2019年7月18日

企業の命運を分けるデジタル人材の採用と育成

IoT、ビッグデータ、AI(人工知能)などのテクノロジーによって、これまでのビジネスのあり方が大きく変わろうとしている。人材市場では稀少なデジタル技術者や事業責任者などの奪い合いとなっており、多くの企業が人材確保に頭を悩ませている。事業変革を推進していくためのデジタル人材の採用や育成について、最新事情を取材した。

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 あらゆるモノがネットにつながるIoT、さまざまなサービスの大量の利用データから利用者の行動などを分析して社会や経済の問題解決や事業の付加価値向上を支援するビッグデータ活用、そしてこれらの情報を処理・応用するAIなどのデジタル技術を活用した新製品やサービスが相次いで登場している。

 そして、デジタル技術と既存のビジネスモデルが結合することによって、これまでと異なる分野からの参入や業界を越えた競争が起こり、デジタル活用による事業構造の変革を意味する「デジタルトランスフォーメーション」の推進が多くの企業で経営課題となっている。

 事業展開のスピードが第一に問われる時代にあって、まさにデジタル人材の確保が企業の命運を分けると言って過言ではないだろう。

デジタル人材の採用は国境や国籍を越えた争奪戦に突入

 デジタルを活用した新製品やサービス開発が活発化した近年は、デジタル分野のエンジニアは国境や国籍を越えて奪い合いの状況となっている。先端分野の技術者を獲得するために海外に拠点を設けてグローバルな採用に取り組む日本企業も出てきた。

 国内では大手自動車メーカーなどが東京都心部に研究開発環境を整えて人材獲得を進めている。こうした企業の中には競合他社との採用競争に負けないために、都心に住居を確保する必要があるエンジニアに対して、20万円を超える家賃補助を提示している例もある。

 技術者特化の人材紹介会社テクノブレーンの加茂孝修取締役はこうした企業の採用事情を次のように話す。

 「人材獲得競争は激しさを増しており、各社とも今年度は採用計画の達成がさらに厳しいのでないでしょうか。大学や企業間の連携による研究の取り組みが進んでいるため、以前に比べて実装フェーズに伴う求人が増えています」

 また、ウェブサービス企業やSIerの採用に詳しい同社の碣石浩二部長は「即戦力となるシニアクラスのエンジニア採用が困難なため、若年層を採用していこうという企業が多くなっています。また、エンジニアを統括し、組織戦略を考えられるエンジニアリングマネジャーやVPoE(Vice President of Engineering)、アライアンスパートナーとの事業化を推進できる人材といった求人も見られます」と説明する。

 成長分野や先端分野では専門領域で活躍しているエンジニアの数が非常に少なく転職市場にはほとんど出てこないため、さまざまな手法を用いて候補者に接触して求人の魅力を伝え、丁寧にフォローしていくような動きを取らなければ採用は困難になっている。

デジタル化の対応が遅れると企業存続が危ぶまれる

●デジタル化によるビジネスやライフスタイルの変化の例

●デジタル化によるビジネスやライフスタイルの変化の例

(出所)情報処理推進機構「IT人材白書2017」

デジタル事業担当者の年俸は高騰、求人が幅広い業種・職種に拡大

 デジタルトランスフォーメーションを推進する企業の取り組みに伴って、デジタル事業全体を統括する最高責任者としてチーフデジタルオフィサー(CDO)を置いたり、デジタル専門部署を設ける企業も出てきている。

 しかし、多くの企業ではデジタル事業に精通した人材が社内にいないため、デジタル事業の企画やマーケティングなどの経験者を外部から獲得しようと動いている。

 デジタル事業担当者の年俸も高騰している。昨年、大手食品メーカーからCDOのヘッドハンティングを依頼された人材サーチ会社の経営幹部は「デジタルトランスフォーメーションは経営トップが率先して取り組まなければならない課題です。今回のヘッドハンティングに際しては、既存役員と同じ水準ではなく人材マーケットに合わせて報酬を用意するので最適な人材を探してほしいという経営トップからの明確な指示がありました」と話す。

 CDOの獲得に成功したこの企業は、海外拠点でデジタル事業を推進する責任者のヘッドハンティングを依頼している。これまで大手企業が外部から役員クラスを獲得する動きは少なかったが、高額な年俸を用意してでもデジタルとビジネスに精通した人材を獲得しなければ生き残れないという経営者の危機感の高まりがうかがえる。

 業種・職種を問わずデジタル人材のニーズが拡大しているため、人材紹介大手のジェイ エイ シーリクルートメントは3月に「JAC Digital」の新ブランドを立ち上げ、採用支援を強化する。企業から寄せられている求人内容について、同社デジタル支援室の春野直之部長は次のように話す。

 「金融、製造業、ヘルスケア、建設不動産、サービス、消費財などの幅広い業種の企業でデジタルを導入する必要性が高まり、エンジニア以外の職種においてもデジタルの素養を持つ人材が求められています。事業の旗振り役を変えていくために、こうした企業からは、より経営に近いポジションの求人が目立ちます。IT企業の出身者が採用のターゲットになることが多く、デジタルによる生産性向上やプロダクト開発、ビッグデータ活用の推進といったミッションが与えられています」

 一方、候補者側も培ってきたデジタルの知見を活かすために業界を問わず転職する人が増えているが、優秀な人材には多くの企業からオファーが集中する。

 採用を成功させるポイントについて、春野氏は「業界とデジタルの両方の知見を持って求人の要件定義をしっかりと行うことが欠かせません。当社が新たなコンサルティング体制を整えた理由の一つも、各領域とデジタルの専門性を持ったコンサルタントが求人の要件定義から内定承諾までを一気通貫で支援するためです」と説明する。

 入社後に期待通り活躍してもらうためにも、採用すべきターゲットを明確にして、候補者がやりがいを感じるような業務内容やふさわしい年俸を提示できなければいつまで経っても採用は上手くいかない。

デジタル人材の量・質ともに半数以上の企業で不足

●デジタル化推進に向けたリソース/環境の充足度

●デジタル化推進に向けたリソース/環境の充足度

(出所)Pwcコンサルティング「2018年Chief Digital Officer調査」

先進企業は専門プログラムでデジタル人材の育成急ぐ

 デジタル人材の確保を急ぐ各社では、社員のデジタル教育に力を入れる企業も出てきている。

 空調機器大手ダイキン工業は研究開発拠点のテクノロジー・イノベーションセンター内に「ダイキン情報技術大学」を設置し、新入社員のうち100人を2年間、現場には配属せずAIやIoTを学ばせている。

 損害保険大手の東京海上ホールディングスは、データサイエンティスト育成プログラムを創設し、適性人材の発掘・育成・評価を体系的に行うと発表した。

 また、楽天は社員全員にプログラミングの学習を必須とし、今年の新入社員に対して3カ月のプログラミング研修を用意した。

 教育内容や育成目標のレベルは各社でさまざまだが、こうしたデジタル人材の育成ニーズに応えて、教育プログラムを提供する動きも活発になっている。

 2万人以上のデータサイエンティストが登録するAI開発コンペティションサイトを運営するSIGNATE(シグネイト)は、大手SIerの営業職とエンジニアに対してAIの基礎が学べるオンラインプログラムを提供し、大手メーカーやサービス業の企業なども導入を検討中だ。

 同社の教育プログラムを導入する企業の狙いについて、同社の夏井丈俊COOは「SIerなどではAI関連の顧客ニーズが増える中で、AIの基礎的な知識を持ちながらシステム構築や運用のプロジェクトを推進できる幅広い人材の育成を図る必要性が高まっています。また、AI開発まで手掛ける企業では高度なエンジニアの採用が必要ですが、多くの企業ではデジタル化を進めていく際にベンダーなどと一定レベル以上の会話ができる人材を育てることが教育ニーズとして広がっています」と説明する。

 同社のオンラインプログラムにはさまざまな課題や相互学習の機能が用意されており、デジタル人材の教育手法について、夏井氏は「一人一人がレベルに応じて学習し、実践的な課題を自らの力で順番にクリアしていくことによって教育効果が高まります。AI教育に従来型の集合研修は適しません」と指摘する。

 また、人材アセスメントで1000社以上の実績を持つネクストエデュケーションシンクは東芝総合人材開発と共同で、IT人材の業務とスキルを体系化した「iコンピテンシディクショナリ(情報処理推進機構提供)」に基づくコンピテンシー診断を開発し、適材適所や能力開発を支援している。

 同社の斉藤実社長は「デジタルトランスフォーメーションの時代には問題解決型ではなく、価値創造型のIT人材が必要とされています。人事担当者は社内人材の能力を可視化し、採用や育成の施策を見直すことが急務です」と話す。

 特に、企業向けにサービスを提供する企業ではデジタル化に取り組む顧客を支援できる営業担当の育成を急いでおり、IT・ビジネストレンドが学べる同社のeラーニング「NET*ITBTTM」を活用する企業が増えているという。

多様な採用手法や教育プログラムが提案されている

●デジタル人材の確保を支援する最近の取り組み

●デジタル人材の確保を支援する最近の取り組み

事業展開のスピードに追い付くために多様な就業形態で人材を確保

 多くの企業でデジタル人材の確保が急務となっているものの、採用環境は厳しく、また社員教育だけでは事業展開のスピードに人材の供給が追い付いていないのが現状だ。こうした企業の人材不足を解決するためのサービスも登場している。

 フリーランスのプロ人材を企業にマッチングするサービスを手掛けるみらいワークスには、ビジネスオペレーションのデジタル化やデジタルサービスの開発などに取り組む企業からの相談が増えているという。

 こうした企業がプロ人材を活用する理由について、同社の岡本祥治社長は「デジタル人材の採用は大変難しく時間も掛かります。デジタル関連のビジネスはスピードが成功の鍵を握り、試行錯誤しながら進めていく領域です。できるだけ早く着手して経験値を積むことが大事で、やると決めたら早く人材を確保しなければならないからです」と説明する。

 同社には8700人以上のフリーランスが登録し、フィンテック、医療・ヘルスケア、RPAなどのテーマに特化したプロ人材も集めている。

 デジタル人材の確保に悩む人事担当者に対して「デジタル人材の給与水準は高騰しており、多くの企業では既存の給与テーブルに沿って条件を提示しても採用は難しい状況です。業界の壁を越えて激しく競争していく環境になり、これまでの業界の常識や採用手法が通用しなくなっています。候補者側の働き方の希望なども十分に理解して、スピーディーに人材を確保するための多様な手法を知っておく必要があるでしょう」と助言する。

 また、テクノブレーンは、国内外の大学院や研究機関に在籍する研究者を企業に紹介するサービスを昨年から本格的に開始している。

 企業が研究者を正社員としてフルタイム前提で採用するだけなく、大学や研究機関との雇用契約を維持しながら民間企業とも雇用契約を結んだり、技術顧問や共同研究などさまざまな就業形態で研究者の能力を企業で活用しようという新しい取り組みだ。

 ゼロから1を生み出すような先端的な研究者を求める一部の企業で活用が進み出しているが、同社事業責任者の山内宗和氏は「圧倒的な技術革新によって、今までのような進め方では競争に勝てなくなると危惧する研究現場は増えており、必要な時に必要な人材を確保したいという動きも出てきています。研究者側もより柔軟な就業形態を望む声は確実に増えていますが、依然として採用側は長期雇用を前提とする人事のあり方を変えるには至っていないのが現状です」と人事の課題を指摘する。

 経営環境の変化が激しいため、固定化した人材だけでは解決が難しい場面が増えている。デジタル人材の中には副業や業務委託といった正社員以外の雇用形態での働き方を希望する人も見られ、一部の企業では人事制度を見直して多様な人材を受け入れ、その能力を有効に活用している。

 デジタルトランスフォーメーションが進展すれば、ビジネスのあり方はもちろんのこと、雇用や働き方にも大きな変化をもたらすことが予想される。人材採用や教育のコストが上昇していく中で、競争力を高めるために必要な人材をどのように確保していくのかを改めて考えなければならない。
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