘルスケア会社に転職したB氏(41歳)。転職の動機は「会社の人事施策の方針の策定からビジネスパートナーとしての戦略人事をやってみたい」と思ったからだ。

「外資系日本法人は本社のヘッドクォーターが決定した方針をいかに遂行するかしかできません。自分の頭を使って企画した施策が受け入れられることはほとんどない。もっと人事の根本に立ち返り、アイデアや施策を直接提案できる経営トップや人事のリーダーの下で仕事をしたいと思っていたのが、日系の今の会社でした」 じつはB氏にも複数の求人案件がエージェントから持ち込まれた。日系大手企業の求人もあったが「自分の仕事に対する思いはあまり聞かず、単に紹介するだけのところも多かったのですが、その中でも真剣にやりたい仕事に向き合ってくれる人材コンサルタントに出会ったことで話が進んだ」と言う。

転職を決意したのは相手企業の人事トップの描く会社の変革像と自分のやりたいことが一致したことが大きいが、そのほかに昔から自分が信頼する3人のメンターが賛意を示してくれたことも転職の決断につながった。

「自分の人生を左右する決断をするときに、社外の3人のメンターに必ず話を聞くようにしています。1人は大学の恩師、2人目は一回り上の以前の会社の尊敬する上司、もう 1人は心を許した以前の会社の同僚です。今の自分の思いや考えをぶつけてフィードバックしてくれる。三人三様に客観的に自分の性格や志向を踏まえて転職先の会社の分析などを披露し、3人とも賛成してくれました。もちろん、妻にも面接スター ト時から理解をしてくれるように丁寧に説明をし続けました」(B氏)

B氏は20代から30代前半にかけて転職歴があるが、常に自分が好きな人事分野でやりたいことを追い続けてきた。今回の転職はこれまで培ってきた人事分野の能力やスキルを最大限発揮すべき場所だと考えている。したがってそれに見合う年俸を獲得するべく交渉では強気に攻めた。

「若いときは職種を変えて、いわば見習い的要素もあったので多少金額が低くてもそれでいいと思っていましたが、今度の転職先は仕事を実践しにいく場です。外資は日系に比べて年俸が高いのですが、前職の評価制度の仕組みや自分の評価などを細かく説明しました。相手も人事なので説明するとすぐに理解してくれる。加えて二人の子供が受験を控えていることなど家族の事情も詳しく伝えました。最終的には人事トップの預かりとなり、私の満足のいく金額を出してくれました」

経営に貢献できる人事のプロフェッショナルが求められている

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会社選びは年収よりも会社情報を正確に把握する

紹介した2人はまだ入社間もなく、転職が成功したとは言い難いが、 B氏だけではなくA氏も転職の経験者だ。2人に失敗しない人事の転職の心構えについて聞いた。

A氏は「正直言って入ってみないと分からないことも多い。入社前は エージェントも相手の人事もこんなことができますよと言いますが、実際に入ると、そんな仕事は期待していなかったというのはよくある話。入る前に自分がやりたいことの最低限の仕事についてきっちり言質をとること」と指摘する。

また、B氏は「同じ口約束でも 人事部門の責任者と話をすること。エージェントから求人案件を持ち込まれたとき、その会社の中途採用グループのマネジャーとつながっている案件なのか、それとも人事のトップが動いている案件なのかをチェックすること。もし、採用マネジャーの案件で面談すると、仮に優秀だと『将来この人は自分の上になるかもしれない』と思い、いい顔をしません。じつは自分も前職でそういう面接を経験があるので気持ちは分かる。この点もよく観察するべきでしょう」と言う。

さらに会社選びは「年収よりも会社情報を正確に把握することだ」とアドバイスする。

「求人企業には非常に高い金額を提示するところもありましたが、それ以前に財務情報も的確に把握することです。公開会社であれば、いろんな情報を使って経営分析をしてみる。構造的に赤字を抱えている部門やそうでない部門との違いを分析し、リスクの観点から見てみる。また、労働分配率にしても、会社の売上げ利益から人件費にどれだけ回しているかを見るだけでざっくり分かります。人事に転職するなら、当然、評価制度やその仕組みの問題点も事前に把握しておくことも重要です」

バイリンガルの人事職のニーズは高い

●バイリンガルの人事職の給与水準(諸手当、ボーナスを除く基本給)

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(出所)ロバート・ウォルターズ・ジャパン「給与調査2016」

入社後に最初からトップギアで走らないこと

また、A氏は最初からトップギアで走らないこととクギを差す。

「最初から実績を出さなくてはと鼻息荒くやってしまいがちですが、周囲の状況や現場の社員の雰囲気を観察しながらきちんと準備期間を設けて進めるべきです。そのためには人事課長であれば、部長や人事担当役員など人事のキーマンと自分がやろうとしていることについて約束を取り交わし、彼らに対しては逐一報告することです。そうしていれば周りから 『あの人は何もやっていないよね、机に座ってばかりいるし』と言われてもいいし、気にするようにことは何もありません」

さらに入社後は「明るいキャラク ターを演じること」と指摘する。

「あの人は冗談も言うし、明るい人だと周囲に印象づけることです。一般的に人事部は暗い人が半分以上いる職場です。今はどこの人事部でも派遣を含めて7割近くを女性が占めています。そういう人たちに今度来た人は暗いわねという印象は避けたい。暗くて怖いという印象を持たれたら ダイバーシティの観点からもうまくいきません」と指摘する。

もちろん転職に成功するといっても、完璧な成功はない。その会社の置かれた状況によって自分の立場が変わり、取り組んでいるテーマの変更を余儀なくされることもある。 もとより人事を天職として選んだ人は、改善志向の強い人であり、失敗も次の糧にできる人である。めまぐるしく変化する企業環境の中にあって、やりたい仕事を実現するために転職を含めたチャレンジ精神が今ほどもとめられている時代はないと思う。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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