昨年の働き方改革関連法の成立に伴って、4月から順次、労働基準法をはじめとする関連法令の改正が施行される。施行が直前に迫る中、確認すべき人事実務のポイントを社会保険労務士の細川芙美氏に解説してもらった。
細川 芙美 社会保険労務士(汐留社会保険労務士法人)
36協定新様式の3つの変更点
1つ目は、時間外労働時間の管理、新様式での36協定の届出です。まず、時間外労働について罰則付きの上限が設けられます。原則の時間外労働の上限は、月45時間、年間360時間で、現在と変わりはありません。
ただし、特別条項付きの36協定を提出することで認められていた、やむを得ない場合の例外措置での時間外労働に上限が設定されます。以下、4つの歯止めがかけられます。
(1)年間の時間外労働は年720時間(月平均60時間)以内
(2)休日労働を含んで、2カ月ないし6カ月平均は80時間以内
(3)休日労働を含んで、単月は100時間未満
(4)月45時間を超える時間外労働は、年6回まで
これらの上限は、中小企業については施行が2020年4月となり、施行まで1年の猶予がありますが、1年後を見据え、今年からしっかりと管理をするようにしましょう。
ちなみに、中小企業であるかどうかは、業種ごとに資本金の額または常時使用する労働者の数で判断されます(小売業は5000万円以下または50人以下、サービス業は5000万円以下または100人以下、卸売業は1億円以下または100人以下、その他の業種は3億円以下または300人以下)。
また、2019年4月以降に提出する、36協定の様式が変更となります。新様式では以下の3点が変更となります。
(1)36協定で定める限度時間の大小や、特別条項の付記に関わらず、新しい労働時間の上限規制に対応した時間外労働及び休日労働を合算した時間が「1カ月について100時間未満」「2~6カ月までを平均して80時間以下」についてのチェックボックスが増えている
(2)特別条項を付ける場合には、36協定は2枚作成が必要
(3)特別条項を付ける場合には、「限度時間を超えて労働させる場合の手続」や、「限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康福祉確保措置」等を記入する欄が追加され、細かい取り決めが必要となる
(1)については、新しく設けられた時間外労働の上限の確認となっています。(3)については、細かい取り決めが必要となるため、早めの対応が必要です。
特に「限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置」は、対象社員への医師による面接指導や、年次有給休暇取得の促進、特別休暇の付与、勤務間インターバルの導入、職場での時短対策会議の開催、といった措置が想定されています。現在、36協定に特別条項を付けている会社は多いと思いますので、今後の作成には特に注意が必要です。
●時間外労働の上限規制導入のイメージ
年休取得が義務化 就業規則の整備が急務
2つ目は、年次有給休暇(以下、「年休」という)の取得の義務化です。2017年の年休の平均取得日数は9.3日、取得率は51.1%でした。前年(49.4%)から1.7ポイントの増加で、取得率が50%を超えたのは18年ぶりとなりましたが、世界各国と比較すると依然として低い取得率となっています。政府は年休の取得率向上を促し、2020年までに取得率70%とするとの数値目標を掲げています。
年休取得の義務化については、使用者である会社は、年に10日以上の年休が付与される社員に対し、そのうちの5日について、毎年時季を指定したうえで取得させなければなりません。ただし、社員からの申出による取得や、計画的付与により取得した年休の日数分については、会社からの時季指定の必要はありません。
現在は会社側からの、年休取得促進は義務付けられていませんが、改正によって、年休を取得しない社員がいる会社は、罰則の対象となります。年休取得の義務化は中小企業の特例はありませんので、今のうちに対応が必要となります。
就業規則の年休の条文に新たな項目を設け、「年次有給休暇のうち、5日分については、会社は基準日から1年以内に、社員の希望を聞いたうえで時季を指定して付与するものとする。ただし、社員本人が時季を指定して取得した日数分については、この限りではない。」というような文言を追加することが望ましいです。会社が時季を指定して年休を取得させるために、就業規則を整備されることをお勧めします。
また、年休の計画的付与制度を導入することも1つの方法です。計画的付与とは、社員に付与された年休のうち、5日を超える分については、労使協定を結ぶことにより、会社が計画的に、年休を付与することができる制度のことをいいます。
5日については、社員個人が自由に取得できる日数として、必ず残しておかなければなりませんが、5日を超える分については、会社が年休の取得日を決定することができます。例えば、年休の付与日数が10日ある社員に対しては5日、20日ある社員に対しては15日までを、計画的付与の対象とすることができます。
大型連休の前後にくっつけて休暇を与える、または暦の関係で休日が飛び石となっている場合に、休日の橋渡しとして、計画的付与制度を活用し連休とするなど、社員にとっても事前に休暇の計画が立てやすくなるメリットもあります。
法改正による取得の促進については、一方的に会社が年休を取得させることによって、トラブルにつながる恐れもありますので、それぞれの会社の実情をもとに、適した対応が求められます。また、社員ごとに年次有給休暇管理簿の作成と、3年間の保存が義務付けられますので、そちらも注意が必要です。
手当の趣旨に応じて支給の判断が必要
3つ目は、同一労働同一賃金による不合理な待遇差、差別的取り扱いの禁止です。こちらは2020年4月(中小企業は2021年4月)からの施行ですが、今から対策が必要です。
2018年6月に同一賃金同一労働について、最高裁判決が出ました。ここでは、ハマキョウレックス事件を例に挙げて説明をしますが、この判決では、雇用形態の違いだけで、支給する手当について差別することは、不合理であるとの判断が下されました。
雇用形態の違いによって差別すること、とはどのような場合を指すのでしょうか。有期雇用か、無期雇用かといった契約期間の違いのみで、給食手当や通勤手当に差を設けることなどが該当します。雇用されている期間に関係なく、みんな同じように給食を食べ、同じように通勤するので、差別せずに同じ手当を支給しましょうということです。
ただし、住宅手当については、有期か無期かで差を設けることは、不合理ではないと判断されました。それは、どうしてでしょうか。
この会社の場合、無期雇用は転勤有り、有期雇用は転勤無しという人事制度のもと、転勤に伴う住宅の変更について住宅手当を支給するという趣旨であることが認められ、不合理とは認められませんでした。人事制度が異なる場合、手当の支給に差をつけることは不合理ではないと認められたということです。
今回の判決から分かるように、手当については、支給名称だけで判断するのではなく、実際の手当の趣旨に応じて支給の有無を判断しなければなりません。手当も含めて賃金の格差を設けるのであれば、「合理的な差」について、採用時はもちろん、社内においても説明しうる状況にしておくことが今後求められます。
また、厚生労働省が作成した同一労働同一賃金ガイドライン案では、「基本給・賞与・各種手当」といった賃金だけでなく、教育訓練や福利厚生も待遇の一つと示されていますので注意が必要です。法施行に向けて、雇用形態に捉われることなく、給与体系、教育訓練、福利厚生等について再検討を行う必要があるでしょう。
●中小企業向け施行フロー
対応が遅れると、罰則や労使トラブルにつながる
残業規制や年休取得の義務化については対応が遅れると、罰則の対象になるだけでなく、社員の不満につながり、労使トラブルに発生する危険があります。2018年の流行語大賞に「ジタハラ(時短ハラスメント)」がノミネートされましたね。
時短ハラスメントとは、時短勤務の社員への嫌がらせ・・・というものではなく、長時間労働を改善する具体策を提案しないまま、経営者や管理職が社員に業務の切り上げを強要する、残業申請を認めない等の行為のことをいいます。会社と社員それぞれに言い分があると思いますが、流行語と認識されるほど注目されているということでしょう。
また、同一労働同一賃金のルールについても、訴訟を提起して会社に賠償を求める事例が実際ありましたので、早急に対応が必要です。
最後に、法改正に沿って制度を整備するハード面での対応とともに、ソフトの面でも整備が必要です。時間外労働の削減や、年休の取得を社員自ら率先して行えるよう、社内風土の改革が最も大切でしょう。
せっかくの働き方改革も、会社から一方的に押し付けるだけでは、かえってトラブルとなるケースや、社員のモチベーションを下げる結果となってしまう可能性があります。社員が健康でやりがいをもって、働き方改革を意識し、生産性を向上することができる職場環境を、会社がしっかりと整えることをお勧めします。