組織・人事

人事評価制度は金儲けの道具? 人事評価制度導入と運用の失敗事例【社員が活きる! 正しい人事評価制度の運用法】

今回は、「採用した人をどうやって育成していくか」をメインテーマに、大手、中小企業を問わず、人事担当者が頭を悩ませている人事評価制度の導入と運用方法などを交えながら、計3回の予定で解説をしていきます。

前回の連載では、
1)労務トラブルの事例
  パワハラによる退職トラブルの事例【第1回】
  メンタル疾患による退職トラブルの事例【第2回】
2)労務トラブルが頻発する背景・トピックの整理
→労務管理が難しくなる要因の一つは採用・人材要件設定にあることを提示
  労務トラブルを起こさない人材を採用する4つの対応ポイント【第3回】
3)人材要件設定の例示
→採用や人材要件を設定する前に「そもそもやるべきことは」
=事業戦略・計画の策定と採用の連動
  採用や人材要件を設定する前にやるべきこととは?【第4回】
という流れで、事業計画と採用の連動性の説明をしてきました。

人事評価制度導入の失敗事例

ワンマン社長から人事評価制度導入の依頼

まず初めに、人事評価制度導入の失敗事例に触れていきたいと思います。

対象会社:OA機器販売会社
社員数:30人

対象会社の社長から「今まで自分がTOPセールスマン兼会社経営者で走ってきたが、そろそろ自分の恣意的な社員評価を脱して、自分がいなくてもデジタルに社員の評価ができるようにしたいので人事評価制度を作ってほしい」という依頼がありました。

依頼を受けた私の第一感想は、「評価制度を入れる前に社員の面倒をみるのが先では」でした。とは言っても、一度言い出したら止まらない社長のことです。私はこの依頼を引き受けることにしました。
※ちなみに、対象会社の社長は、優秀なセールスマンである一方、自分よりできない営業マン(つまり、社員の大半なのですが)に対して、「何でこんなことができないなんだ」というのが口癖でした。

新しく作る人事評価制度は、営業会社でもありますので成果に対する評価がしやすく、且つ成果以外に基礎行動も評価の対象にできる制度をベースに設計をすることとしました。

プロジェクトチームの設定は概ね順調

まず初めに、人事評価制度構築プロジェクトチームの設定です。私が社長に対して、社長以外のメンバーを数名選定してくださいとお願いしましたが、返ってきた答えは「自分一人で十分」とのこと。何故ですかと聞いたところ、皆営業成績がいまいちなのだから、金を生み出さない人事評価制度構築の仕事をしてもしようがないとのこと。

「社長、それは違います。会社の業績を上げるために人事評価制度を入れるのではないですか」と問いかけ、「そうだ」と社長が答えるので、それでは次世代を担いそうな社員をこのプロジェクトに加えて会社全体で考えましょうとアドバイスして、何とか有望社員1人を加えこのプロジェクトがスタートしました。

プロジェクトの流れとしては、

1.業務目標シート・考課シートの作成
2.賃金表の作成、現状賃金との再分析、暫定措置の作成
3.社内説明会
4.実際の運用、フォロー

と続いていきました。

業務目標シートの作成は概ね順調でした。営業マンの基礎行動は社長の行動原理原則を棚卸ししたので、それを解きほぐして表現していきました。

業務目標設定は、一人一人の業務目標を設定する場面で、社長の社員に対する目標設定が高すぎることが分かりやや膠着状態となりましたが、プロジェクト参加社員が各社員の現実的な目標設定を既に頭の中にインプットしており、それを吐き出して社長の意見とすり合わせていくことで解決しました。

賃金表の作成、現状賃金との分析、暫定措置の作成は、私が議論をリードしながら進められたので問題はなかったかと思います。(本当は、もっと細かい議論・作業をしているのですが、紙面の都合上割愛します。)問題は以降のステップで起こりました。

社内説明会で起こった問題

人事評価制度のフレームが出来上がって、次は社内説明会という場面です。

社員に新人事評価制度の説明をする場面で、そろそろ自分の恣意的な社員評価を脱して、自分がいなくてもデジタルに社員の評価ができるようにしたいので、人事評価制度を作ったという作成当初の想いをそのまま伝えてくれれば良かったのですが、何と社長は「君たちの営業成績が上がらないから、上げるために人事評価制度を作った。評価を上げて、ガンガン稼いでくれ」と言ってしまったのです。

社員からは、「またか」という雰囲気が蔓延しだしました。プロジェクト参加社員が人事評価制度の内容を説明するのですが、雰囲気はどんよりしたままです。

結局説明会は低空飛行のまま終わりました。帰り際、説明会に参加した知り合いの社員と目があったので、説明会はどうでしたかと声をかけたところ、人事評価制度の内容は良いのですが社長の出だしの発言が…とのことでした。

問題は更に続きます。

設定した目標が達成されるように、上司が社員と業務に関する日常的な1on1ミーティングを行うべきなのですが、社長は1on1ミーティングは行わなくて良いと言い出しました。

理由は、1on1ミーティングは社員同士で話す機会でお金を生み出す場にならない、1秒たりとも無駄にせず外へ出て客と会うべしと。 いくら良い内容の人事評価制度を作ったとしても、その運用を行わなければという訳でこのプロジェクトは、失敗に終わりました。

人事評価制度は何のために行うか

ここまで人事評価制度の失敗事例に触れてきました。失敗事例のポイントは後程触れるとして、さて人事評価制度は何のために行うのでしょうか。

・社員の給与を決めるため
・労働の対価たる賃金の根拠を決めないと、社員が納得しないため
・評価に客観性、透明性を担保するため

人事評価制度は何のために行うのかと質問をすると上記の回答まではすぐに出てきます。ところがここから先はなかなか出てきません。ここで以下の図を見てください。

人事評価制度は、ただ単に社員の給与を決めるための道具ではありません。

目標管理制度と人事評価制度はリンクしています。個人の業務目標は部門の目標とリンクしています。部門の目標は会社の目標とリンクしています。

つまり、会社の事業運営と人事評価制度はリンクしている訳です。

更に個人の業務目標は、日常業務遂行のチェックポイントと同一となります。日常業務で個人の業務目標の進捗をフォローしていくことで、業績が上がっていく訳です。

更に研修や社内ローテーションとも結びついていきます。 色々申し上げましたが、私が考える人事評価制度は「社員を育成するために運用するもの」と考えます。

失敗事例は何が問題だったのか

さて、一番初めに記した失敗事例に戻ります。

上記人事評価制度の真の狙いを踏まえ失敗事例を分析してみると、以下の通りになります。

社長のコメント①:
>皆営業成績が出ていないのだから、金を生み出さない人事評価制度構築の仕事をしてもしようがない
→人事評価制度が会社の業績を上げる=社員を育成するためのものであることを分かっていない。

社長のコメント②:
>君たちの営業成績が上がらないから、上げるために人事評価制度を作った。評価を上げてガンガン稼いでくれ 
→会社の業績を上げるためには社員の育成が大事。社員の育成のために人事評価制度を入れているのに、社長は人事評価制度は金儲けの道具としか思っていない。

社長のコメント③:
>1on1ミーティングは、社員同士で話す機会でお金を生み出す場にならない。1秒たりとも無駄にせず、外へ出て客と会うべし
→人事評価制度の根幹のひとつである業務目標を達成する(=会社の業績をアップさせる)ための1on1ミーティングで、上司が部下の行動をチェックしたりアドバイスをするのに、その指導の場がなくては部下の成長が遅くなる=業績の上がりが鈍くなる。

これでは、折角導入した人事評価制度も宝の持ち腐れ、失敗する訳です。

今回の失敗事例に限らずですが、多くの会社で工夫された事評価制度が作られていますが、運用のフェーズに入ると息切れし、結果的に人事評価制度が機能しないというケースが散見されます。

運用ベースで日常業務とリンクさせて、上司が部下と面談しながら業務目標に対する達成度合いと課題→そのギャップを上司と部下がお互いに確認をし埋める努力をしていかなければ、社員は成長しません。

社員が成長せず、社員の給与を決める物差しのみに使われる人事評価制度に何の意味があるのでしょうか。人事評価制度は運用が命ということも付記したいと思います。 次回は、社員の育成、リーダーの育成に適している人事評価制度の概要、策定の一部に触れながら、評価制度の運用にフォーカスを当てたいと思います。

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山口将司(社労士)

社会保険労務士、社会保険労務士法人山口人事労務オフィス代表/1994年富士電機に入社し、一貫して人事労務部門の業務に従事。「4年間で約300名のリストラ」「サービス残業に関する是正勧告」「年間約50名のメンタルヘルス対応」などディフェンシブな労務管理の経験を数多く積む。06年アクシスコンサルティングにてシニアコンサルタントとして人事紹介業で実績を上げた後、11年社会保険労務士法人山口人事労務オフィス開業し、人事労務に関する様々な経験を現場力を活かして人事労務コンサルタントとして事業運営を行う。

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