深刻な「人手不足」限定正社員化の動き

小売・飲食業界を中心にパート・アルバイトなどの非正規社員の人手不足が深刻化している。人手不足が広がる中で、少子化による若年世代の減少という構造的問題に対応していくために、人事・雇用戦略の見直しに着手する企業の動きが始まっている。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

アルバイト時給の上昇続く

パート・アルバイトの時給の上昇が続いている。人材サービス大手インテリジェンスが発表した4月の全国平均時給は989円。8カ月連続で前年比プラスとなった。 エリア別では関東エリアが1045円と最も高く、関西が981円、東海が969円。職種別では「フード系」が28カ月連続、「サービス系」も10カ月連続で上昇し、時給が高止まり状態となっている。

人手不足が広がる中で人事・雇用戦略の見直しに着手する動きも始まっている。時給の引き上げやボーナスの支給など待遇改善に取り組むほか、本部にアルバイト採用専属チームを設けるなど、人材確保が経営課題の最優先事項になりつつある。

だが、短期的には確保できても中・長期的には少子化による若年世代の減少という構造的問題に加えて、共働き世帯の増加で主婦パートの獲得も難しくなることも予想される。 そうした中で一つの潮流となっているのがパート・アルバイトなど非正規社員の正社員化の動きだ。約800人の契約社員全員を正社員に登用するスターバックスコーヒージャパン(スターバックス)のCEOは「1000店舗を超え、今後も成長を続けるためには人材を育てることが必須」と語る。

人事担当役員も「厳しい局面でも契約社員を調整弁としては扱わない。ならば契約社員という立場で契約することに意味がないと判断した」とメディアで語っている。

また、約1万6000人のパート・アルバイトを正社員に登用するファーストリテイリング(ファーストリ)の柳井正会長兼社長も「少子高齢化により人材が枯渇していく。時給1000円で人が集まる時代は終わりを告げた」と記者会見で語るなど、正社員化の狙いが優秀な人材の確保と長期間働ける環境づくりにあることを示唆している。

【スターバックス、ユニクロ】地域限定正社員を導入

だが、いくら人材の確保と定着が目的でも正社員にすると人件費アップは避けられない。スターバックスでも数億円程度の人件費増につながるという。

そこで従業員のニーズも踏まえつつ、コストの軽減にもつながる雇用形態として複数の企業が導入しているのが、転居を伴う転勤がない勤務地限定の「地域限定正社員」だ。

同社の従業員の区分は期間の定めのない正社員以外に1年更新の有期雇用契約の準社員とアルバイト(6カ月の有期契約)のほか、地域限定正社員がいた。 準社員とアルバイトの区分はあくまで労働時間による社会保険加入要件の基準(週30~40時間は準社員、週30時間未満はアルバイト)によるもので処遇は全く同一である。

07年の地域限定社員導入当初は2年間で5000人の登用を目指したが、現在は約1400人。身分は無期契約で、処遇は日給・月給制(職位により月給)となり、賞与も支給される。

評価は正社員と同じ水準で実施され、年収ベースでは準社員より総じて10%以上あがる。福利厚生などの待遇はほとんど正社員と同じであるが、転居を伴う異動のある正社員との違いを基準に給与ベースは異なる。

現在いる1400人の地域限定正社員はR社員に移行し、新たなR社員はパート・アルバイトを対象に面接や筆記試験による適性を見極めて登用する。そのほか外部からも中途採用し、2~3年かけて計1万6000人までR社員を増やしていく予定だ。

また、従来の働き方はフルタイム中心であったが「仕事と子育ての両立など働き方の多様性の観点から週休3日や短時間勤務も認めていくことにしている」(コーポレート広報部)。

前回の地域限定正社員の登用では、フルタイムで働くことや店長候補という責任の重さもあって、対象者の中には敬遠する人もいた。今回は柔軟な働き方を認めることで応募者も増えると見込んでいる。

処遇に関して柳井会長兼社長は「いずれは販売員でも300~400万円の年収を提供し、長期間働けるようにする」と記者会見で述べている。従来の人事制度を見直し、スキルに応じてグレードが上がり、長期的に昇給できる仕組みを設けて正社員の賃金に近づけていく方向で検討しているという。

ちなみに同社はR社員の制度化と並行して、国内転勤型の「N(ナショナル)社員」とグローバルに異動する「G(グローバル)社員」の2つの制度も導入することにしている。

スターバックスも正社員化と同時に新たに「地域限定正社員」をつくり、全国転勤が難しい社員が転換できる仕組みを整備した。地域限定正社員が店長になることが可能になるだけではなく、地域限定から転勤可能な正社員に転換できるようにもしている。

ファーストリ傘下のユニクロは、07年4月に「地域限定正社員制度」を導入している。今回は「R(リージョナル)社員」という位置づけで正社員に登用する。1万6000人のR社員登用の目的は「店長代行」を増やすことにある。

「これまでは店長中心の経営を柱に店長を目指すというやり方でやってきたが、これからは全員が店長を目指すのではなく、店長の代行者となれる人を採用・登用していこうというのが趣旨だ。R社員は必ずしも店長になる必要はなく、店長代理の資格を取得して活躍してもらいたいと考えている」(コーポレート広報部)

現在、国内に約860店舗、約3万人のパート・アルバイトが働いているが、今後は店舗スタッフの半分を正社員にして、R社員が店舗の主役となる運営に変えていく方針だ。そのためのR社員の処遇と働き方も見直していく予定だ。

【日本郵政】契約社員を地域限定正社員に転換

日本郵政グループも今年4月から「地域限定正社員」(新一般職)制度を導入した。従業員20万人超の日本郵政は2010年以降、10万人という大規模な契約社員の正社員化を打ち出した。

12年までの3年間に1万人以上を登用したが、その後、正社員化の動きは止まっていた。そして昨年9月に打ち出したのが地域限定の新一般職への登用・採用である。

新一般職とは、転居を伴う転勤や役職登用もない標準的な業務を行う社員である。ただし、自宅から通勤可能なエリア内での転勤はある。同社の契約社員は大きく時給制契約社員と月給制契約社員に分かれるが、月給制契約社員を対象に登用を開始。今年4月までに約1万1000人の月給制契約社員のうち4700人が新一般職に転換している。

今後も月給制契約社員を順次、新一般職に登用し、月給制契約社員への新規登用は行わない。さらに時給制契約社員についても筆記試験、書類選考、レポートの提出、面接試験を実施して新一般職に登用していく予定だ。また、15年度からは正社員の雇用区分を「地域基幹職」と「新一般職」に分けて新卒採用を行うことにしている。

同社の内部資料によると地域基幹職は「将来の管理者・役職者として組織目標達成に貢献することが期待される社員」。担当業務としては「郵便局等窓口業務及び指導・監督」「保険の契約・支払・貸付等の業務及び指導監督」となっており、転居を伴う転勤がある。新一般職から地域基幹職へのコース変更も可能としている。

新一般職の基本給は「役割基本給」と「役割等級」で構成されるが、役割等級は役職登用がないことから担当者の水準である3万9000円のまま据え置かれる。高卒初任給はこれに役割基本給(1号俸)の10万6800円を加えて14万5800円。 役割基本給は毎年4号俸昇給し、これに賞与(4.3カ月)が加算される。モデル年収では55歳前後で470万円超となる。定年退職手当の水準は1200万円程度(勤続38年)になる。

正社員化の懸念は雇用調整の難しさ

ところで非正規社員の正社員化を巡っては政府サイドでは二つの動きがある。一つは昨年4月に施行された5年超の有期契約労働者の無期転換権を認めた改正労働契約法。もう一つは安倍政権の日本再興戦略である「多様な正社員」、つまり限定正社員の普及・拡大である。

改正労働契約法への企業の対応については、労働政策研究・研修機構の調査(「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」13年11月12日)では「何らかの形で無期契約にしていく」企業が42.2%(フルタイム労働者)。パート労働者に関しても35.5%にのぼる。

また、無期契約にしていく企業の中で法定の5年より前に無期契約や正社員にしていく意向があるのは39.5%、すでに対応を行っている企業が16.5%。半数以上が前倒しで実施する意向を示している。 最も多い理由は「長期勤続・定着が期待できる」であり、現在の非正規社員の雇用状況を反映している。ただし、無期契約にした場合の課題として最も多かったのは「雇用調整が必要になった場合の対処方法」(55.6%)である。

非正規社員の正社員化は人件費増と並んで雇用調整が難しいという問題もある。それに対応した動きが「限定正社員制度の普及・拡大」だ。

限定正社員の契約ルール次第で導入に拍車

一般的に正社員の解雇は厳しく、解雇する場合は四つの要件(①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続きの相当性)をクリアしなくてはならない。

限定正社員については、たとえば雇用契約時に「勤務地の事業所が消失した場合は解雇される」と明記した労働契約を結ぶことになる。正社員は勤務地の事業所が閉鎖された場合、会社は別の事業所に配置転換する努力をしなければならない。

しかし、勤務地限定正社員は②の解雇回避努力の必要性がなくなることを意味する。つまり勤務地や仕事がある限りは雇用が保障されるが、なくなれば解雇のリスクが高まることになる。

日本郵政の新一般職は安倍政権の限定正社員制度を意識したものであり、内部資料にも「厚生労働省においても、職種、勤務地、労働時間等が限定的な『多様な形態による正社員』の導入に関して、研究会を発足し、12 年3月20日に報告書をとりまとめている」という記述がある。

現在、厚労省は有識者懇談会で限定正社員の「労働契約の締結・変更時の労働条件の明示の在り方など雇用管理に関する事項」を検討中であり、今年秋をめどに一定の結論を出すことにしている。

限定正社員の契約ルールにについて一定のガイドラインを示す方向であるが、政府の産業競争力会議や経団連はガイドライン以上の解雇に関して法的効果のある仕組みの整備を求めている。この結果次第では、地域限定正社員導入の動きに拍車がかかる可能性もある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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