賃上げ・初任給の格差が拡大した2024年、最低賃金1000円以上が16都道府県に倍増

2024年は賃上げなど賃金に絡む話題が多かったが、企業規模などによる格差の拡大が浮き彫りになった。16都道府県で最低賃金が1000円を超えるなど人件費の上昇圧力が高まる中、政府はさらなる賃上げや社会保険料の負担増などを企業に求めているが、事業継続をあきらめる企業が増える可能性もある。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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高水準の賃上げが継続

今年の春闘を振り返ると、労働組合の中央組織の連合の賃上げ率は「2024 春季生活闘争 第 7 回(最終)回答集計結果について」によると、前年比5.10%、額にして1万5281円、300人未満の企業は4.45%で1万1358円だった。経団連発表の大手企業の賃上げ率は「2024年春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果(最終集計)」によると、5.58%、額にして1万9210円。連合、経団連の賃上げ率はいずれも1991年以来、33年ぶりの高水準となった。

ただしこの賃上げ率は労働組合のある企業が中心だ。労働組合のない企業を含めた賃上げ率について厚生労働省が10月28日に公表した「賃金引上げ等の実態に関する調査結果」(2024年7月20日~8月10日実施)では、従業員100人以上の1783社が回答した。賃金の改定状況をみると、1人平均賃金の改定額は1万1961円(同9437円)となり、改定率は4.1%(同3.2%)と前年を上回った。現在の調査方法となった1999年以降で最も高かった。

労働組合の有無による賃上げの格差が顕在化

企業規模別では従業員5000人以上が4.8%(引き上げ額1万5121円)となり、前年(4.0%)を0.8%上回った。一方、100~299人の企業は3.7%(同1万228円)となり、前年(2.9%)を0.8%上回った。300人未満の企業では労働組合のない企業が80%超を占める。調査によると労働組合のある企業の賃上げ率は4.8%、労働組合のない企業は3.6%であり、1.2%の差が生じている。春闘が全体の賃上げムードを醸成している面がある一方で、労働組合の有無による格差も顕在化している。

2025年の賃上げはどうなるのか。連合は全体の賃上げの目安は、賃上げ分3%以上、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上とし、中小労組については「すべての中小組合は、賃金カーブ維持相当分を確保した上で、賃金実態が把握できないなどの事情がある場合は、賃金指標パッケージの目標値に格差是正分に1%以上を加えた6%以上・1万8000円以上を要求」を掲げている。

多くの業界で初任給がさらに高騰

二つ目の賃金の話題では2023年以上に初任給が高騰していることだ。2023年は電機、メガバンクをはじめあらゆる産業で初任給引き上げが相次いだが、引き続き2024年度も初任給を引き上げる企業が相次いだ。例えばメガバンクの初任給はこれまで大卒で20万5000円の横並びが続いたが、23年に三井住友銀行が25万5000円に引き上げ、2024年4月にみずほ銀行が26万円、三菱UFJ銀行が25万5000円に引き上げた。

その動きは全国に波及し、地方銀行も追随する。京都銀行が2024年に26万円へ引き上げるほか、横浜銀行、福岡銀行や西日本シティ銀行など各行は2025年度から26万円に引き上げる予定だ。さらに九州フィナンシャルグループは大学・大学院卒の初任給を2024年度に28万円へ引き上げ、2025年度に30万円にする方針を決めている。地方銀行の初任給引き上げは、地元に拠点を多くメガバンクの引き上げを意識したものといえる。

ゼネコンも鹿島が2024年4月に大卒初任給を3万円引き上げ、28万円に引き上げた。大林組も28万円に引き上げるなど業界横並びの引き上げが続く。

生命保険業界でも第一生命ホールディングスは、2024年4月入社の全国転勤型の総合職の初任給を約4万5000円引き上げ、固定残業代込みで32万1000円に引き上げた。日本生命も全国転勤型の総合職と営業総合職の職員を対象に初任給を基本給ベースで24万1000円。明治安田生命も基本給で24万円、住友生命も23万5000円に引き上げた。さらに住友生命は25年度に2万5000円引き上げて26万円にする予定だ。人材獲得のための初任給の引き上げの波は多くの業界にも及んでいる。

従業員500人以上企業の26.7%では大卒技術者の初任給が25万円以上

人事院の「職種別民間給与実態調査」によると、2024年4月に入社した東京23区内の大学卒の確定初任給は、事務員で23万705円。前年に比べて4.0%(8933円)増加している。技術者も23万813円で、4.2%(9233円)増加している。全体の平均は事務員が22万368円、技術者が22万5914円。

従業員500人以上の企業で25万円以上の企業の割合が事務員で19.1%、技術者で26.7%を占めている。一方、100人以上500人未満の企業は事務員が5.7%、技術者6.1%にとどまり、大手企業と中小企業の初任給の差が広がっていることが推察される。初任給の違いが新卒人材の獲得競争に大きな影響を与えることが予想される。

最低賃金の全国加重平均額は51円増の1055円

もう一つの賃金の話題は、最低賃金の上昇だ。2024年度の地域別最低賃金の全国加重平均額は2023年度比51円増の1055円と、上昇率は近年にない5.1%の高水準となった。さらに人手不足や人材獲得競争を背景に27県で中央最低賃金審議会が出した目安の50円を超え、2024年は2023年以上に目安を上回る県が相次いだ。

2024年8月末の厚生労働省の発表によると、50円の目安を上回った県は27県に上った。目安の上乗せはこれまで9円が最高だったが、2024年は徳島県が34円も上乗せし、84円の引き上げ額になった。

引き上げによって最低賃金が1000円を超えたのは、2023年までの8都府県から2倍の16都道府県に拡大。最高額は東京都の1163円、最低額は秋田県の951円。最高額に対する比率は81.8%と10年連続で格差が改善している。全国の加重平均は2023年比51円増の1055円(5.1%増)。最低賃金の目安制度が始まって以来、過去最高額となった。

●最低賃金が1000円を超えた都道府県

都道府県名2024年度
最低賃金時間額
2023年度
最低賃金時間額
引上げ額・率
東京1,163円1,113円50円・4.5%
神奈川1,162円1,112円50円・4.5%
大阪1,114円1,064円50円・4.7%
埼玉1,078円1,028円50円・4.9%
愛知1,077円1,027円50円・4.9%
千葉1,076円1,026円50円・4.9%
京都1,058円1,008円50円・5.0%
兵庫1,052円1,001円51円・5.1%
静岡1,034円984円50円・5.1%
三重1,023円973円50円・5.1%
広島1,020円970円50円・5.2%
滋賀1,017円967円50円・5.2%
北海道1,010円960円50円・5.2%
茨城1,005円953円52円・5.5%
栃木1,004円954円50円・5.2%
岐阜1,001円950円51円・5.4%
(出所)厚生労働省「令和6年度地域別最低賃金改定状況

最低賃金が2番目に低かった徳島県が大幅に引き上げ

最低賃金が全国で2番目に低かった徳島県の大幅な引き上げは従来の常識を覆したことで注目される。徳島県は1人当たりの県民所得が全国8位であること、4人世帯の生計費や新卒者の所定内給与、パート労働者の募集賃金などの数値を調査し、他の都道府県と比較し、徳島県は全国の中で「中位より上」と判断。その上で47都道府県の最低賃金の中心が930円であることから、これを基準に目安の50円を上乗せし、980円に決定した。これまでにない手法であり、今後広がるかが注目される。

●四国4県の最低賃金

都道府県名2024年度
最低賃金時間額
2023年度
最低賃金時間額
引上げ額・率
徳島980円896円84円・9.4%
香川970円918円52円・5.7%
愛媛956円897円59円・6.6%
高知952円897円55円・6.1%
(出所)厚生労働省「令和6年度地域別最低賃金改定状況

最低賃金については、石破茂首相が2020年代に全国平均1500円に引き上げることを表明している。2020年代に全国平均1500円を実現するのは容易ではない。2024年10月1日から発効されている2024年度の全国平均額の1055円は前年比5.1%だった。1055円を29年度までに1500円にするには毎年平均90円、率にして7.3%の引き上げが必要になる。

中小企業にとっては、賃上げや初任給の大企業との格差に加えて、最低賃金の引き上げによる人件費の上昇圧力が経営にも大きな影響を与えることになる。


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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