黒字企業がリストラを進める理由は? 雇用の流動化により政府お墨付きのリストラ増加か

2024年に入り、構造改革という名のリストラが吹き荒れている。その中でも6割超が黒字企業だという。本稿では、増加する早期・希望退職者募集を行う企業の目的について解説する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

早期・希望退職者募集の目的は「構造改革」

東京商工リサーチの1-2月の上場企業の「早期・希望退職者募集」調査によると、募集した企業は14社、対象人員は3613人であった。2023年は1年間で3161人だったが、この2カ月間ですでに452人も上回っている。

早期・希望退職者募集を開始した企業の直近の本決算(単体)では、黒字企業が9社(構成比64.2%)と6割を超えている。

同調査は「業種別は、これまでコロナ禍で打撃を受けた業種が中心だったが、コロナ禍の影響を引きずるアパレル関連は1社にとどまり、幅広い業種に分散した。深刻な人手不足のなか、業績回復の目立つ大手企業で『早期・希望退職者』が増えており、大手企業が本格的な構造改革に乗り出した可能性が出てきた」と分析している。

黒字企業であっても業績回復の機会を逃さず、事業再編を含む構造改革によるリストラに踏み切るのは今に始まったことではない。 大手企業では資生堂の1500人、オムロンの国内1000人の大規模リストラが目立つ。また、4月4日にはコニカミノルタが2400人のリストラに踏み切っている。いずれの企業も希望退職者募集の大義名分に「構造改革」を掲げている。

オムロン、リストラの理由は人件費削減による収益構造改善

オムロンは「構造改革プログラム『NEXT2025』」を掲げ、人員削減の理由として「顧客価値の拡大を実現し、収益を伴った成長を実現する人員・人件費構造を構築するためにグローバルに人員数・能力の最適化を実施します。具体的には国内約1000名、海外約1000名の合計約2000名を削減することで、総人件費の適正化に取り組みます」と述べている(同社ニュースリリース)。つまり、リストラの理由が人件費の削減による収益構造の改善にあるということだ。

ただし、気になるのは対象者が「勤続3年以上かつ年齢40歳以上の正社員およびシニア社員」と、中高年層をターゲットにしている点だ。給与が高い中高年を狙い撃ちにしているのはわかるが、実は政府が推進する労働市場改革に便乗しているのではないかという懸念も拭えない。

三位一体の労働市場改革のねらい

政府は昨年、閣議決定された骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2023)に「成長分野への労働移動の円滑化」を盛り込んだが、その元となるのが政府の「新しい資本主義実現会議」(議長=岸田文雄首相)が打ち出した「三位一体の労働市場改革の指針」だ。

三位一体の労働市場改革の狙いは、リスキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化を通じて、構造的に賃金が上昇する仕組みを作っていくことにある。「労働移動の円滑化」の目的について指針ではこう述べている。

「我が国の雇用慣行の実態が変わりつつある中で、働く個人にとっての雇用の安定性を新たな形で保全しつつ、構造的賃上げを実現しようとするものである。働く個人の立場に立って、円滑な労働移動の確保等を通じ、多様なキャリアや処遇の選択肢の提供を確保する」 そのためリスキリング(学び直し)支援に1兆円の予算を投じる。

厚生労働省も2024年度の概算要求でリスキリングなどに2000億円を盛り込み、当時の厚生労働大臣もデジタル分野を中心に学び直しや多様な働き方を推進し、「賃金の上昇を伴う労働移動を支援する」と述べている。

社外へ羽ばたく社員のキャリア支援、要は中高年ターゲットの早期退職募集

政府が後押しする雇用の流動化、そのためのリスキリング支援で本当に転職が容易になり、給与も上がるのかは疑問であるが、実は当初から政府のお墨付きによるリストラが増えるのではないかと予想していたが、現実のものとなっている。

その象徴的な事例が資生堂の「早期退職支援プラン」だ。同社は日本事業の抜本的見直しと構造改革遂行のための新経営改革プラン「ミライシフトNIPPON2025」を発表。その中で「持続的な成長」、「稼げる基盤構築」と並ぶ3本柱の1つに「人財変革」を掲げる。そして人財変革についてこう述べている。

「本プラン(キャリアミライプラン)は、資生堂の未来の変革のために、共に取り組んでいく社員、または今回の変革を転機に今後のキャリアを社外で選択する社員、いずれのケースにおいても最適・最善を目指したキャリア支援プランです。具体的には『ミライキャリアプラン』の一環として、変革を共に進める社員への自己革新に必要な能力獲得とリスキリングへの積極投資を実施し、社外で新たなキャリアを目指す社員へは、早期退職支援プランを提供します」(同社ニュースリリース)

会社に残る者、社外で新たなキャリアを目指す社員にとっても「最適・最善を目指したキャリア支援プラン」と謳う。

ただし社外で新たなキャリアを目指す社員、つまりリストラ要員は、早期退職支援プランとして、通常の退職金に特別加算金を支給し、再就職支援サービスも提供するというごく一般的な補償内容にとどまっている。

また、対象者は「現資生堂ジャパン所属社員のうち、一定年齢および勤続年数などの条件を満たす者」(同社ニュースリリース)となっているが、報道によると「45歳以上かつ勤続20年以上」と、中途採用者を除く生え抜きの中高年層をターゲットにしている。

会社に残ると成長し続けなければならないハードルも

一方、希望退職者募集なので会社に残る選択肢もあるが、ハードルも待ち受けている。

同社のリリースでは「『持続的な成長』と『稼げる基盤構築』を同時に実現するために、自己革新し続ける人財・組織を早期に確立します。自己革新は、資生堂ジャパン社長CEOである藤原の人財に対する思いです」と述べ、「自己革新し続ける人財」の能力として、以下の6つを挙げている。

  • 好奇心を持ち、生活者の価値観やトレンドを捉え、新しい価値を創造する力
  • 得意先さまの方針・課題を理解し、共に成長できる取り組みを自ら創り出す力
  • デジタルツールを理解し、成長・収益拡大や生産性向上に活かせる力
  • すべてのリソースに対して、リターンを最大化する稼ぐ力
  • 組織やポジションに関係なく、生活者の視点を重視して行動する力
  • 一人ひとりが改革の主役で、リスクを恐れず挑戦し、変えることへの共感を引き出す力

一見、抽象的で人事評価の項目のようであるが、たとえばデジタルツールを活かして生産性向上を図ることは45歳以上の中高年にはハードルが高いように思える。社員にとっては、この6つの能力を持つ人財に変われなければ会社を去るしかないという“踏み絵”に映ったとしても不思議ではない。

おそらく対象者に対する上司との個別面談ではこの6つの力についての現状での評価と変わることへの覚悟が問われることになるだろう。

賃金の上昇を伴う労働移動は可能か

ただ、最近でこそ「キャリア自律」が叫ばれるようになり、学び直しの必要性は高まっているが、大手企業の管理職研修を手がける外部の講師は「大手企業はそうした研修を結構やっているが、実際に社員が学んでいるかといえば別の話だ」と語る。

「20代から30代前半は学習するのは当たり前という感覚だろう。しかし40代はやるべき仕事量も多く、仕事に忙殺されているうえに突然、勉強しろと言われても現実的には難しい。会社の仕事を終え、疲れているのにセミナーを受講しろと言われても消極的な人も少なくない」。

当然、ハードルが高すぎて早期退職を選ぶ人も出てくるだろう。その人たちは政府の進めるリスキリング支援によって「賃金の上昇を伴う労働移動」が果たして可能だろうか。

東京商工リサーチの調査は「経済産業省は、リスキリングなどのキャリアアップ支援事業でキャリア相談や転職支援を後押しするが、大手の構造改革への取り組み次第で『早期・希望退職者』募集はさらに増えそうだ」と述べている。 今後、増加するリストラの受け皿としての政府の労働移動の支援策が実際に機能するのかどうか、重要な局面を迎えている。


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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