組織・人事

【春闘】大手企業で相次ぐ満額回答、賃上げに伴いジョブ型賃金制度への転換は加速するか

3月15日、今年の春闘は大きな山場を越え、多くの大手企業では労働組合の要求が通り、回答した8割超の企業では満額回答だった。一方、働く労働者の7割を占める中小企業の実態はどうか、現状と課題について取材した。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

多くの大手企業で労働組合の要求が通る

3月15日に2023年春闘の大手企業の集中回答日を迎え、自動車、電機、鉄鋼・造船重機などの金属産業が相次いで回答した。トヨタ自動車をはじめ複数の大手企業が回答指定日を待たずに労働組合の要求で応え、15日に回答した8割超の企業も満額回答だった。

一方、流通・繊維などの日本最大の産業別労働組合であるUAゼンセン(185万人)は3月16日時点の妥結状況を発表。117組合の正社員の定期昇給分とベースアップを合計した賃上げは1万3830円、賃上げ率は4.56%。またUAゼンセンの組合員の6割を占めるパートタイム労働者など短時間労働者の時給引き上げ額は61.8円。率にして5.90%の賃上げだ。 正社員・パートともにアップ率はUAゼンセンが2012年に結成して以来、最高を更新した。

3%台後半の賃上げは30年ぶり

個別企業ではトヨタ自動車は若手技能職の事務・技術職の平均賃金31万7490円に対し、組合は定期昇給・ベア込みで9370円アップを要求。会社は満額回答し、年間一時金(賞与)も要求通りの6.7カ月で妥結した。

また、日産自動車1万2000円、マツダ1万3000円、本田技研1万9000円と要求額で妥結した。

電機もパナソニック、日立製作所、富士通、東芝、三菱電機、NEC、シャープなど電機連合の12組合が要求した賃上げ額7000円で妥結している。

中央組織の連合が発表した17日時点の第1回回答集計(805組合)によると、加重平均の賃上げ額は1万1844円、前年比3.80%増となった。3%台後半の賃上げは、1993年以来、30年ぶりという。また第2回集計(3月23日、1290組合)でも3.76%アップと1回目の水準を維持している。 この結果について連合の芳野友子会長は「物価高の家計への影響はもちろん、賃金水準の停滞企業経営や産業の存続、日本の経済成長に及ぼす影響について、労使が粘り強く交渉した結果」と評価した。

どうなる? 中小企業の賃上げ

しかし、30年ぶりの歴史的な賃上げで喜んでいるわけにはいかない。働く労働者の7割を占める中小企業の賃上げがどうなるかである。

自動車総連の幹部は「大手企業の賃上げが中小にも影響するというトリクルダウンは難しくなっている。適正取引による中小の価格転嫁ができなければサプライチェーンの維持も難しくなる。従来の商慣習を変えていく方向で取り組んでいく」と語る。 連合の芳野会長も「先行組合の流れを今後交渉が本格化する中小組合や組合のない職場へ波及させなければならない」と述べている。

中小企業は賃金を引き上げるとしても数千円レベルか

実際に中堅・中小企業はどう対応していくのか。複数の中堅・中小企業の人事アドバイザーを務めるコンサルタントはこう語る。

「物価が高騰し、賃金の上昇機運が高まっていることは中小の経営者も理解している。今までと違ってどのくらい上げればよいのか分からず、恐怖に近い感じを抱いている経営者も多い」

「物価高に対しては一時金のインフレ手当で何とかなると思っていた経営者も春闘の賃上げの動きには相当プレッシャーを感じている。もちろん賃上げしないと人材の確保や離職につながるという危機意識も持っているが、賃金をいったん引き上げると、当然、年齢ごとの等級制度を作っているところは賃金表を見直すことになり、在籍している社員や上の年代層も上げないといけなくなり、頭を抱えている」 現時点では賃上げを行う決定まで至っておらず「地域や同業他社の動向を探り、平均額で負けない程度の水準を探っている状況だ。仮に引き上げるにしても数千円レベルになるのではないか」と指摘する。

賃金引き上げに伴い、賃金制度を見直す必要も

中堅・中小企業に限らず賃金を引き上げると賃金表の書き換えによって全体の人件費が増える。とくに年功型賃金制度を導入している企業の固定費は一層膨らむことになる。そうなれば経営への影響も避けられない。

コンサルタントは「将来を見据えて賃金制度をゼロから見直す企業もある」と語る。 「賃上げすれば全体の人件費が上がっていくことになるが、毎年利益が上がっていけば問題はないが、長期に利益が上がると見通せる経営者はいない。そうなると社員間で活躍している人とそうでない人を分けるなど評価制度も含めて賃金制度を抜本的に見直すしかない。すでに賃金制度の改革に着手している企業もある」

ジョブ型賃金の導入で給与が下がる社員も発生

賃上げを契機とした賃金制度の変更は中堅・中小企業に限らない。実は大幅な賃上げを表明した企業の中には職務給制度、いわゆるジョブ型賃金に変更した企業も増えている。

職務給の導入にあたって、社員の現在の職務内容を分析し、新たな職務等級(ジョブグレード)に当てはめる。その結果、給与が上がる社員もいる反面、下がる社員も発生する。しかし、いきなり給与を下げると社員の不満も発生する。そのため下がる分を調整給として2年ほど支給し、その後、本来のグレードの給与に戻すのが一般的だ。

昨年10月に月給で平均4%引き上げたロート製薬も年齢給を廃止し、職務給重視の制度を導入した。

同社の杉本雅史社長は「具体的には年齢給を廃し、職務給に重点を置いた。これまで年齢給と職務給の比率は3.5対6.5ぐらいだったが、どんな仕事をしているかで給与が決まるようにした」と述べている(『日本経済新聞』12月19日付朝刊)。 年齢給を廃止し、新たな職務等級に当てはめると給与が下がる社員も発生することに対しては「一部の社員には給与水準が下がるケースが生じる。そこで移行期における減少分は補填する形にして、不利益変更にならないように意識した。ただ2年間の時限措置とし、本人に一つ上の職務レベルで仕事を担う覚悟を持って昇格に挑戦してもらうことを期待している」と述べている。

ジョブ型賃金への転換は増えるか

今回の賃上げを契機に年功型賃金からジョブ型賃金に転換する企業が増えていくかもしれない。ジョブ型賃金になれば、個人のスキル度合いによって賃金が変わる個別賃金化の傾向に拍車がかかる。春闘によって毎年賃金が底上げされていく今の賃金交渉方式も変わっていく可能性もある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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