「生成AIの登場により、人の仕事は奪われる」そのような言葉が聞かれるようになりました。
しかし、使い方によっては仕事を進める上での強い味方になります。
では実際どのように活用できるのか、また使用の際にどのような点に注意しなければならないのでしょうか。
本連載では、生成AIの中でも主にChatGPTが人事や採用業務にどのような革新をもたらすのかについて、生成AI家庭教師として企業にコンサルティングを行う佐野創太氏に数回にわたって解説してもらいます。(文:佐野創太)(編集:日本人材ニュース編集部)
「生成AIを活用しないなら退職します」、増えるAI退職とは
「これはAI退職でしょうか?」
人事のAさんから私にビジネス相談が届きました。次のような内容です。
「最近になって退職者が出まして、理由を聞くと『会社が生成AIの流れに完全に乗り遅れていることに不安を覚えたため退職する』と言うんです」
「確かにうちはChatGPTの業務利用は認めてないですが、もっと安全が確保できたら許可しようと考えていました。まさか生成AIを理由に退職されるとは思いませんでしたよ」
実はAI退職は、2023年からじわじわと増えています。特に業務で文章生成や画像生成、動画やイラスト生成に関わっている職種の従業員が多く、一方で生成AIに消極的な企業からAI退職のビジネス相談が増えています。
働く個人のキャリア相談でも、AI退職の話が増えました。転職理由を聞いていると、こう話してくれます。
「生成AIに対して食わず嫌いしている職場に嫌気がさしました」
どんな社員がAI退職をしているかというと、情報感度が高く、仕事も熱心で会社から評価もされている人です。いわゆる”エース社員”です。
▼「エース社員の退職」についてはこちら
エース社員の「燃え尽き退職」が手遅れになる前に〜予防策は「引き算のマネジメント」
私は”選手層の厚い組織をつくる”をコンセプトにこれまで50社以上の企業と組織開発(リザイン・マネジメント)を推進してきました。
最近ではリーダーや経営者向けに、ChatGPTと企業の間に立ってChatGPTの活用方法を開発する”生成AI家庭教師”として、「ゼロからはじめるChatGPT活用術」の研修を実施したり、業務改善案を全社から募る「ChatGPT活用のアイディアコンテスト」を一緒に開催したりしています。
ChatGPTは生成AIの1つで、OpenAIによって開発されました。プログラミング言語などではなく、私たちが普段使っている自然言語(日常的に使用する言語)処理に基づくAIモデルで、人間のように自然な対話を行うことができます。様々登場してきた生成AIの中でも一番よく耳にするサービスなのではないでしょうか。
ChatGPTは会員登録すれば無料で利用できます。
https://chat.openai.com/
人事も経営者も、現場もChatGPTに対する関心は高まっていることを感じます。
一方で、前述の人事の方も仰るように「もっと安全が確保できたら使おう」と考えている人事や経営者の方も多いです。実際に生成AIの情報漏洩や著作権の問題など、解決すべき課題は山積みです。
しかし、この連載は真逆の立場を取ります。言うなればサントリーの創業者である鳥井信治郎氏の口癖とされる「やってみなはれ」の精神です。主にChatGPTをうまく使う大原則、人事や採用業務に応用する方法を具体的に事例を交えてお伝えします。
生成AIに限らず、新しい技術が出てきたときにはその名をつけた退職が増えます。生成AIの前には、「リモートワーク(テレワーク)退職」や「副業退職」が増えました。生成AIを全社で活用するということは、社内外に「弊社は最新のトレンドを活用する先進的な企業だ」とメッセージを送ることになります。
特に、人事や経営陣という会社の将来を誰よりも考えている立場から発するメッセージは、従業員や採用候補者の心にしっかり届くはずです。
ChatGPTが人事・採用業務の中で得意な業務とは何か
「とはいえ、生成AIを人事や採用業務に活かすといっても何から始めたらいいんだ」
こんな相談もいただきます。
「ChatGPTが登場してからは『ガラケーがスマホにシフトした時のような衝撃だ』とも言われるのですが、実際に何ができるのでしょうか」
新しい技術が出てきたときに、新機能ばかり追いかけると疲弊してしまいます。ここでは原則をお伝えします。つまり、ChatGPTの「得意な業務」と「不得意な業務」に分けると、理解がぐっと進み、「弊社ではここが使えそうだ」とイメージが湧きます。
セキュリティー面も加味した上で、東京都庁は「文章生成AI利活用ガイドライン」を公開しています。ChatGPTは何でもできるような宣伝のされ方をしますが、実際には「向いている業務」と「不向きな業務」があります。
「向いている業務」は下記の3つです。「人事や採用業務に使うとしたら」とChatGPT(無料版)に考えてみてもらいました。
今は領域ごとに3つ出してもらいましたが、「7つ出してほしい」と指示すればすぐに出してくれます。
出てきたアイディアの中から「これいいかも」と思ったものをさらに詳細に聞いていく。これだけで具体的に「人事・採用業務」を楽にしたり進化させたりするChatGPTの活用術を社内に展開できる可能性が高まります。
ChatGPTのコツでもあるのですが、「どんな風に活用できるんだろう」と頭に浮かんだ疑問をChatGPTに入力する。そうすると対話がはじまります。一度に答えを出力させようとするのではなく、対話を繰り返すことで精度を上げていく。ChatGPTは「対話するツール」です。
ChatGPTは何個でもアイディアを出してくれます。嫌な顔ひとつせずに、ネットさえつながればいつでもどこでも、です。
しかもプロンプト(ChatGPTの指示文章)を工夫すれば、経験豊富な人事・採用コンサルタントや広告代理店のコピーライターや企画担当としても答えてくれます。
「こんな人がうちのチームにいてくれたら心強いのに」。その願いを叶えてくれます。
とはいえ、ChatGPTも人間と同じく全知全能ではありません。
不向きな仕事には何があるでしょうか。
ChatGPTに「任せない方がいい」人事・採用業務とは何か
東京都庁は「文章生成AI利活用ガイドライン」の中で、ChatGPTが「不向きな業務」もまとめています。
実際にChatGPT(無料版)に聞いてみます。
不得意な理由を、ChatGPTはこのように出力してくれました。
これらの業務は、最新情報の正確性、法的コンプライアンス、および数学的正確性が重要な要素であるため、ChatGPTの代替ではなく、人間の専門知識と判断が必要です。誤った情報や計算はリスクを引き起こす可能性が高いため、注意が必要です。
つまり人事業務の中でも、給与計算や労務に使うにはまだ早いようです。(今後これらに特化した生成AIが出てくる可能性は高いです)
また、採用業務であっても正確性や感情が絡む業務は不得意のようです。
ChatGPTを使う際の注意点も、東京都庁の資料が参考になります。
例えば採用候補者や社員の個人情報や機密情報を入力しないこと、ChatGPTがつくった文章をそのまま社内や社外に送信するなどは、厳格にNGにした方が良いでしょう。
人事部が主導して生成AIを活用する場合は、ルール作りを徹底すると安心して全社で使えるようになります。
ChatGPTを有料にすると、Webデザイナーやイラストレーターとして活用できる
ChatGPTは無料版であっても、大量の情報や知識を学習しています。プロンプトを工夫すれば、ChatGPTを経験豊富な人事コンサルタントや採用コンサルタントして使うことも、クリエイティブなアイディアを思いついてブレストに乗ってくれる広告代理店としても使うことができます。
では、有料になると何が変わるのでしょうか。こちらもChatGPTに表で出してもらいましょう…と思って出したものは、「それは言い過ぎ」という過剰評価だったので割愛します。(ChatGPT、特に無料版は誤った評価を出すこともあります)
実際に使っている上での所感をまとめました。
有料版で使い勝手の良い機能は「画像生成(DALL-E 3)」です。
例えば人事や採用の業務で「ここに画像やイラストを使いたい」と思ったときに、画像を出力できます。採用サイトや企業HPを刷新するときに、「こんなイメージ」と擦り合わせることが格段に早くなります。実際にこの使い方をしている企業は既に現れています。
bot作成機能、追加機能(プラグイン) 、プログラミングコードの生成・実行 (Code Interpreter)についても、連載の中で触れていきます。
生成AI家庭教師としてよく企業が使うbot作成機能について、少し触れます。
これは「自社独自のChatGPTをつくれる」ということです。
例えばこんなものを「壁打ち相手として好きに使ってください」とキャリア相談者に送っています。
※モヤモヤループ脱出ボットby退職学®︎(resignology)
(現在はChatGPTの有料アカウントのユーザーが使えます)
※解説ページはこちらです
ここには佐野のノウハウが凝縮されています。
有料にすると、ChatGPTは24時間365日休まず動ける人事・採用コンサルタントや広告代理店であることに加え、Webデザイナーやイラストレーターとしても伴走してくれるということです。
しかも月額20ドルです。労働市場にこの能力を兼ね備えている人材はいないでしょうし、いても高待遇になるはずです。
なお、法人で本格的に活用する場合は「企業版(ChatGPT Enterprise)」の検討をおすすめします。「入力内容はOpenAIモデルのトレーニングに使われない」、「 データを暗号化(AES256・TLS 1.2+使用)する」、「 ※SOC2に準拠する」といった対応がなされています。
※SOC2(Service Organaization Control Type2):米国公認会計士協会が開発したサイバーセキュリティ・フレームワーク
ChatGPTは、”やりたくないけど大事な仕事”を代わりにやってくれる感じのいいプロ
確かにChatGPTを使おうとすると、「プロンプトプロエンジニアリング」や「プロンプトインジェクション対策」など難しい言葉が飛び込んできて、ひるんでしまいます。実際に人事や採用業務に使っている企業は、少数でしょう。
しかし、少数だからこそ先行者利益を得ることができます。これまでもそうでした。例えばSNSが登場したときにすぐに活用した企業は、エンジニア学生や経験豊富なマーケターの採用につながりました。
原則を押さえれば、簡単かつ安全に活用をはじめられるのです。
ある企業では、採用責任者の上司が採用担当者の部下が作る文章のチェックに時間がかかっていました。それを部下→ChatGPT→上司の順番にするだけで、上司のチェックのストレス、部下もチェックしてもらうストレスは消え、しかも業務スピードはぐっと上がりました。
ChatGPTは「生成AI」と捉えるよりも、「”できればやりたくないけどやる必要のある大事な仕事”を代わりにしてくれる、感じのいいプロフェッショナル」と考えると使いやすくなります。
都合よく考えてください。貴社でも「この仕事、よく発生するから誰かやってくれないかな。でも、品質は落とせないからプロで。予算はあまりないです」という仕事はないでしょうか。
ChatGPTは喜んでやってくれます。(実際に「明るいキャラクターとして振る舞ってください」と伝えると、明るい口調で対話できます)
次回以降は、「面接業務をどう効率化するか」や「組織開発のレベルを上げるには」といった具体的に明日から使えるChatGPT活用術をお伝えします。
一緒に生成AIの波を楽しみましょう。
佐野創太
1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1200人以上のキャリア相談を実施すると同時に、”選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ChatGPT活用・定着コンテスト」の開催をサポートしている。 また、”情報発信顧問”としてこだわりある企業の商品・サービスの「全国1位の強み」を言語化し、疲弊しない発信体制をつくっている。 著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
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