非正規労働者の待遇改善へ新たな規制強化で労使対立 均等処遇や正社員転換を規定する法改正もあり得る

年末にかけて非正規労働者に関する雇用政策の議論が本格化する。論点は、非正規労働者の雇用の安定と待遇の改善だ。今後の労働市場、企業の人材マネジメントや日本人の働き方に大きな影響を与えることになる議論の行方が注目される。(文・溝上憲文編集委員)

人事制度

非正規労働者が4割、雇用政策の議論が本格化

先ごろ発表された厚生労働省の「平成22年就業形態の多様化に関する総合実態調査」によると、2010年の非正規労働者の割合が38.7%に増えた。正社員と異なる働き方をする労働者が約4割も存在するという二極化の時代を裏付けるものであり、改めて正規と非正規の雇用政策のあり方が問われる事態といえよう。

非正規労働者の雇用の安定や待遇改善はリーマン・ショック以降、社会的課題になっている。非正規労働者には派遣とパートなどの有期契約労働者に分かれるが、法令上は労働者派遣法、パート労働法、労働基準法で保護されている。

折しも厚労省では非正規問題について、3つの会議で検討が進められている。1つ目は、6月に発足した職業安定局の非正規労働者の雇用の安定や待遇改善を目指した「非正規雇用ビジョン」の策定に向けた有識者懇談会(以下、懇談会)。

2つ目は、有期契約労働者の雇用の安定と待遇改善を目指した労働基準局が主管する労働政策審議会の労働条件分科会(以下、分科会)。3つ目は、雇用均等・児童家庭局の「今後のパートタイム労働対策に関する研究会」(以下、研究会)だ。

テーマは微妙に異なるが、共通するのは正規と非正規の均等待遇に関する議論であり、そこには今後の政策の方向性が示唆されている。 懇談会での議論は始まったばかりであるが、①非正規雇用の概念整理②非正規雇用をめぐる問題点や課題③非正規雇用をめぐる問題への基本姿勢④非正規雇用に関する施策の方向性――の4つを論点に議論することにしている。

そして最終的には「公正な待遇の確保に必要な施策の方向性を理念として示す」非正規雇用ビジョンを策定することになっている。

有期労働の契約理由を限定する規制強化で労使対立

分科会は、この8月に「有期労働契約に関する議論の中間的な整理」(以下、「中間整理」)を公表している。最大の論点は契約期間に縛りをかける法的規制にある。具体的には、①締結事由②更新回数・利用可能期間、解雇権濫用法理の類推適用③契約締結時および終了時の手続き④契約終了時の経済支援――の4つ。

①の締結事由の規制とは、安易な雇止めを防止するために入口の契約段階で縛りをかける方法だ。有期労働契約を締結できる範囲を季節的・一時的業務のケースなど一定の目的や理由がある場合に限定することである。締結事由については他の論点に比べて労使が真っ向から対立している。

②は更新回数や利用可能期間の上限を設定する出口規制と言われるものだ。労働基準法では1回の契約期間の上限が3年という規制しかなく、何回でも更新が可能。これに対し、たとえば更新回数を3回に制限し、1年契約であれば4年までの就労が可能となり、それ以降は無期雇用とするものである。

一方、雇止めについては労働者保護の観点から判例法理(雇止め法理)が現実に存在している。

有期契約労働者であっても、契約更新を繰り返し、5年、10年と長期に就労し、実質的に無期雇用と変わらない状態にあり、労働者もずっと雇ってもらえるという合理的期待がある場合、客観的・合理的理由がなければ雇止めできないという「解雇権濫用法理」が類推適用されている。

更新回数や利用可能期間の上限を設定し、さらに雇止め法理を法制化すれば、いつ雇止めにされるかもしれないという労働者の不安を解消し、予測可能性を高める効果もある。この要否が論点となっている。

不利益な取り扱いは禁止、使用者に立証責任の可能性

重要な論点となるのが、「均等・均衡待遇」と「正社員への転換」だ。正社員との均等待遇や差別禁止については、すでにパートタイム労働法に盛り込まれているが、同じ有期契約労働者でもフルタイムの労働者は除外されていた。パート労働者と同様に有期のフルタイム労働者も均等待遇や正社員転換などの措置を法的に位置づけようというものだ。

パートタイム労働法の8条では、職務の内容や人材活用の仕組み、運用面等の3つにおいて正社員と同視しえる場合は、差別的取り扱いを禁止している。

しかし、「中間整理」の中で労働側は「8条に関する行政の是正指導件数(09年度)は3件、紛争解決援助件数は2件であり、実効性の点から問題がある」と指摘。パートを含む有期契約労働者を包含する新たな法体系をつくるべきだと主張している。

具体的には、パートタイム労働法のような行政指導の法律ではなく、合理的理由がないのに契約期間中の差別的取り扱いや不利益取り扱いを禁止する条項を設け、労働者の具体的な請求権を担保する民事上の効果を持つ法律をイメージしているようだ。

研究会も均等待遇の確保が大きな論点になっている。9月に公表された研究会の報告書によると、パートタイム労働法8条の3要件に該当する労働者は調査対象の労働者の0.1%にすぎないことを指摘。適用範囲を広げるとともに法改正ついて以下のように述べている。

「第8条の3要件が、企業のネガティブ・チェックリストとして機能しているのではないかとの懸念および事業所における賃金制度が多様であることに対応する観点から、事業主はパートタイム労働者であることを理由として、合理的な理由なく不利益な取扱いをしてはならないとする法制を採ることが適当ではないかとの意見もあった」(報告書概要)

つまり、現行のパートタイム労働法8条は、労働者が裁判で争うに足る民事上の効果は持たない。だが「合理的な理由なく不利益な取り扱いをしてはならない」と原則を法律に明記することでその効果を持たせようという「中間整理」の労働側の意見に近い。

懇談会でも「同一(価値)労働、同一賃金」の観点から同じテーマが俎上に上がっている。第2回の懇談会では労働政策研究・研修機構の「雇用形態による均等処遇についての研究会報告書」が資料として提出された。報告書の内容はEU諸国の正規・非正規の処遇格差を禁止する法制などを調査検討したものである。

その中で「EU諸国では、正規・非正規労働者間の賃金を含む処遇格差の是正については、雇用形態に係る不利益取扱い禁止原則の枠組みの中で対処されている」と述べ、この原則は日本でも有効であるとして以下のように結論づけている。

「雇用形態に係る不利益取扱い禁止原則は、雇用形態の違いを理由とする異別取扱いについて、その客観的(合理的)理由につき使用者に説明責任を負わせることで、正規・非正規労働者間の処遇格差の是正を図るとともに、当該処遇の差が妥当公正なものであるのか否かの検証を迫る仕組みと解することができる」

これは「中間整理」の労働側意見および研究会の報告書が指摘した点と類似する。差別的取り扱いまたは不利益取り扱いを禁止する条項を盛り込んだ法律をつくり、立証責任を使用者側に負わせるべきだとする考え方だ。

懇談会ではこの報告書を受けてある委員は「雇用形態による差別は不利益取り扱いの禁止で議論されている。転勤の有無や残業時間の違いなど合理的理由で説明できるものは不利益取り扱いにならないが、それ以外の不利益取り扱いについてはどうなのか検討する必要がある」と述べている。

正規・非正規の中間的な雇用形態も検討

そして、正社員への転換についても議論が重なる。「中間整理」で使用者側は「正規・非正規の二者択一論ではなく、勤務地限定などいろいろな契約内容を労使で検討してみるのは有意義ではないか」と述べている。

これは一部の企業で設けている勤務地限定社員や職務限定社員などを踏まえ、正社員と非正規社員をつなぐ中間的雇用形態として法的に位置づけてはどうかというものである。

これに対して労働者側は「中間的な労働者区分を作る必要性も理解できず、また、正規と非正規、有期契約労働者と期間の定めのない雇用の区別を固定化するものとなるため疑問である」と反対している。

研究会でもこの点が取り上げられ、勤務地限定、職種限定の労働者は、パート労働者のニーズに対応し、かつ無期労働契約になるために雇用の安定に資すると評価する。

しかし「一方で、事業所の閉鎖や職種の廃止の際の雇用保障のあり方について整理が必要と指摘されており、今後、関連判例の内容の整理が必要であると考えられる」(報告書概要)と述べるにとどめる。

一方、懇談会では「典型的な正規労働者と非正規労働者との中間に位置するような雇用形態をどのように位置づけるべきか」が論点の一つとなっている。

懇談会の議論はスタートしたばかりであるが、今後、「非正規社員から正規社員に転換する際に、ワーク・ライフ・バランスの観点から勤務地限定、業務限定で正社員化を図っていくことも考えられるし、中間的な正社員のあり方も含めて議論もしていく予定」(職業安定局)という。

分科会は年末までに報告書をまとめ、場合によっては労働基準法改正やパートタイム労働法を含む新法をつくる可能性もあり得る。一方、懇談会も議論を年内にとりまとめ「非正規ビジョン」として打ち出す予定だ。

パート労働者については研究会の報告書を受けて、これから労働政策審議会の議論が始まる。正規と非正規の均等待遇や正社員への転換は、今後の雇用政策の重要な課題だ。具体的な法制化など政策に落とし込んでいくには、厚労省の3つの局にまたがって縦割りで進められている内容のすり合わせは不可欠である。

どのように整合性を図っていくのか、議論の行方を注視していくべきだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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