【グローバル標準の制度へ】職能資格から職務・役割に一本化

グローバル競争力の強化を図るため、「職能資格等級」から「職務・役割等級」へ移行するなど、伝統的大企業を中心に年功要素を完全に排除した人事制度を導入する動きが相次いでいる。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

日本人材ニュース

日立製作所、パナソニック、ソニーといった電機大手は今年4月から年功要素を廃した「職務・役割等級」に賃金制度を一本化した人事制度を始動した。

職務・役割等級(役割・職務給)とは言うまでもなく、本人の職務遂行能力など「人」を基準に給与を決定するのではなく、「仕事」を基準に決定するものだ。

年齢や能力に関係なく、本人が従事している職務や役割に着目し、同一の役割であれば給与も同じ。ポスト(椅子)で給与が決定し、ポストが変われば給与も変わり、当然ながら降格・降給が発生する。しかし、大企業は必ずしもそうはなっていなかった。

日本生産性本部の調査(2014年3月)ではすでに職務・役割給の管理職の導入率は76.3%、非管理職層では58.0%に達している。 しかし、職能給と併用している企業が多く、管理職層では「職能給+役割・職務給併用企業」が5割近くを占めるなど年功的部分が残っていた。

【パナソニック】管理職の給与で年功要素を完全に廃止

職務・役割給一本化の背景には①年功的処遇制度の払拭によるグローバル人材マネジメントの構築、②競争力を確保するための人件費構造の見直しと人事の流動化―がある。

パナソニックは昨年10月に「役割等級制度」を管理職に導入し、今年4月から一般社員に拡大した。対象者は国内約7万人規模に及ぶ。特に管理職の給与は年功要素を完全に廃止する。

従来の制度は「主事」「参事」など資格に基づく職能資格等級を軸に運用してきた。新制度は役割ごとに給与が決まり、異動で役割が変わると等級が変動し賃金が増減する。役職者の職責・役割に基づく給与を明確にすることでグローバル人材の確保と強化を図る狙いがある。

ソニーは10年前に導入した制度を改定し、新たに「現在果たしている役割」のみに着目した「ジョブグレード制度」を4月から導入した。新制度は国内のソニー本体を中心に子会社など計3万人が対象になる。

従来の制度も成果主義を標榜していたが、過去の実績や将来への期待を含めた仕組みであり、結果として年功的要素が残っていた。

【ソニー】ジョブグレード制の導入で20代の管理職も誕生

ソニーは10年前に導入した制度を改定し、新たに「現在果たしている役割」のみに着目した「ジョブグレード制度」を4月から導入した。新制度は国内のソニー本体を中心に子会社など計3万人が対象になる。

従来の制度も成果主義を標榜していたが、過去の実績や将来への期待を含めた仕組みであり、結果として年功的要素が残っていた。

ジョブグレード制の導入により、年功要素を廃するだけではなく、グレード変更による降格する仕組みも導入する。新制度の導入で役割に基づいた評価を厳密に運用し、管理職の約1割が入れ替わることになる。

20代の管理職も誕生するなど若い世代の積極登用など組織の新陳代謝が進むことも期待されている。経営再建中のソニーとしては高コスト構造の温床である年功色の払拭による人件費構造改革によってグローバル競争力の強化を図ろうとしている。

【日立製作所】グローバル共通の役割グレード給に一本化

一方、インフラビジネスを主体に世界市場の成長を目指す日立製作所はグローバル人材マネジメントの構築に取り組んでいる。

賃金制度改革では2014年10月から従来の職能資格等級制度を廃止し、日立製作所の国内管理職を対象にグローバル共通の役割グレード給に一本化した。今年4月から新制度に基づく評価・賃金制度がスタートする。

制度設計に当たっては国内外の日立グループの全マネジャー以上の5万ポジションについて各職務の役割・職責の大きさをグローバルな統一基準で評価し、各グレードに分類した。

将来的には日立グループ全体および各カンパニー・グループ会社内の人事異動をする場合にグレードを基本に配置する予定。グレードは世界共通だ。グレードごとに処遇も変わるが、海外のマーケットの処遇水準を参考に国・地域のグレード給を決定する。

評価制度は2014年度に世界共通の「グローバルパフォーマンスマネジメント」(GPM)を導入した。期初に個人目標(成果目標)とコンピテンシー(行動目標)を設定し、それを上長がフィードバックとコーチングをしながらサポートし、中間と最終評価を行う。

賃金体系は役割グレードが基軸となる。日立製作所の国内従業員は全部で3万3000人、うち1万1000人の管理職を対象に導入した。この評価結果は人事考課だけに使うのではなく、タレントレビューや育成計画などキャリア開発支援にも利用していく。

【日立製作所】グループ各社にも導入し、報酬の見える化

2015~16年度にかけて海外を含めたグループ会社にも導入。15年以降は約7万人追加し、対象者は約10万人になる。

賃金体系は役割グレード1本になる。下からF、E、D、C、B、A、Xの7等級に分類し、最上位のXは役員クラスも入る。

従来の月例賃金は職位加算給(定額給)と職能資格給(レンジ給)の2つの要素で構成されていた。職能資格給は資格ごとにレンジ給があり、職位加算給は現在の役割給に似ているが、グレード付けはしていないので基本的には本部長という職位であれば、皆金額は一緒だった。今後は役割給1本になり、グレードごとに一定のレンジ給を設定している。

ユニークなのが「報酬の見える化」だ。全社・部門の目標(予算)と、個人の成果目標に対応した「期待年収」を年初に本人に提示する。その後、GPMに基づく達成した成果に応じて年収を確定する。年初に設定した目標を100%達成すれば、標準賞与の個人業績がどのくらいになるのかを示す。

つまり、GPMの目標達成が期待通りであれば具体的な年収がわかる仕組みだ。期待年収を明確に示すことでモチベーションを促す効果を期待している。

【日立製作所】グループ内外の国籍を問わず、最適な人材を早期選抜・育成

人事・賃金制度の世界統一化と並行して日立グループ内外の国籍を問わず、最適な人材を早期に選抜・育成するグループ・グローバル共通のプログラム(GLD)を13年11月から実施している。

国内外の日立グループの重要ポジション、例えばカンパニーの社長など約40のポジションに就く候補に外国人を含めた約500人を選抜している。

トップ40ポジションの候補者500人は日立製作所の社長が最終決定し、本社の「人財育成委員会」が育成を確認する。人財育成委員会には日立の会長、社長や40ポジションの現在の社長が出席し、育成計画が議論される。

毎年、30回ぐらいに分けて実施しているが、40のポジションの下のポジションについても同じように各社の社長が最終責任者となって育成を行っている。

【カゴメ】職務等級に転換しグローバルな人材活用が可能に

年功色を廃した人事・賃金制度の構築と世界標準化はドメスティック産業といわれる食品業界でも始まっている。

カゴメは2年前に職務等級制度を導入。初年度は社長、取締役、執行役員の全役員に導入し、2014年に部長職に導入。今年4月から課長職全員に導入した。

役員からスタートしたのは経営陣自ら率先垂範することで会社の変革姿勢を社員に理解してもらうためだ。

トップの覚悟を示すために社内報で社長の年俸を開示し、固定部分と変動部分の比率を示し、業績次第で社長の年俸も下がることを周知した。

制度の最大のメリットは、役割・ポストが同じ基準で決まる職務等級に転換することで世界中のグローバルな人材活用が可能になることだ。

【カゴメ】従来になかった降職・降給の概念も導入

すでに世界の拠点ではグローバルグレーディングを2年間で導入し、アメリカ、オーストラリア、ポルトガルではポストごとにジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作成し、運用を開始している。

職務等級制度の課長職への導入にあたっては、仕事の重さと責任を重視し、例えば商品企画などクリエイティビティの高い職務の等級を引き上げるとともに報酬も高く設定した。

制度導入にともない従来になかった降職・降給の概念も導入し、役員と部長職の給与は等級ごとのシングルレート(単一給)、仕事の変動が激しい課長職はレンジ給を設定している。

昇級に当たってはマーケッタビリティを重視し、外部のアセスメントを導入。一般社員から課長職の昇級の際は部門の推薦を必要とし、さらに外部のアセスメントをクリアする必要がある。

役割ごとのジョブ・ディスクリプションは毎年書き換えている。まず本人が今年の果たすべき役割を上長に申告する。それは役員でも同じだ。役員は社長に申告するが、社長が「この仕事の内容だと部長でもいいのではないか」と指摘され、ふさわしい内容に書き換えさせることもあるという。

部長職は本部長に等級改定の責任を付与し、等級を通知する場に人事担当役員と経営企画担当役員が同席し、本部長自ら今の職務内容では等級ダウンすることを告げ、ふさわしい職務を本人に書き直してもらうこともある。

1年間を通じて職務を全うできなければ賞与が下がり、長期的には降職もあり得る仕組みだ。また、部長職についてはどのポストがどういう等級になるのか全員に等級と職務内容を開示しているが、いずれ課長職も開示する方向で検討している。

競争力を強化するには海外拠点の人材の発掘と育成は急務

それによってポストと求められる役割に必要なキャリアを自発的に身につける努力を促す効果を期待している。グローバル市場でしのぎを削る日本企業にとって人材競争力を強化するには海外拠点の人材の発掘と育成は急務の課題だ。

作れば物が売れるという時代は終わり、商品の企画力、開発力など市場のニーズを敏感に感じ取る感性と瞬時に対応できるスピードが求められている。そのためには職務要件を明確にした採用・育成・配置を可能にするグローバル標準の人事・賃金制度の構築が不可欠になっている。

また、海外企業としのぎを削る日本企業にとって固定費の増加や若手の抜擢が難しい年功色の強い人事制度が大きな足枷になっている面も否めない。今後、従来の日本独自の職能資格制度から職務・役割等級に一本化する動きが加速していく可能性もある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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