2024年2月13日。車両認証試験の不正で国内全工場の生産停止に追い込まれたダイハツ工業の社長が更迭された。
認証試験による不正は64車種174件におよび、国土交通省から出荷停止の是正命令を受け、1カ月以上にわたる工場の稼働停止を余儀なくされていたことを考えると役員の更迭は当然の措置といえる。 なぜ認証試験の不正に手を染めたのか。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
短期スケジュールによるプレッシャーやコンプラ意識の希薄化などが原因か
2023年12月20日に公表されたダイハツの第三者委員会の「調査報告書」が詳しく分析している。
その中で「短期開発を至上命題とする過度にタイトで硬直的な開発スケジュールによる極度のプレッシャー」や「現場担当者のコンプライアンス意識の希薄化、認証試験の軽視」などを挙げている。
さらに組織・マネジメントの原因として「現場の担当者任せで管理職が関与しない態勢」を挙げているが、その分析を読む限り、「ダイハツはトヨタではない」という印象を強く持った。
「何でも相談してくれ」、相談すると「で?」「なんで失敗したの」と逆に追い込む上司
周知のようにダイハツはトヨタが資本参加し、2005年にトヨタ出身の会長が就任、2016年にトヨタの100%子会社となった。
しかも社内カンパニー制をとるトヨタの「新興国小型車カンパニー」と位置づけられるほどトヨタに組み入れられていた。
ところが、組織・マネジメント面ではトヨタとは似ても似つかぬ記述が随所に書かれている。
例えば、報告書では、現場が管理職に報告や相談ができなかった最大の要因は、管理職が現場の状況に精通していなかったために、現場の担当者が問題を抱え込まざるを得なかったとし、こう述べている。
「管理職は表向きは『何でも相談してくれ』というものの、実際に相談すると、『で?』と言われるだけで相談する意味が無く、問題点を報告しても『なんでそんな失敗をしたの』『どうするんだ』『間に合うのか』と詰問するだけで、親身になって建設的な意見を出してくれるわけではない」といった意見に接した。
問題点を指摘しても管理職が担当者の仕事を理解していないばかりか、相談にも応じず、逆に部下を叱責して追い込んでしまう上司・部下関係にあった。
急かされる開発により手を染めた“禁じ手”
そして報告書は社員のこんな声を取り上げている。
「開発目標を遅らせることは絶対にNGの風潮が強く、日程に間に合わないと感じ、手を挙げると『なぜ間に合わないのか』『今後どうするのか』の説明に追われ、設計に注力したくて手を挙げたのに、その他の業務が一気に増えることが目に見えているので、禁じ手を使ってしまいたくなる気持ちは理解できなくもない」
禁じ手とは、車両の認証試験の不正のことだ。
この話を聞いて思いだしたが、以前、テレビで放映され高視聴率を獲得した『下町ロケット(ヤタガラス編)』に登場する帝国重工だ。
俳優の神田正輝扮する次期社長候補が農業イベントに間に合わせるために無人トラクターの製造を急がせる。そして試作段階なので参加するのは無理との現場の声を無視し、ごり押ししてイベント会場に持ち込む。
ところが、トラクターが通る道にカカシを置き、人間との衝突事故防止を想定した実験では、停止することなくカカシを踏みつけ、最後は脱輪し、用水路に落ちてしまうという大失態を演じた。
ドラマでは大企業の奢りと上には逆らえない企業体質が描かれていたが、まさにダイハツも車の安全性にかかわる車両認証不正を放置して開発を急がせた点では似ている。
ダイハツの第三者委員会の「調査報告書」より、アンケート調査の自由記入欄では以下の回答が見られた。
組織改正により、現場と管理職の深刻な断絶を生み出す
管理職と部下の関係では、報告書は「管理職は自ら積極的に現場の担当者の所に赴いて抱えている問題や課題等を聞こうとした様子はほとんどうかがえなかった」と、指摘し、「現場と管理職との間に断絶ともいえる深い溝があり、通常のレポーティングラインが機能不全に陥っていた」と、断じている。
なぜ、そんなことになってしまったのか。その原因についてこう言及している。
「ダイハツは、『機能の縦割りを廃止し、領域拡大により多方面で活躍できる人材育成と組織のスリム化を目指して、組織の大括り化を実施』するとして、2011年6月1日付け組織改正を行った。そして、当時の開発部門である技術本部の全15部を『車両開発部』と『プラットフォーム開発部』の2部に再編した」
「このように、ダイハツは、組織の縦割りを排してフラット化することにより、役職ポストを大幅に削減し、管理職については幅広い領域を管掌するマルチ人材の育成を志向してきた模様である。しかし、その反面として、現場と管理職の断絶を生み出す土壌が形成されたと思われる」
さらにダイハツの組織風土の特徴として「現場と管理職の縦方向の乖離に加え、部署間の横の連携やコミュニケーションも同様に不足している」と結論づけている。
つまり、フラット化によって管理職が受け持つ部下などの範囲が広がったことで、職場のコミュニケーション不全を起こしたということだ。
ダイハツの第三者委員会の「調査報告書」より、アンケート調査の自由記入欄では以下の回答が見られた。
過去にトヨタも、組織転換により人材育成が疎かに
実は、トヨタも過去に同じ間違いを犯している。
1989年に意思決定に時間がかかる「大企業病」の払拭を目指し、係長、副課長、課長、次長、副部長、部長の階層を半減し、これまでのピラミッド型組織を解体。1人のグループ長(課長職)が20~30人の部下を率いるフラット型組織へ転換した。
ところが、この改革で上司と部下の関係がぎくしゃくするようになった。
当時のトヨタの人事担当役員は筆者にこう語っていた。
「上司と部下がお互いにしっかりと向き合い、ざっくばらんに話し合って高めていくコミュニケーションこそ命というのが当社のよさでもあります。それが物理的に難しくなったのです。生産量がどんどん拡大し、マネジャーの仕事量が増えて忙しくなると、どうしても部下の面倒を見るのが難しくなる。我々が大事にしている人材育成も疎かになったのです」
フラット型組織の導入によってグループ長のマネジメントが困難になっただけではなく、個々人がバラバラになり、トヨタの強みである集団の力が弱体化したのである。
そこでこの反省に立ってトヨタは2007年にポストフラット化の人事・組織改革を断行している。具体的にはグループ長の下に3~4人の社員の面倒をみるチームリーダーの設置や、入社4年目の社員に対する「指導職研修」などを実施するようになった。
ところが、ダイハツにはこうしたトヨタの失敗から学んだ“カイゼン”が移植されることはなかった。
100%子会社やグループカンパニーと位置づけられていても、組織開発やマネジメント手法が取り入れられなかったことが不思議でならない。
ダイハツの再建には時間がかかるだろう。急がれるのは人事・組織マネジメントの改革だろう。