グローバル化の進展、デジタルテクノロジーの発達、労働力人口の減少などでビジネス環境が激変する中、これまで社内で中心的な役割を果たしてきたリーダーの知識や経験だけでは事業を成長させることが難しくなっている。企業成長をけん引できる次世代の経営リーダーの発掘と育成の最新事情を取材した。
縮小する国内事業の構造改革と海外事業の拡大を急務とする消費財メーカーの経営者は就任後すぐに、経営幹部のマネジメントレベルを把握するための人材アセスメントをコンサルティング会社に依頼したという。そしてアセスメントの結果を見て、すぐには社内人材で埋めることができない重要なポジションには外部人材の採用に動いた。さらに、部課長層のアセスメントも実施し、次世代の経営リーダーとして不足しているスキルを補うためのトレーニングを人事部長に指示した。
こうしたリーダーの発掘と育成を急ぐ経営者の課題意識について、2万社以上の研修や人事コンサルティングに携わるインソースの舟橋孝之社長は「同じことを続けている組織は、新しい価値を生むことができません。機動的にイノベーションを起こし、時間当たりの収益性を向上できるリーダーが必要とされていますが、特に大企業では、組織の中で波風を立てるよりも、今の流れの中でどうしのいでいくかというタイプの社員が多くなっており、意図的に人材を発掘して育成しなければならないという経営者の危機感が高まっています」と説明する。
人材アセスメントで グローバルに通用する リーダーを発掘
グローバル企業のタレントマネジメントを支援するコーン・フェリーの日本オフィスには、リーダーの発掘や育成に関する日本企業からの相談が年々増加しているという。同社では、企業が戦略を具現化するために必要なリーダー要件「サクセス・プロファイル」を、コンピテンシー、経験、性格特性、動機付け要因の4つの視点から把握し、その上で社内人材のアセスメントを実施してサクセス・プロファイルとの適合の度合いを可視化する(図表1)。
全世界440万人分のアセスメントデータとベンチマークできる点が特徴で、同社日本代表の妹尾輝男氏は「日本企業の人材評価にもグローバル基準が求められるようになっています。グローバルな競争環境の中で生きのびるためには日本本社内の相対評価だけでは不十分で、世界のリーダーたちと比較して十分なレベルにあるのかを確認したいという経営者が増えています」と話す。
グローバルで通用する次世代の経営リーダーの発掘と育成という経営者の考え方は、海外市場に成長の機会を求める日本企業の動きとも符合しており、今年上半期の海外M&A件数は過去最高となっている。
買収先企業のマネジメントが重要になる中、「海外の企業を買収した際、その経営陣の能力・特性をスピーディーに把握して、その経営陣で続行するのか、あるいは、入れ替えを要するのかを早急に判断する必要があります。そのため、ポストM&Aインテグレーションの100日プランに経営陣アセスメントを導入することが日本企業でもスタンダードになりつつあります」(妹尾氏)と、人材アセスメントの活用範囲は広がっている。
戦略を具現化するために必要なリーダー要件に基づいて能力レベルを可視化
●図表1:コーン・フェリーによる人材を診断する4つの視点と診断要素
経営陣の直接指導、戦略的な異動、若手指導強化で、リーダーの育成を加速
次世代リーダーの育成施策では、難易度が高い職務への異動、プロジェクトへのアサイン、研修、コーチングなどが行われている。
製薬企業のMSDは、将来の経営を担う次世代リーダーを育成するJapan Leadership Program(JLP)を実施し、「近い将来、経営を担うことのできるトップクラスのリーダーとしてのポテンシャルを持つ人財」を選抜している。10年かけて経験する業務を3年間に凝縮し、経営陣の直接指導のもと「戦略的・全社的な業務」に取り組んで育成を加速させている。
同社人事責任者の太田直樹氏は「リーダーの育成は『選抜』と『集中投資』が必要だと考えています。誰もが手がけたい魅力的な仕事があったとしても、全員に与えるのは現実的に無理です。海外勤務や全社プロジェクトへの参加なども同じでしょう。当社ではリーダーの資質があると見込まれる人を早期に特定、抜擢して、そこに集中的に投資するという方針を取っています」と、特別なプログラムの狙いを説明する。
リーダー育成の実態に詳しいマネジメントサービスセンター執行役員の遠山雅弘氏は「2年間プログラムを実施しているある企業では、研修だけでなく、不足している能力を高められるポジションへの意図的な異動も行っています。異動直後は壁にぶつかることが多いため、コーチングがより効果を発揮します。優秀な人材を手放すことに抵抗しがちな事業部や部門の理解を得るためにもリーダー育成に対する経営トップのコミットメントが欠かせません」と強調する。
リーダー育成の取り組みの投資効果を測るのは容易ではないが、同社はパートナー企業の米DDI社と共同で2400組織以上のリーダーシップ施策の効果を調べた「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2018」の調査結果の中で、日本企業の実施率と合わせて発表している。
また、インソースの舟橋社長は「次世代の経営リーダー候補を増やすために若手を自律型人材に早く育てることを、多くの企業人事がミッションとしています。必要なスキルセットを細かく具体的に示して若手が達成できるよう全力で指導する能力が、現場リーダーには求められます。また、上級マネジメント層には、社員一人一人に事業経営の意識を持たせられるような組織デザインの能力が欠かせません」と話し、実際に、同社が考える各階層別に求められる能力(図表2)やマネジメント層の役割意識を高めるための研修需要は伸び続けている。
各階層に必要な能力を備えた人材の確保が急務
●図表2:インソースが考える各階層別に求められる7つの能力
適切な候補者の紹介にコミットするリテインド・ サーチで人材を発掘
ビジネス環境の変化が激しい中でどうしても社内人材で埋めることができない経営の重要ポジションは出てくる。こうした経営幹部採用では、これまで日本企業では利用が少なかったリテインド・サーチで発掘する事例が見られるようになっている。
リテインド・サーチは一つのサーチ会社と独占的なコンサルティング契約を結ぶため、サーチ会社には適切な候補者を必ず紹介しなければならないというコミットメントが発生する。求人を依頼してから入社までの期間は6カ月程度だが、さらに短期間での人材獲得を目指す提案も出てきた。
経営幹部採用を支援する経営者JPの井上和幸社長は「今年4月から、2 ~ 3カ月で人材獲得の成功にコミットするサービス“リテインド・サーチ”を開始したところ、予想以上の反響が寄せられています。ベストな人材を短期間で採用できなければ事業計画を達成できないという切迫感の高まりを感じます」と話す。
さらに、「業界の垣根を越えた競争相手の参入が当たり前になっていますので、自社のこれまでの価値観を超えるような人材を招く必要があると考える経営者が増えています。こうした企業は、最初に決めた人材要件に固執するのではなく、刻々と変化するビジネス状況や出会った候補者に応じて柔軟に採用方針を見直しています」と経営幹部採用の変化を説明する。
次世代リーダーの発掘と育成を加速させている企業に共通しているのは経営者の強いコミットメントだ。経営者が本気になり、リーダーとして必要な能力を備えた人材を確保できるような人材マネジメントの仕組みを早急に整えていかなければ、厳しい競争を勝ち抜くことが難しい時代が本格的にやってきている。