組織・人事

【ホワイトカラー・エグゼンプション】制度設計で労使対立浮き彫り

6月24日に閣議決定された新たな成長戦略(「日本再興戦略」改訂2014)にホワイトカラー・エグゼンプションの導入が盛り込まれた。裁量労働制の適用拡大をはじめ、来春の施行に向けて、時間ではなく成果で測る働き方についての議論が始まった。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

政府が発表した「日本再興戦略」改訂2014には、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入について次の通り記されている。

<時間ではなく成果で評価される働き方を希望する働き手のニーズに応えるため、一定の年収要件(例えば少なくとも年収1000万円以上)を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、健康確保や仕事と生活の調和を図りつつ、労働時間の長さと賃金のリンクを切り離した「新たな労働時間制度」を創設することとし、労働政策審議会で検討し、結論を得た上で、次期通常国会を目途に所要の法的措置を講ずる>

周知のように「管理監督者」を除く労働時間規制の例外的制度としては「企画業務型裁量労働制」「専門業務型裁量労働制」「事業場外労働制」――の3つのみなし労働時間制度がある。が、いずれも実労働時間の把握と深夜・休日の割増賃金を支払う必要がある。

新たな制度はこうした一切の労働時間規制の適用を受けない仕組みだ。労働時間規制の適用除外については、もともと2004年の米国のホワイトカラー・エグゼンプションの大幅な規則改正の実施を契機に経団連が05年に導入に向けた提言を発表。第一次安倍政権下で法案作成の作業が進んでいたが、メデイアや野党の「残業代ゼロ法案」の反発で07年1月に法案提出を断念した経緯がある。

それが政府の規制改革会議や産業競争力会議から再び労働時間制度の適用除外案が提示され、安倍首相の意向で盛り込まれた。ただし、要件は①少なくとも年収1000万円以上、②対象者は職務の範囲が明確で高度の職業能力を有する労働者―の2つだけ。

具体的な制度設計は今後、厚労省の公労使3者で構成する労働政策審議会で検討されることになる。だが、制度を巡っては労使の間に大きな隔たりがある。7月7日に開催された労働政策審議会(労働条件分科会)では早くも浮き彫りになった。

労働側の連合は「長時間労働や過労死が増加している中で労働時間の上限規制を設けることなく、成果で評価する制度が導入されれば、労働者は際限なく働くことになり、過労死の増大等を招くことは明らか」と主張。適用除外制度そのものに反対の立場だ。

一方、適用除外制度に前向きな経営側としては「年収1000万円以上」では対象者が限られるために、広げたいという思いもある。審議会委員の中小企業の代表者は「年収1000万円の人は中小には少なく活用できない。もっと対象を広げてほしい」と要望している。

これについては榊原定征経団連会長も記者会見で「少なくとも全労働者の10%程度は適用を受けられるような制度にすべきだ」と発言しているが、単純に日本の雇用者数の1割といえば500万人強になる計算だ。対象者については、厚労省サイドは為替のディーラーやコンサルタントなど極めて限定的な専門職を想定しているが、経営側としてはもっと拡大したい意向だ。

じつは、5月28日に開催された産業競争力会議において、適用除外の対象者は「業務遂行、労働時間等を自己管理し成果を出せる能力ある労働者に限定導入」とし、具体的には「中核的・専門的部門等の業務、一定の専門能力・実績がある人材、将来の幹部候補生や中核人材等」が対象としている。

逆に対象外の労働者とは「職務経験が浅い、定型・補助・現業的業務など自己裁量が低い業務に従事する社員」としている。 つまり、「主に現業的業務」「主に定型的・補助的業務」「経験の浅い若手職員層」以外は対象とする意図を持っている。労働者全体では1割程度とされ、榊原経団連会長の発言と符合する。

労使の主張に隔たりがあるため、このままでは議論は平行線をたどる可能性がある。実際にはどんなシナリオが考えられるのか。一つは適用対象者を絞り込み、年収1000万円以上で妥協する可能性である。

二つ目は1000万円で線引きされては困る経営側が、年収を引き下げることを条件に労働側が主張する労働時間の上限規制を入れて妥協する道である。そして三つ目は経営側が適用除外で攻めきれないとなれば、第2のカードとして企画業務型裁量労働制の適用拡大で攻めるという方法だ。

企画業務型裁量労働制は企画・立案・調査・分析業務に従事する労働者を対象に実労働時間にかかわらず、労使委員会の決議で定めた時間を労働したとみなす制度だ。

経団連は対象業務と対象者の拡大、労使委員会決議など手続きの簡素化を求めている。また経済同友会は専門業務型と企画業務型を統合し、対象業務と対象労働者を企業の実態に応じて労使で自由に決定できるようにするなどの提言を5月16日に発表している(「多様な人材の柔軟な働き方を実現するための雇用・労働市場改革」)。

現行制度が緩和されれば導入に踏み切る企業が増えると思われる。これは成長戦略に盛り込まれた「裁量労働制の新たな枠組みの構築」と呼応する動きである。今後、年収要件の1000万円を巡る攻防、そして裁量労働制の適用拡大という2つを柱に労使の駆け引きが続くと思われる。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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