本連載では目標管理と人事評価について、牛久保潔氏にストーリー形式で数回にわたり解説してもらいます。ワインバーを舞台に、新任最年少課長に抜擢された主人公の涼本未良と共に目標管理と人事評価について分かりやすく学べます。(文:牛久保潔、編集:日本人材ニュース編集部)
登場人物
あらすじ
突然最年少女性課長に抜擢された未良は、栗村マスターによるバーでの勉強会で目標管理と人事評価の基礎を学び始めた。
今回で、経営目標のブレークダウン・上司による目標のアサイン・部下による目標達成計画の作成・上司と部下の合意という一連の基本的な流れの習得が完了する。
今までのお話を読む
第1回「そもそも人事評価とは? 新任最年少課長が挑む目標管理の基本」
第2回「目標管理評価制度の基本と運用ポイントとは? 新組織スタートで揺れる営業二課」
第3回「目標達成計画の作り方とは? 焦る心と家族の温かさ」
第4回「目標から目標達成計画をどう落とし込む? バーのリモートオフィス化計画を例に詳しく解説」
難易度
「ここまで、目標のアサインや目標に対する目標達成計画について話してきましたが、次に目標達成計画の右の方にある、難易度について説明していきましょう」
「はーい!」
「よろしくお願いします!」
「難易度というのは、部下の立てた計画が、その人の役職やグレードに対して高いか低いかを意味しています。大項目ごとに設定することが多いです」
「難易度って、高いのや低いのが混ざってるんですか?」
未良が聞いた。
「はい、その通りです。アサインされた目標に対して部下の立てた計画が、すべてその人のレベルに合っているということはないでしょう。やはり、難しい作業も簡単な作業も含まれているのが普通です。だから、大項目ごとに難易度を設定するんです。中項目ごとでも問題はないですが、評価の作業がだいぶ煩雑になってしまいます」
「どうして難易度を決める必要があるんですか?」
「例えば、担当者レベルの人が課長クラスの業務をこなすなら、もし達成できれば高く評価してあげるべきですし、反対に課長クラスの人が担当者レベルの難易度の業務をこなすなら、普通の出来栄えでは高く評価できなくても仕方ないでしょう」
「なるほど……」
「それはそうですね!」
「……難易度は、部下が目標達成計画を作る時に設定していきます。プラス1、2とか、マイナス1、2などとすることが多いと思います」
「つまり、自分のグレードより高い難易度の作業をこなせば、高く評価され易いということですか?」
「その通りです」
「ここでは2つの難易度設定方法を見ていきましょう。1つ目は、主要業務に関する難易度付き業務リストを作っておくというものです。ほとんどの組織では、大半の業務は繰り返し行っているでしょうから、過去の例をもとに、『この作業をこのレベルの人が行うなら標準的かな』とか、『この業務はいつも担当者レベルの人がやっているから、課長が実施する場合には、マイナス1かな』などと設定するのです」
「いつも担当者レベルの人が実施しているけど、なかなかうまくできていないなら、課長相当の業務としてもいいということですか?」
栗村は頷くと、「その組織で繰り返し行われているような業務について、そうやって過去の事例をもとに難易度を設定しておくと、評価が公平感のあるものになっていくと思いますよ」と微笑んだ。
「わかりました!」
「大変そうだけど、一度作っておけば長く使えそうですね!」
「ああ、どうしよう、知識が耳から溢れてきそう~」
美宇は笑顔でそう言うと、両耳の下に手で皿を作った。
「ははは、何だかちょうどいい匂いもしてきたし、今日はこれくらいにしましょうか……」
「はーい、グリーンカレーがもうすぐ出来上がりますよ~!」
丹羽がキッチンから言った。
「わあ、大好き!」
「ありがとう!」
翌日夕方、ワインバー。
「さあ、今日も頑張りましょう! えっと、難易度を決定する2つ目の方法からでしたね」
栗村が見回して言った。
「はい、そうです」
「よろしくお願いします」
「……2つ目は、遂行困難度と経営影響度から難易度を設定する方法です。この方法は慣れるまで手間ですが、一度覚えてしまえば、簡単にできると思います。それと、その組織においてこれまでやってこなかったような業務でも対応できるという特長があります」
「上半分は遂行困難度と言って、業務に必要な行動レベルを見るためのものです。部下が計画したある作業が行動レベルのどの段階に当てはまりそうかを確認します」
「下側は?」
「下半分は経営影響度と言って、どの程度経営に影響を与えるかを見るものです。分かり難い場合は、図の例のように想定する役職を書き入れたり、グレードや等級がある場合にはそれを記入したりしておくと使い易くなるでしょう」
「遂行困難度も経営影響度も5段階ずつがいいんですか?」
「いや、そこは会社の実情に合わせて、臨機応変に増減させていいと思います。そして、自分の計画した大項目がこの遂行困難度と経営影響度のどこに当てはまるかを考えたら、難易度表から難易度を決定します」
「この難易度表は、今お話した遂行困難度を縦軸に、経営影響度を横軸にしたもので、使い易くするために、想定するグレードや役職を書き入れてあります」
「グレードって、等級のことですよね?」
「はい、その通りです」
「例えば、自分が計画した大項目が、経営影響度3、遂行困難度2だとすると、難易度表から、グレード20~16に該当する業務だということがわかります。ちょうど実線の楕円のところですね」
「これですね……?!」
未良がモニターを指差して言った。
「ここで、もし自分がグレード30だとしたら、点線の楕円のところに該当するので、その業務より2段階高い、逆に言えば、その業務は自分にとって、2段階低い業務となって、難易度マイナス2となります。
「もっと難しい業務をやれと……」
丹羽が笑った。
「いやいや、これは上司にアサインされたどういう業務をどういう方法で達成するかの話なので、低いことが悪い訳ではないよ。前に話した通り、誰だって難しい業務も簡単な業務もあるのが普通で、簡単な業務ばかり、難しい業務ばかりということでなければ問題はないね。全体としてその人の役職やグレードに合っていることが望ましいということかな……」
「納得です!」
丹羽がOKサインを見せた。
「この図で、左上と右下のマスだけ斜線になっているのはなぜですか?」
「ああ、これは別に斜線にしなくても、逆に斜線のマスをもっと増やしても良かったんだけど、『遂行困難度5、経営影響度1』とか、『遂行困難度1、経営影響度5』なんて業務は現実には考え難いだろうと思って、斜線にしておいたんだ」
「たしかにそうですよね! 『全社レベルの目標や行動に強く影響を及ぼす』ような経営影響度の高い業務なのに、『自分1人が上司から指示された行動を行うことで達成できる』ような遂行困難度の低い業務なんて考え難いですもんね?!」
丹羽が自分に言い聞かせるように言った。
「次にウェイトを見ていきますよ。ウェイトは、部下が行う業務の中で、その作業がどのくらいのウェイトを占めるかという問題です。ウェイトは全部の業務を合わせると100になるようにしておくといいでしょう。基本的にはかかる時間ではなく、アウトプットの大きさをもとにするといいと思います
「……」
「……」
未良、美宇が頷いた。
「次は〝にぎり〟です。これは上司と部下が合意をする際の約束事ですね。例えば、『新商品の発売時期が変更になる場合は、目標達成計画を作り直しましょう』とか、『この商品の発売はパートナーさんの状況にもよるので、社内でやるべきことと計画したことが全部できていればいいものとします』とか……。そうした約束事を書き入れておきます。……ただ気を付けたいのは、評価の際、例えば、『目標達成計画の10項目中8項目できたから80点』などとはしないことです」
「えっ? 8割できたら80点という考え方はいけませんか?」
未良が聞いた。
「目標の80%ではやっても意味がないという場合もあるでしょうし、プロフェッショナルである以上、アサインされた目標に届かないと気付いたところで、他の手段を考えるとか、上司に相談する必要があるでしょう。それに上司も、中間面談や1on1などの機会に確認や指導をしたり、目標の再アサインをするべきケースもあると思います。そういうことをしないまま、機械的に『8割の作業をできたら80点』というのは避けるべきですね」
「わかりました!」
「次に、最後の『合意日』ですが、これはその目標達成計画を上司と部下で合意した日を意味しています。〝上司としてもその目標達成計画を理解し了承しましたよ。実行に向けた支援を惜しみませんよ〟と言う意味です。もちろん、目標を再設定や再合意したら、新たな日付を記入しておきます」
「じゃ、難易度、ウェイトは部下が自分で記入するけど、にぎりとか合意日は、上司と部下が面談した後に記入するということですね」
「そうなりますね!」
栗村が笑顔で答えた。
「未良、課長職はどう? 田島さんとか土井さんとか、だいぶ陰口言ってるみたいだけど……」
給湯室で舘野が声をかけた。
「そうなんだ。でもぜんぜん不思議じゃない……。私だって正直自信ないもん。特に年上の人たち、私を課長として見てないし……」
「おっ、涼本、二課の調子はどうだ?」
給湯室に入ってきた営業部長の佐山慎吾が声をかけた。
「まだこれからという感じです。まず自分が課長として認められないと……」
「それは大丈夫だろう。課長なんだから、他の人より高度な情報も入るし、権限もつく。そういうのを通して、数カ月もすれば、みんな課長として見るようになるよ」
佐山が自動販売機からペットボトルを取り出しながら言った。
「今、涼本さんから、課長としてやっていく自信がないって相談されてたんです」
舘野はそう言うと、未良に向かって、「困ったらいつでも言ってね。私だっているし……」と続けた。
「……」
未良はとっさに返す言葉がなかった。
「おいおい、舘野は営業一課のメンバーだろう。まずは自分の仕事のことを考えなさい」
佐山が諭した。
「でも、営業部の中で女性課長が必要なら、涼本さんとだいたい同じような実績を出しているのは私のはずです」
「ま、数字ではそうだな……」
そう言うと、佐山は去って行った。
「困ったら助け合うのが同期。遠慮しないでね」 舘野もそう言って去って行った。
質問会
「これまで何回かに分けて、経営目標のブレークダウン→上司による目標のアサイン→部下による目標達成計画の作成→上司と部下の合意という一連の基本的な流れに沿ってお話してきました。だいぶ、ややこしいこともあったので、評価に入っていく前のこのタイミングで、これまで疑問に感じたことなどについてざっくばらんに質問したり、意見を言ったりする場にしませんか!」
栗村が見回して言った。
「それ、嬉しいです!」
「ありがとうございます!」
「何でもいいですか?」
「いいですよ。もう一度聞きたいっていうのでも、私はこう思うっていうのでも構いません!」
「そういう時は、こういうのが必要ですよね?」
由貴がそう言って、トレーに乗せたスナックを持ってきた。
「由貴さんはいつも優しいなぁ!」
丹羽が満面の笑みで言った。
「じゃ、早速思いついたことからどうぞ!」
「えっと、私、どうして経営目標から個人目標へのブレークダウンが必要なのか、よくわからなくなっちゃったんですけど、もう一度聞いてもいいですか?」
未良が遠慮がちに言った。
「経営目標のブレークダウンと、目標達成計画のブレークダウンがありましたからね。ご質問は経営目標のブレークダウンですね?」
「はい……」
「未良さん、もともとドラッガーさんが提唱した目標管理では、自分で目標を作って計画を立て、自己統制もするから、やりがいも達成感も得られるって話したのを覚えてますか?」
「それはよく覚えてます」
「そして、目標管理を評価に利用する以上、社員一人一人の目標が達成されたら、経営目標も達成されないと、みんなが目標を達成できたのに、経営目標が未達だったというようなことが起こってしまうと……」
「それも覚えてます!」
未良が頷いた。
「つまり目標管理評価制度では、部下は自分で目標を立てない分、やる気や達成感を感じ難い環境なんです。なので、せめて目標をアサインする時、『あなたの業務は経営目標に繋がっている』と自覚させて欲しいんです。部下がそうした印象を持ちながら、目標達成計画を立案できれば、やる気や達成感を感じ易い状況を作れると思いませんか?」
「そうですね、思います……」
「それが会社としての、経営目標の達成と、一人一人のやる気や達成感を両立するポイントなんです。仮に目標達成計画まで上司が一方的に決めてしまうようなら、それはただのノルマ管理制度になってしまいます。目標管理評価制度は、きちんと運用すれば大変優れたものですが、ガラス細工のようにもろいので、慎重に運用しないとまったく違ったものになってしまいます……」
「よく、わかりました。ありがとうございます!」
「じゃあ、次はボクから……。目標が具体的であることのメリットを確認してもいいですか?」
丹羽が手を挙げた。
栗村は優しく頷くと、「部下にアサインする目標が具体的だと、まず誤解が起こり難いし、部下の作る目標達成計画も具体性が増して、進捗の見える化や効率化につながるでしょう。反対に目標が曖昧だと、どうしても目標達成計画も抽象的になるし、評価の際にも、『こういうつもりじゃなかった』というような誤解や衝突が生まれ易くなっちゃう。……それに管理部門はどうしても抽象的になり易いとか、上層部になると抽象度が増し易いなんていう事情はあるけど、できる限り、具体的な目標をアサインして欲しいね」と答えた。
「なるほど……」
「あの~、私のメモに、『目標と目標達成計画の関係』って書いてあるんですけど、これも関係してますか?」
由貴が聞いた。
「はい、関係しています。それは目標をアサインする時、達成の手段とか条件とかが細かすぎると、その分、部下の自主性、達成感は失われ易いということです。アサインする目標と、部下の考える目標達成計画のどのあたりを境界線にするかは、業務内容、上司、部下にもよるので、一概に線引きできるものではありませんが、上司は、何でもかんでも指示するのではなく、部下に考えさせることを重視できるといいですね。……さっき、『目標を具体的にしましょう』と言っておきながら、『細かすぎてはいけません』って言うと、ややこしいかもしれませんが、アサインする目標は具体的であるものの、あまり細かい内容にはせず、具体的な目標達成計画については、部下に考えさせる姿勢をもって欲しいと思います」
「わかりました……」
「大項目、中項目、小項目の正しい使い分けってあるんですか?」
丹羽がチョコレートの包みを開けながら聞いた。
「目標達成計画を見て、どのようなマイルストーンやプロセスで進めていくのかが具体的にわかること、大項目、中項目、小項目のどこかには数値化、具体化した計画を入れること、それが無理なら半年後、1年後に目指す具体的な状態が書かれていることができていれば、切り分けそのものは特に気にしなくてもいいと思うよ。また、例えば営業部が、『売上数字にこだわらせるために、部員全員、売上数字をどう達成するかとは別に、売上数字だけを書き込む専用の大項目を作る』とか、『今期は〝他部門との協力〟を重視したいから、それだけで大項目を作る』、『今期は、残業削減に注力したいから、それだけで大項目を作る』というようなルールを用意することもいいと思う。それに、業務内容によっては、大項目と小項目の二段階で十分というケースもあるだろうね」
「そうやって柔軟に考えればいいんですね……」
「うん、それから、もしも営業担当者に関して、こうした目標管理評価制度とは別にインセンティブ制度のようなものを用意するなら、説明もなく両者がダブルカウントになってると、他の社員から不満が出てくる可能性が高いので気を付けたいところだね……」
「なるほど……、ありがとうございました」
丹羽がゆっくり頷いて言った。
「最近、リモートワークの社員が増えて、社内に残っている人の業務が増加しているように思います。こういう目立たない雑務などはどのようにしたらいいですか?」
未良が聞いた。
「リモートワークの人が増えると、どうしても社内に残る人が負担する雑務の割合が多くなってしまいますね」
「そうなんです……」
「委員会とか、育成とか、自己研鑽とか、サクセッションプランとか、直接経営目標に関係ない項目については、予め大項目を用意して記載してもらうルールにしてはどうかとお話したと思います。でも、雑務って幅広いし、不定期、不確定なものが多くて、大項目として独立させ難いケースも多いです。……これについては、後日、評価の進め方の中でお話させてもらってもいいですか?」
「わかりました!」
「え~と、みなさん、まだまだ質問はありそうですか?」
「はい!」
「はーい」
「ありまーす」
「おお、結構ありそうですね。じゃ、ここでいったん休憩にして、また続けましょう!」 栗村が微笑んだ。
続きはこちら▼
第6回「OKRとは? 実際に目標達成計画を立てるため、質問会は続く」