2024年度最低賃金が歴史的引き上げ「賃上げ競争で人材が流出、人手不足倒産が増える可能」

日本の労働市場において最低賃金の引き上げが大きな話題となっており、2024年度の最低賃金は2023年度に引き続き全国的に大幅な上昇を見せた。こうした状況が中小企業の経営に直接的な影響を与える一方で、深刻な人手不足を背景に、最低賃金の引き上げが人材確保の手段としても注目されている。
本記事では、最新の最低賃金改定状況、その背景にある要因、そして中小企業への影響と対応策について詳しく解説する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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最賃加重平均過去最高額更新、全国で最賃引き上げ続く

今年の春闘での賃上げに続き、中小企業の賃上げに直結する2024年度の全国の都道府県の最低賃金が出揃った。

厚生労働省の中央最低賃金審議会は7月25日、2024年度の最低賃金(最賃)額改定の引上げ額の目安を50円とすることを決めた。例年は各都道府県をA、B、Cの3ランクに分けた最賃額改定の目安を示すが、今年は各ランクともに一律50円に引き上げた。この目安に基づいて各都道府県の最低賃金審議会で決定されるが、今年は昨年以上に目安を上回る県が相次いだ。

厚生労働省の発表(2024年8月29日)によると、引上げ額50円の目安を上回った県は27県に上った。目安のへの上乗せはこれまで9円が最高だったが、今年は徳島県が34円も上乗せし、84円の引き上げ額になった。そのほかの引き上げ額では岩手・愛媛県が59円、島根県が58円、鳥取県が57円など地方の県が高い引き上げ額となっているのが特徴だ。

引き上げによって最賃が1000円を超えたのは16都道府県となり、全国の加重平均は昨年比51円増の1055円(5.1%増)。最賃の目安制度が始まって以来、過去最高額となった。

最賃の目安以上の引き上げは、人材獲得競争が要因

そもそも最賃は文字通り法律が設定した最低の賃金であり、正社員・非正規に関係なく地域別最賃額以上の賃金を支払わなければ最低賃金法違反となり、50万円以下の罰則が科される。しかも最賃はこれまでパート・アルバイトなど非正規社員の賃上げの役割を担ってきたが、中小企業の正社員の領域にまで影響が及んでいる。

目安以上に引き上げた背景には人手不足に加えて隣県同士の人材獲得競争がある。他県よりも1円でも高くし、人材獲得でも優位に立ちたいという思いが経営者の側にもあるようだ。

最低賃金法は①労働者生計費、②一般的な賃金水準、③企業の支払能力――の3つの要素を考慮して決められる。都道府県の最低賃金審議会は、公益委員、使用者側委員、労働者側委員の3者が議論して決めるが、例年は使用者側と労働者側の委員の間で激論になることも多い。しかし今回は反対もなく決まった県もある。

例えば関東の県の経営者協会の関係者は「目安通り50円の引き上げで合意したが、個人的にはもっと引き上げてもよかったと思っている。どこの企業も人手不足が深刻で、隣県に人を奪われるのではないかと危機感を持つ経営者も少なくない」と語る。

中小企業は最賃引き上げで深刻な影響も

今回はとくに注目を集めたのが徳島県の84円の引き上げだ。

同県は23年度は896円と全国ワースト2の最賃だったが、今年は行政の要請もあり、引き上げる基準を大きく変更した。本来は896円をベースに先述の3要素に基づいて目安以上に引き上げるべきかを議論する。しかし今回は徳島県の生計費や物価などの数値を調査して他の都道府県と比較し、徳島県は「中位より上」と判断。その上で47都道府県の最賃の真ん中が930円であることから、これを基準に目安の50円を上乗せし、980円に決定した。

これまでの常識を打ち破る新たな最賃の引き上げ基準だが、今後「徳島方式」が全国に広がるかが注目される。

一方、最賃の引き上げで最も深刻な影響を受けるのが中小企業だ。従業員の給与を最賃近傍に設定している企業も少なくなく、最賃の引き上げで影響を受ける企業は21.6%という調査もある。実は、中央最低賃金審議会の目安に関する協議でも使用者側は大幅引き上げについてこう主張していた。

「今年度の最低賃金を一定程度引き上げることの必要性は十分理解しているものの、賃上げの対応は二極化の対応が見られ、さらに業績改善がない中で賃上げを実施する企業は6割になっていると指摘した。加えて、中小企業を圧迫するコストは増加する一方で、小規模な企業ほど価格転嫁ができず、賃上げ原資の確保が困難な状況であり、また、企業規模や地域による格差は拡大しており、最低賃金をはじめとするコスト増に耐えかねた、地方企業の廃業・倒産が増加する懸念があると述べた」(「中央最低賃金審議会目安に関する小委員会報告」7月24日)

最賃原資の捻出には価格転嫁が急務

実はこうした懸念があるにもかかわらず、50円の目安を決定した背景には政権の意向もある。岸田政権は今年6月の骨太の方針に「2030年代半ばまでの早い時期に全国加重平均1500円を目指す」と明記している。そのため、労使の議論が平行線だった7月下旬に、官邸サイドから、引き上げ率を5%に乗せるように伝えたという報道もある。

しかし、中小企業が最賃の原資を捻出するのは容易ではない。すでにコスト削減など雑巾を絞るだけ絞っている現状では、商品やサービスの値上げによる価格転嫁を行う必要があり、大企業や取引先への価格転嫁ができるかがカギを握る。政府や中小企業庁はエネルギー価格や原材料価格の高騰を背景に価格転嫁や取引の適正化を呼びかけている。また、昨年11月末には公正取引委員会も労務費の価格転嫁の指針を出し、賃上げを後押ししている。

中小企業庁が6月21日に公表した「価格交渉促進月間(2023年3月)フォローアップ調査結果」によると、直近6カ月間のコスト上昇分のうち「10割」を価格転嫁できた企業は19.6%、「9割、8割、7割」の企業は15.3%、「6割、5割、4割」が8.9%、「3割、2割、1割」が23.4%だった。一部でも価格転嫁できた企業は67.2%。一方、「全く転嫁できない」が19.8%もある。労務費の価格転嫁については「全く転嫁できない」企業が26.1%もある。コスト別の転嫁率の内訳は、原材料費は47.4%、エネルギー費は40.4%、労務費は40.0%。価格転嫁ができる中小企業とできない企業との二極化が進んでいる。

最賃大幅引き上げ時代に生き残るには

一方、価格転嫁による賃上げができなければ従業員の離職リスクも高まり、人手不足倒産も現実になる。

中央最低賃金審議会は今回の目安の厚生労働大臣への答申でも「独占禁止法の執行強化、下請けGメン等を活用しつつ事業所管官庁と連携した下請法の執行強化、下請法改正の検討等を行うとともに、『労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針』の周知徹底を要望する。(中略)転嫁率が低い等の課題がある業界については、自主行動計画の策定や改定、改善策の検討を求めることを要望する」と述べている。

答申では中小企業へのさらなる助成金などの支援の拡充も要望している。今回の最賃の大幅な引き上げによって人件費負担が増加し、さらに企業間の賃上げ競争に伴い人材が流出し、人手不足倒産が増える可能性もある。


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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