組織・人事

一発屋は社長になれるか? MBOとコンピテンシー評価の正しい運用方法とは【人事のプロが日本の人事課題を本音で語る】

筆者の渡部昭彦氏は大手銀行、セブン-イレブン・ジャパン、楽天グループで人事部長などを歴任し、さらに人材コンサルティング会社のヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス代表として長年人事と経営に携わってきた、いわば人事のプロ。人材評価で留意すべき「時間軸」とは何か、MBOとコンピテンシーの運用について本音を語ってもらいます。

上司が部下をフェアに評価することが、自らの利益につながる

前回は「上司が部下を好き嫌いで評価するのは仕方ない? 管理職に求められる『フェアな評価能力』とは何か」とのタイトルでお話をしました。

精緻な人事評価制度の下で部下の行動を因数分解し、各々についての評価を客観的に行ったとしても、最後はそれらをS・A・B等の何段階かでの評価に集計しなければなりません。結局「貴方の部下は、一言で言えば〇か×か△か?」ということになる訳です。

そうなればいわゆる「イメージ評価」となり好き嫌いを排除した客観的な評価は望むべくもありません。どこの組織にもきっといるであろう(上ばかり見ている)ヒラメ族が上手に泳ぎ回る会社はいかがでしょうか。

もちろんどの企業も、管理職に対して部下への丁寧な育成指導と客観的な評価に基づくマネジメントを求めており、特に、コロナ禍で在宅勤務が増えてからは、1on1等部下との緊密なコミュニケーションを義務付けています。部下とのコミュニケーションがマネジメントの第一歩であることは言うまでもありません。

しかしながらより重要なのは、上司にとって部下をフェアに評価することが、結局は自らの利益につながるということをよく理解せしめると言うことなのです。

仕事はできないがすり寄って来る部下をいかに高く評価しても、組織の業績が上がる訳でもなく、結局は自らのポジションを危うくする結果になるということです。会社も管理職の管理能力とその結果としての業績についての評価をきちんとする、あらためて「成果主義」を徹底すると言うことが必要です。

人材の評価において大切な「時間の軸」

ところで今回のテーマは「一発屋は社長になれるか?」ということなのですが、先に答えを言うとそれはもちろん「NO!」です。

地道な努力や準備をしてコツコツと実績を積み上げるのはなく、All or Nothingの感性で、大型案件での起死回生の一発逆転を狙うような人間が、多くの社員を有しgoing concern としてあるべき企業のトップにふさわしくないことは言うまでもありません。

では今回はここで何を考えたいかと言うと、人材の評価において大切なことの一つに「時間の軸」があるということです。

前回の話との関連で言えば、「客観的でフェアな人材の評価」と言う際に忘れてならないのは「時間の軸」をどう取るかというということなのです。「一発屋」と「社長」は、行動や思考における時間の軸が、短い人と長い人の各々の象徴として示した次第です。

MBOは短時間の軸、コンピテンシーは長時間の軸

ところで、人材マネジメントシステムの中ではいくつかの対置概念が取り上げられます。

スペシャリストvsゼネラリスト、プレーヤーvsマネジャー、内部労働市場vs外部労働市場などです。

これらと同じく時間の軸についても、短いvs長いという対置概念を人事評価制度の中で考えてみると、正に2本柱であるMBO(目標管理制度)とコンピテンシーが各々当てはまります。

まず、MBOは半期や年度など当期を対象期間として社員の業務成果を計るものです。従って現在進行している「今」という短い時間の軸の中での行動や成果を吟味する訳です。

一方、コンピテンシーは会社が求める一定の行動特性・基準について評価対象者がどの程度到達しているかを計るものです。必ずしもすぐに成果が顕在化する訳ではなくても、いわば「適切な行動」を続ける限り、将来に向けての長期間において安定的な成果の顕在化が期待できるはずという理屈に基づいています。「成果の再現性」と言われるものです。

結果(≒MBO)とプロセス(≒コンピテンシー)

このように期待される時間の長短の軸に応じて使い分けられるMBOとコンピテンシーですが、人事制度の技術面からみると、MBO評価はボーナスに、コンピテンシーは月給(≒資格・タイトル)に、各々反映するのが一般的です。

人事における対置概念の続きで言えば、この二つは「結果(≒MBO)とプロセス(≒コンピテンシー)」として考えると分かり易いかも知れません。

経営の観点からは、日々の短い時間の軸で成果を上げること、それを長期にわたり安定的に続けることの双方が大切であることは言うまでもありません。

ところで「結果とプロセス」の言葉で思い出すのは、プロ野球のイチロー選手です。いろいろな名言語録がありますが、「結果とプロセスのどちらが大切か?」と問われた際に、「自分はプロなので結果を出さないといけないが、自分を育ててくれるのはプロセスです」と答えています。至言ですよね。

MBOはMBO、コンピテンシーはコンピテンシーで分けて評価する

再度人事評価制度に戻りますと、MBOとコンピテンシーの組み合わせは時間の長短を併せ持つという点において隙(スキ)のない完成度の高い仕組みと言えます。一方、制度が精緻であるがゆえに、運用で悩むことが多いのも事実と思います。

MBOについて言えば、たまたま環境に恵まれ、本人の実力と努力を越えたレベルでの成果が出た場合です。ゴルフで言えば「結果オーライ」のケースでしょうか。

MBOの主な機能の一つは、極力定量化することにより、評価者の恣意性や主観を排除して客観性を実現することにあります。この観点からは「運も実力の内」と割り切って結果をそのまま受け入れることになります。

実際には「ラッキーだったのだから評価はワンノッチ下げて調整するか」と考える評価者もいるでしょうが、制度の趣旨としては、調整せずに結果をそのまま評価に反映させるのが妥当です。

ただし、その前提として、コンピテンシー評価については、MBO評価の結果に引きずられることなく、是々非々で実施すべきことは言うまでもありません。「運任せの一発屋」を助長することの弊害を勘案して、MBOの各目標について結果の数字だけでなく、それを達成したプロセスも併記させた上で、評価をする方法もあります。いずれにせよ被考課者の納得する説明ができる対応が必要です。

コンピテンシー評価は、仕組み上、昇進・昇格に反映するという点で、MBO評価以上に運用は悩ましい面があります。

そもそも定性的な評価であり評価者の主観が入りやすいと言う構造的な問題に加え、コンピテンシーはいつも良好だが一向に業績面での成果が上がらないケース、即ちコンピテンシーとMBOの乖離が継続するケースがままあるからです。

コンピテンシーは本来、職種や職位に応じて各々設定されるべきものですが、ややもすると環境が変化する中で現実に合わない「時代遅れ」のものになっている場合があります。また「主観が入りやすい」特性を利用して、言わば「字面」だけ合わせた行動で評価者に取り入ることも可能かも知れません。

コンピテンシー評価の本来の目的である「成果の再現性」とは真逆の結果となっている訳です。

MBOはコンピテンシー評価の結果を傍証する補完機能

MBO→ボーナス、コンピテンシー→月給(昇進・昇格)という一対一対応が原則ですが、MBOとコンピテンシーを加重平均で組み合わせて昇進・昇給に反映させる仕組みを取っている会社も少なからずあります。

この場合、職階が上がるに従って加重平均におけるMBOの比率を高めるのが一般的ですが、上級管理職については、100%MBOだけで評価するケースもあります。

「何十年も働いているシニアな管理職については、行動特性も何もない、結果が全てだろう」という感覚的には分かりやすい仕組みですが、人事評価制度の本旨からすると、やや乱暴な考え方と言えます。

成果主義≒短期利益至上主義という昨今の批判をそのまま受け入れる訳ではありませんが、より大局的な視点を求められる上級管理職の行動をゆがめてしまう懸念があることは否定できません。

リーダーシップや構想力と言った上位職階に必要な資質を明示した上で、あらためてその有無を検証するというコンピテンシー評価は、昇給・昇格を判断する上で、本丸の制度として位置づけられます。

その中で、MBOをコンピテンシー評価の結果を傍証する補完機能として位置づければ、前段で言及した両者の「乖離問題」も払拭できると考えます。

前回のテーマである「上司は好き嫌いで部下を評価する!」では、結論として評価者である管理職自身に対する成果主義の徹底が必要と述べましたが、今回の結論としては「人材評価における成果主義の徹底」が必要と考えます。

成果主義を、「数字に表れる結果主義」と狭い意味で捉えるのではなく、プロセスにおいて顕在化する行動も成果として捉えて再定義すれば自ずと導かれる結論と考える次第です。

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渡部昭彦

東京大学卒業後、日本長期信用銀行入行。支店業務、中央官庁出向、国際金融部、本店営業部を経て、94年から2000年まで人事部に勤務。その後、日本興業銀行を経て、セブン-イレブン・ジャパン、楽天グループで人事責任者を歴任。その後ヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス(現MBK Wellness Holdings)代表に就任、2022年10月よりMBK Wellness Holdingsで顧問を務める。明治大学専門職大学院兼任講師。著書に『失敗しない銀行員の転職』「銀行員の転職力」(日本実業出版社)、『日本の人事は社風で決る』(ダイヤモンド社)がある。

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