パワハラ防止法施行で迫られる企業対応

コロナ禍で雇用環境や働き方が大きく変わるなかで、これまで法的に何ら罰則がなかったパワーハラスメントを規制する「パワハラ防止法」が6月1日に施行された(中小企業は2022年4月施行)。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

パワハラ防止法施行で迫られる企業対応

事業主にパワハラ防止措置を義務づけ

法律ではパワハラを①優越的な関係を背景とした、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、③就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)と定義し、この3つの要素をすべて満たせばパワハラとなる。

優越的関係とは上司と部下の関係だけではなく、同僚や部下からの集団による行為も入り、それに抵抗または拒絶することが困難なケースも該当する。新法は事業主にパワハラ防止措置を義務づけるとともに、行政は履行確保を図るために企業に事実確認など書類の提出・報告を求めることができる。

報告しない、あるいは虚偽の報告をすれば20万円以下の罰金が科せられ、企業の措置義務が不十分であれば、助言、指導、勧告という行政指導を行う。勧告してもなお従わない場合は「企業名公表」となる。

また個人の救済機能も整備された。パワハラ被害者が会社の措置に不満がある場合などは都道府県労働局長による調停(行政ADR)を申請でき、紛争調停委員会が関係当事者の出頭を求め、その意見を聞く。委員会が必要と認めれば、使用者側の代表やパワハラの加害者だけではなく、職場の同僚なども参考人として出頭を求められる。そのうえで調停案を作成し、関係当事者に対し、受諾を勧告することになる。

コロナハラスメントが急増

実は新型コロナウイルスの感染不安が広がるなかで、新たなパワハラも発生している。5月9日、患者と職員計35人の院内感染が発生した神戸市立医療センター中央市民病院の木原康樹院長は、妊娠した看護師が医療機関での診療を拒否される事態が発生していることを報告。また、同病院に勤務する別の看護師の夫が勤務先の会社から「奥さんが看護師を続ける限り、あなたは出勤できない。会社を辞めるか、奥さんが辞めるか」と迫られたケースもあったという。

労働組合の中央組織の連合が実施した労働相談(3月30日~31日)ではこんな事例があった。

<保育所で皿洗いをメインにパートで働き、夕方からは病院で受付のパートをしている。コロナウイルスの関係で、保育所の所長から「病院で働いているなら、バイ菌をまきちらすのだから、来るな」と言われた。>(パートタイマー・女性)

さらにとんでもないパワハラ経営者まで登場している。

<週末に法事で帰省し、月曜日に戻ってきたところ社長に「活動自粛なのに帰省するとは何事か」「きっと新型コロナに感染しているに違いない。陰性が証明されるまで出社するな」「他の社員に感染したらどう責任を取るんだ。あんたのせいで会社が潰れたら訴えるぞ」「今からとっとと荷物を片付けて帰れ」「もうクビだ。二度と来るな」など一方的に言われ、仕方がないので自席の荷物を片付けていると、除菌スプレーを吹き付けられた。>(パートタイマー・女性・製造業)

こうしたパワハラはコロナハラスメントとも呼ばれる。パワハラのレベルもひどいが、退職強要に匹敵する行為である。一般的に不況になり、企業業績が悪化するとパワハラ件数が増える傾向にあるが、コロナショックで業績が悪化するなかでこの種のパワハラが増える可能性もある。

今後はリモートハラスメントにも注意

また、外出制限などでテレワークが急激に増えるなかで「リモートハラスメント(リモハラ)」と呼ばれる現象も起きている。

『日本経済新聞』(2020年6月1日付朝刊)によると、30代女性会社員は毎朝上司から1日の時間を区切った業務指示のメールが送られる。「メールだと一方的に指示されている感覚に陥る。言いにくいこと伝えるときに態度で示すなどの余地がなくなった」と、ストレスを感じている事例が紹介されている。

上司の頻繁すぎる連絡や仕事をちゃんとしているかを確かめるために常時のモニタリングすることも部下に過度の負荷を与え、健全な職場環境を損なう恐れもある。さらにオンライン会議や一対一の面談の際にプライベートな話題に言及するのも要注意だ。

画面の背景に自宅の風景が写ることを嫌がる社員もいる。操作によって画面の背景を変えることができるが「それを知らない女性社員の部屋に干している下着が映ってしまい、会議は音声だけにしてほしいという苦情もあった」(広告業人事部長)という。

また建設関連業の人事部長は「ある部署でZoomのミーティング中に先輩の社員が後輩に『彼女を見せろ』と何度も言い、後輩社員が怒って切ってしまったという話も聞いている。互いに在宅中ということもあり、仕事とプライベートの境がなくなることで、ハラスメントが発生する可能性もある」と指摘する。

パワハラ防止法の事業主の防止措置はオフィス内だけではなく、当然在宅中の社員にも適用される。新法に基づく防止措置の施策の一つとしてテレワーク中の禁止事項など新たなルールを設ける必要がありそうだ。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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