年休義務化と残業規制で懸念される労務リスク【働き方改革の実情】

年休義務化と残業規制を含む働き方改革関連法は、大企業ではすでに4月1日から施行され、中小企業では2020年4月1日からとなる。中小企業が現状どのような対策を講じているか、人事関係者に取材した。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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働き方改革に取り組む中小企業はわずか3割

残業時間の罰則付き上限規制と年5日の年次有給休暇(年休)取得義務などの働き方改革関連法が4月1日に施行された。だが企業規模や人手不足など業界特有の事情もあり、上限規制や年休取得義務をクリアするのは容易ではないようだ。

年5日の年休取得義務はすべての企業が対象になるが、上限規制については中小企業(従業員300人未満)の施行は来年の20年4月1日からとなる。東京都内に多数の中小企業の顧問先を抱える社会保険労務士は「中小企業の経営者は、全く関心がない人と真剣に対策を考えている人が二極化している。肌感覚では、われ関せずという経営者が7割ぐらい、真剣に検討している経営者が3割ぐらいではないか」と指摘する。

あしたのチーム社が実施した中小企業の調査(2019年3月26日)でも働き方改革に取り組んでいる企業は都市部で30.0%、地方でも33.3%と3割程度に留まっている。「取り組んでいないが、今後行うことを検討している」が46.0%、「取り組んでおらず、今後行う予定はない」が24.0%となっている(都市部)。前出の社労士の肌感覚に近い数値になっている。

なぜ取り組んでいないのか。その理由として最も多いのが「人材不足」(32.7%)、「売上・利益縮小への不安」(30.7%)、「会社の業務実態に合わないから」(25.4%)の3つだ。人手不足で余裕がなく、残業規制や年休取得で事業への影響を不安視している。

年休取得義務、違反すれば1人につき30万円の罰則

年5日の年休取得義務とは、年休が年10日以上与えられている従業員に対して、使用者は5日以上時季を指定して付与する義務が生じる。従業員には管理職やパート・アルバイトも含まれる。年5日の年休を取得させなかった場合は1人につき30万円以下の罰金を支払う必要がある。

業種によっては年休取得が難しい企業もある。正社員数百人、パート・アルバイト約2000人を抱える飲食チェーンの人事部長は年休消化義務の対応についてこう語る。

「正社員の年休取得率は20%と低いが、一番の悩みのタネは店長だ。他の飲食チェーンに比べて従業員の充足率は80%といいほうだが、アルバイトが休むと店長が代わりに入るので、ほぼ休めない状態になっている。土日も休みなく毎日営業している小売・飲食はどこも同じだと思う。ただ、当社では年5日のリフレッシュ休暇を与えているが、厚生労働省の通知ではリフレッシュ休暇を年休取得の代わりにするのは認めるということなので確実に取らせれば何とかクリアできそうだ」

「同業他社の中には従来の夏期休暇を廃止し、その分、年休を増やして取得させる、あるいは夏期休暇は残すが、リフレッシュ休暇のように取得期間を年ベースで選択できるようにして5日取得させるところもあるようだ」

また、サービス業の人事部長は「年5日の取得計画を立てても、本人が4日しか取得しなかったらどうするのか。速やかに計画を立てて取得を指導するように上司に義務づける必要がある。それをしない上司は評価を下げるぐらいの措置をしないと守れないかもしれない」と危惧する。

大手食品加工メーカーの人事部長は、すでに年休管理をシステム化し、取得していない社員をチェックしているが、それでも管理職の取得に不安を抱く。

「全体の年休取得率は20%程度と低い。しかも偏りがあり、若年層の取得率は比較的高いが、30代以降や管理職層は、一昔前は『当社に年休という文字はない』というぐらいにもともと取得率が低かった。全社的な働き方改革を進めた結果として非管理職層の取得率は高まったが、そのしわ寄せを受けて管理職の取得が一向に進んでいない。取得状況を見て注意喚起のメールを送るようにしているが、それでも取得できない場合は、今後は業務命令として取得させることも考えている」

建設関連業の人事部長も「土日出勤が多く、代休を消化するのが精一杯。とくに現場の人間は代休から消化するので年休を取ることが少ない。年休を取るのは風邪をひいたときぐらいだ」と語る。そのため5日間の計画年休取得を奨励していた夏休みについて、今回は労使協定で全社一斉休みとすることにした。

「夏休みの計画年休取得を奨励しても、期間中に出勤する社員も少なくなかった。そのため労働組合との協定の付帯要求事項の中に『夏期休暇は労使で決める』という項目が入っていたので、改めて労使で5日間の全社一斉休暇を実施することにした。もちろん労働組合も大賛成だ。これで5日の取得は何とかクリアできそうだ」

年休取得率はほぼ5割と低迷

●年休の取得率の推移

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(出所)厚生労働省「就労条件総合調査」

残業時間の把握の仕方は3つ

だが、この対策だけで上限規制を完全にクリアできるわけではない。残業時間の把握の仕方によって対策は異なる。把握方法の1つ目はIDカードによる入館・退館時間の記録、2つ目はパソコンのログイン・ログオフの記録、3つ目は自己申告だ。自己申告はパソコン上で始業・終業時間を入力させる企業が多い。タイムカードもその一つだが、実際にはタイムカードを押してから残業する人もいるので自己申告に近いだろう。

入・退館記録を残業時間とみなせば支払う残業代が増加する。パソコンのログイン・ログオフについては、今年の4月から労働時間とみなすように変更した企業もある。大手消費財メーカーの人事部長はこう語る。

「PCのログイン・ログオフの時間を労働時間とみなすと当然、支払う残業代が増える。社員の中には会社で時間を潰してから帰る人もいるだろうし、始業前に会社に出社し、ログインしてから新聞を読む人もいるかもしれない。個人的にはそこまではやり過ぎではないかという気もするが、リスク管理の観点から、この仕組みに変更した」

実際に最も多いのは3番目の自己申告だろう。だが、最も怖いのはサービス残業だ。前出の食品加工メーカーでは入・退館記録を参考に人事部だけではなく、内部監査室も残業時間をチェックしている。同社の人事部長はこう語る。

「自己申告だけだとサービス残業をやっている可能性もある。入館カードの記録を見て、社内にいる時間と申告時間の差を内部監査室でもチェックし、あまりに差が大きい場合は管理職と本人に確認するようにしている。もちろん人事も見ているが、監査室が動くのは法違反による会社のリスクが大きいからだ。労基署に通報し、企業名公表になったら会社のイメージが悪くなる」

それでも不安を隠しきれない企業も少なくない。前出のサービス業では入館記録、ログイン記録も把握している。だが、同社の人事部長は自己申告だけでは漏れる可能性があると指摘する。

「正確には管理監督者とはいえない課長にも残業代が出るので申告するようにと指導している。しかし、正確に申告してくるかは、人それぞれ。もちろん実態と違えば人事が摘発すべきだろうが、部署の中には顧客との取り引きで残業せざるをえない部署もある。部署単位でごまかされたら把握するのは難しい」

時間管理の実態や管理職の対応状況を確認する

●残業上限規制対応チェックリスト~管理方法の見直しと時間外抑制

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(特定社会保険労務士 小宮弘子氏作成)

残業規制と仕事量増加の板挟みの危険性

中小企業の上限規制は来年4月から施行されるが、そもそも労働時間管理が明確になっていない会社も多い。前出の社労士は「クライアント企業の中には勤怠管理システムを導入し、外勤の営業もスマホから仕事開始と終了の時刻を送り、本部で集計管理してアラームを出せるようにしているところもある。

しかしそうした企業は少なく、タイムカードによる人力による集計や本人の申請で時間管理しているところが多い。残業時間を月末に締めたら上限を超えていたというように、見逃す可能性も高い」と指摘する。

前出の飲食チェーンでも昨年秋から勤怠管理システムを導入したが、それでも懸念は拭えない。

「正直言って所定労働時間はあっても店舗の労働時間を正確に把握するのは難しかった。残業時間は50~80時間以内に収まっていたが、店長によっては店に出なくてよい時間帯でも、トラブルがあってはいけないからと気になるので出ている人もいる。月60時間を超えたらシステム上で本人に通知され、同時に本部が注意喚起することになるが、限度時間を超える社員をモグラ叩きではないが、一人ひとりマークして潰していくようにしている」(人事部長)と語る。

中小企業にとってのもう一つの懸念材料は、大企業が業務の効率化やムダの削減という名目で残業を減らした結果、仕事の一部が下請け企業に転嫁されることだ。中小企業の仕事量は増えるが、自社の社員の労働時間が増加し、残業削減が困難になる可能性もある。

時間外労働の削減や年休の取得は制度やシステムを構築するだけでは容易に解決する問題ではない。業務の効率化や生産性向上に向けた社員の意識改革を図るなど地道な取り組みが欠かせない。今からでも遅くはない。自社の働き方改革のビジョンや方向性を明確にし、社員と共有した上で着実な取り組みを期待したい。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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