山口 将司 社会保険労務士
社会保険労務士法人 山口人事労務オフィス 代表
1994年富士電機に入社し、一貫して人事労務部門の業務に従事。06年アクシスコンサルティングにてシニアコンサルタントとして人事紹介業で実績を挙げた後、11年社会保険労務士法人山口人事労務オフィス開業し、人事労務コンサルタントとして事業運営を行う。
【第1回】の記事はこちら
第2回では食品ECサイト販売業で起こった労務トラブルについて解説していきます。
コロナ禍のテレワークで1人暮らし社員にメンタル疾患者が続出
【ケース2】労務トラブル~食品ECサイト販売業の例~
トラブルの経緯
会社は、ECサイト販売のマーケティング力をアップさせるべく、Bさん(別業態のマーケティング担当で実績有り)を採用しました。
採用面接では適性試験を実施し、人物評価で、内向的な性格との結果が出ていました。本来は社交な人が欲しかったのですが、念願のマーケティング人材であったことから、採用に至りました。ちなみに、この会社は、採用に関する人材要件を設定していませんでした。
Bさんは入社後、他の社員と交わろうとしませんでしたが、マーケティングの知見は抜群で、その知見を活かして、会社のマーケティング手法を大幅に変更し、売上アップに貢献しました。
そのような中、突然、コロナ感染が世の中を席巻しました。この会社は、社員全員を自宅でのテレワークに切り替え、業務を進めることとなりました。テレワーク推進にあたっては、Zoomでの対顧客ミーティング、社員間でのZoom・チャットワークを使ったコミュニケーションと事例共有、朝一番での10分間の朝礼などを行い、試行錯誤しながら、テレワーク環境下の業務体制を整えていきました。
ある日のZoomミーティングで、上司がBさんの表情に生気がないことに気付きました。別途、個別のZoomミーティングを行ったところ、朝から晩まで一日中、一人で同じ部屋(Bさんは一人暮らし)にいて、仕事と私生活を繰り返しているので、漠然とした不安感に襲われているとのことでした。
上司はBさんに対して、Zoomでの声掛けを増やしたものの、Bさんのレスポンスはどんどん悪くなっていきました。その内、上司も他の業務に忙殺され、Bさんのフォローができなくなりました。
また、会社はこの状況を把握していましたが、メンタル系の対応は初めてであり、どのように動けば良いか分からないまま時が過ぎていきました。その一方で、Bさんの症状はどんどん悪くなり、やがて、適応障害で2カ月休職が必要との診断書を会社に提出しました。
顛末
後に、Bさんは、退職を申し出ました。その際に、産業医がフォローするなど会社の配慮が全くなかったのが多いに不満であるので、退職の扱いを会社都合扱いにしてほしい。そうでなければ、労働基準監督署へ相談に行くと言われたので、会社はそのまま、Bさんを会社都合扱いの退職で処することとなりました。
事例の問題点
コロナ感染の初期は、どう対応して良いか、誰も分からない非常事態でした。雇用管理もしかりで、テレワーク体制にもっていくのも、試行錯誤の連続でした。そのような中で、この会社は、矢継ぎ早に体制を整えていった点は素晴らしかったのですが、落とし穴がありました。
まず、テレワークを続けていた一人暮らしの社員にメンタル疾患者が続出したことです。これは、すべての企業が初めて経験する話しなので、致し方ありません。しかし、この会社は、メンタル疾患の社員が出た時の、会社としての対応手順を策定していなかったため、そこが第2の落とし穴となったのです。
メンタル疾患対応は、どの会社でも起こりうる話しです。従って、いざという時に備えて、メンタル疾患に強い産業医の確保、休職時・復職時のプラン策定などを行っておくべきです。会社に、この辺りの知識が少しでもあれば、社員に会社都合退職を要求されるという事態は避けられたかもしれません。
また、社交的な人材が欲しいにも関わらず、そうではない人材を採用したということは、人材要件が曖昧である証拠であり(実際に、人材要件はきちんと明文化されていませんでした)、こういう人材は欲しい、逆にこういう人材はNGと定義づけし、そのNG定義の中に内向的な人材が含まれていれば、今回のトラブルは回避できたかもしれません。
ケース2のトラブル防止のポイント
・メンタル疾患者が出た際の対応手順を策定する
・事前に採用における人材要件を定義する
次回は、このような労務トラブルが起こる背景・トピックを整理しながら、労務管理が難しくなるそもそもの原因について、触れていきます。