中高年社員の早期・希望退職を募集する上場企業が相次ぐ一方、定年延長後の処遇を改善する動きも見られる。事業環境の変化や人材不足に対応し、企業を持続的に成長させるための人事戦略が求められている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)

早期・希望退職募集の上場企業34社のうち22社は黒字
近年、黒字経営にもかかわらず人員削減を行う“黒字リストラ”が増えている。東京商工リサーチの2025年9月末までの「上場企業の早期・希望退職募集によると1万488人となり、2024年の年間募集人数の1万9人をすでに上回っている。
募集が判明した上場企業34社のうち22社の直近決算期の最終損益は黒字で、全体の64.7%を占めている。大手の黒字企業にはパナソニックホールディングスや三菱電機のような電機業界を中心に、明治ホールディングスや三菱ケミカルなどの食品、化学をはじめ他業種にわたる。
メガバンクは定年を65歳に引き上げ
一般的に早期退職募集では40~50代の社員や定年後再雇用者を対象にすることが多い。一方で、若年労働力の減少に伴い、中高年社員のリスキリングや定年延長によって長期に働いてもらう取り組みを強化する企業も増えている。
注目を集めているのがメガバンクだ。三菱UFJ銀行は2027年度から約2万5000人の行員の定年を60歳から65歳に引き上げる。同時に55歳を機に給与を引き下げる制度を廃止し、55歳以降でも昇給しやすくする。三井住友銀行や三井住友信託銀行も定年を65歳に引き上げているほか、りそな銀行も定年を最長65歳まで選べる選択定年制を導入している。
銀行や生・損保などの金融業界では50代前半や50代半ばの役職定年を機に会社を離れ、関連会社が取引先に出向するのが一般的だった。10年前に大手生保から役職定年で製造業の会社に出向した男性Aさんからこんな話を聞いたことがある。
Aさんは人事部に従事した経験があることから出向会社の人事部に勤務。後進の指導などを担当していたが、出向元企業の風を吹かせることもなく、若手社員の人望も厚かった。2年間の出向期間が近づくにあたり、出向先から執行役員人事部長での転籍を打診された。
出向先でやりがいを感じていたこともあり、大いに悩んだそうだが、出向元の給与が高かったため結局、断念し、出向元に戻った。ところが、出向元での仕事はコールセンター部署の電話対応だった。やりがいを感じられない仕事に今では悔いているそうだが、当時の金融業では50代以降の仕事はそんなものだった。
メガバンク各社は出向を減らすとともに、50代以降も活躍してもらうのが定年延長の狙いだ。
ホンダは「脱年功」「脱一律」を掲げ、適材適所・実力主義を徹底
定年延長の動きは大手企業で増えている。例えば自動車メーカーのホンダは2017年に65歳選択定年制を導入し、早くから高齢社員の活躍推進に取り組んでいる。さらに2025年6月から一部社員を対象に定年制度を廃止している。
自動車業界は未曾有の競争環境にある。電気自動車などさまざまな事業、製品の「電動化」の動き、そして搭載されたソフトウエアが車の価値を決めるといわれるほど「知能化」が進んでいる。
ホンダはこうした難しい時代にカルチャーを含めて変革していく必要があると考え、その一つとして人事制度を刷新した。人材の活用・処遇においては「脱年功」「脱一律」を掲げ、役職者については職務・職責を重視した制度に変えた。さらなる変革やイノベーションの創出に向け、適材適所・実力主義を今まで以上に徹底する。
ホンダの選択定年制は、全員が60歳になる前に定年年齢を本人の希望で選択できる。60歳以降も毎年1回、定年時期の変更も可能だ。個々人の価値観やライフスタイルが異なることを踏まえ、定年時期を自分で選べるようにした。
定年延長後も高い成果を出した人は昇給・賞与が上がる仕組み
定年延長後の処遇も、以前の再雇用の場合は60歳前の半分程度の報酬だったが、約8割に引き上げている。また再雇用者は昇給もなく諸手当も適用除外となっていたが、60歳前と同じように諸手当も支給するとともに、評価制度によって高い成果を出した人は昇給・賞与も上がる仕組みにしている。
選択定年制を導入してから正社員のまま働けることをポジティブに受け止める人が多く、対象者の8割以上が60歳以降も働くことを選択している。
ホンダの人事担当者は「経営陣の間ではもともと定年を一定の年齢で区切るのはいかがなものかという議論もあった。基本的には本人の働く意欲や実力、組織への貢献度合いによって決まるべきであり、年齢は関係ないという考え方がベースにある」と語る。
ホンダのように長年の職業生活で培った経験やスキルを活かし、後進の指導や、あるいは貴重な戦力として活躍を推進する企業は今後も増えていくだろう。その一方で、黒字リストラによって中高年社員と中途採用による若手社員の入れ替えを進める企業もある。一見するといわば二極化の傾向にあるが、今後の動向が注目される。




