従来、労働時間管理が特に困難とされてきた建設の事業、自動車運転の業務、医業に従事する医師について、ついに2024年4月1日、時間外労働の上限規制が適用されます。時間外労働の上限規制は、労働者の健康確保を考える上で欠かすことのできない観点であることに加え、本規制は罰則付きでもあることから、確実な対応が求められます。(文:丸山博美社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部)
建設の事業では、原則的な上限規制を適用
工作物の建設の事業については、災害時における復旧及び復興の事業を除き、原則的な上限規制がすべて適用されます。
つまり、 臨時的な特別の事情があって「月45時間」「年360時間」を超える労働が発生する場合、労使合意の元、特別条項付36協定を締結していたとしても、以下の上限を超えることができなくなります。
・時間外労働 ・・・年720時間以内
・時間外労働+休日労働 ・・・月100時間未満、2〜6カ月平均80時間以内
・特別条項の発動(月45時間超となる時間外労働)は、年6カ月まで
工作物の建設の事業とは?
今回新たに時間外労働の上限規制の適用を受ける「工作物の建設の事業」とは、具体的には以下の業務を指します。
① 土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体又はその準備の事業
② 事業場の所属する企業の主たる事業が上記①に掲げる事業である事業場における事業
③ 工作物の建設の事業に関連する警備の事業(当該事業において労働者に交通誘導の業務を行わせる場合に限る。)
盲点となりがちな「労働時間の取扱い」に注意が必要な4つのポイント
時間外労働の上限規制適用を目前に、すでに業界全体で工期の設定が目指されると共に、関連企業においては所定労働時間の見直し、週休2日制の推進、人材の確保・育成、有休取得奨励等の施策が進められているところでしょう。 こうした制度部分の整備と併せて、現場判断となりがちな「労働時間」の考え方についても確認されておく必要があります。
✓いわゆる「手待時間」
「手待時間」とは、使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間のことで、労働時間に該当します。
(例)クレーン車のオペレーターが夜間に重機を現場まで移動させ、工事が始まるまでの間、現場で待機している時間
✓移動時間
直行直帰の場合や、移動時間については、移動中に業務の指示を受けず、業務に従事することもなく、移動手段の指示も受けず、自由な利用が保障されているような場合には、必ずしも労働時間に該当しません。
✓着替え、作業準備・後始末等の時間
使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行う時間は、労働時間に該当します。使用者からの明らかな指示がなくても、それを行うことが慣習となっている場合も、労働時間として扱うのが妥当です。
✓安全教育などの時間
参加することが業務上義務付けられている研修や教育訓練を受講する時間は、労働時間に該当します。
自動車運転の業務では、時間外労働の上限が年960時間に
タクシー・ハイヤー運転者、トラック運転者、バス運転者に対しては、特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限が「年960時間」となります。
「時間外労働と休日労働の合計に係る単月上限と2~6カ月平均の上限」、「特別条項発動に係る年間の上限回数」に関しては適用されず、あくまで年間の時間外労働の上限のみが適用されます。
実務上重視すべきは「改善基準告示」
自動車運転の業務については、その業務の特殊性を踏まえ、全ての産業に適用される労働基準法では規制が難しい拘束時間、休息期間、運転時間等の基準が「改善基準告示(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)」に定められています。
このたび2024年度より時間外労働の上限規制の適用対象となることを受け、改善基準告示に定める基準も新しいものとなり、2024年度より適用される予定です。 自動車運転業務の労務管理を検討する上では、改善基準告示も併せて確認いただき、適正に対応できる様、準備を進めましょう。
(参考)厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」
医業に従事する医師に関しては、年間の時間外労働の上限が最大1860時間に
病院や診療所、介護老人保健施設等に勤務する「医業に従事する医師」に対する時間外労働の上限規制は、特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外・休日労働の上限が「最大1860時間」となります。
自動車運転の業務同様、「時間外労働と休日労働の合計に係る単月上限と2~6カ月平均の上限」、「特別条項発動に係る年間の上限回数」に関しては適用されず、あくまで年間の時間外労働の上限のみが適用されます。 ただし、時間外労働と休日労働の合計が月100時間以上となる見込みの医師に対しては、医療法等の定めにより、追加的健康確保措置を講じなければなりません。
「最大1860時間」とは?
医師に適用される年間の時間外労働の上限として「最大1860時間」という言葉を使いましたが、これは「医療機関に適用する水準」に応じた年間上限が設定されるという意味です。「年960時間」を原則とし、指定を受けた一部の医療機関では例外的な取扱いとされます。
追加的健康確保措置として、「勤務間インターバル」「代償休息」「面接指導と就業上の措置」を
単月100時間以上の労働が見込まれる医師に対しては、医師の健康及び医療の質の確保を目的に、特別条項付き36協定に定める健康福祉確保措置に加え、追加的健康確保措置を講じることが医療法等に規定されました。
追加的健康確保措置具の内容は以下①②に分類され、A水準では①の努力義務と②の義務、B・C水準では①②の両方の義務が課されます。
追加的健康確保措置①:連続勤務時間制限として勤務間インターバル、代償休息
追加的健康確保措置②:医師による面接指導、結果を踏まえた就業上の措置等
従来、時間外労働の上限規制の適用猶予となっていた各業種では、いわゆる「2024年問題」に対応すべく、準備を進めましょう。労働時間削減に向けた施策の検討には、各業界が公開する指針や好事例集が参考になります。個別具体的な問題については、労務管理の専門家である社会保険労務士に相談してください。
丸山博美(社会保険労務士)
社会保険労務士、東京新宿の社労士事務所 HM人事労務コンサルティング代表/小さな会社のパートナーとして、労働・社会保険関係手続きや就業規則作成、労務相談、トラブル対応等に日々尽力。女性社労士ならではのきめ細やかかつ丁寧な対応で、現場の「困った!」へのスムーズな解決を実現する。
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