「今の仕事はどうですか?」と聞くと、「特に問題ないです」と返ってくる。 「最近は何か困ってることはありますか?」と尋ねても「大丈夫です」と答える。
1on1や社員面談でこうしたやりとりをしたとき、管理職の方々はどう感じるでしょうか。順調に仕事をこなしている。問題はなさそうだ。そう安心するかもしれません。
しかし、その「問題ないです」の裏で、社員の自己評価は静かに下がり続け、半年後には退職届を出している。そんなケースがあるのです。「安売り退職」とでも呼べる現象です。企業にとっては退職した後に「あの人が裏で頑張っていたからうちは回っていたのか」と後悔することになります。
今回は、23卒で2社を早期退職し、現在転職活動中のKさんと、キャリア相談者・佐野創太氏との相談の様子を通じて、退職を考える社員のリアルな心境と思考プロセスを佐野氏に連載で解説してもらいます。
佐野氏は退職学®︎(resignology)の研究家としてこれまでに1500人以上のキャリア相談を実施し、20〜50代の幅広い社員の本音に触れ続けています。その経験を『脱会社辞めたいループ』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)、『転職・退職を考えたら知りたいことが全部のってる本』(主婦の友社)、『70%で働く』(日経BP)などの著書にまとめています。他にもエース社員の退職を防いで「選手層の厚い組織づくり」を支援したり、オウンドメディアや採用広報などの情報発信の生産性と創造力をあげるAI編集長としても活動しています。 働く人、組織作り、事業の3つの視点を持っています。
Kさんのケースから見えてきたのは、職種名と実務内容のギャップという「構造」が、市場価値への不安という「感情」を生み、退職に至るという流れです。会社が「問題なく回っている」と安心しているとき、社員は何を考え、どんな不安を抱えているのでしょうか。 1on1で本当に確認すべきことは何か。一緒に見ていきましょう。(文:佐野創太、編集:日本人材ニュース編集部)
※プライバシー保護のため、相談者の名前・性別・年齢・所属企業名等は編集しています。

「営業サポート」という肩書が才能を潰す
「営業サポートとして、4人の方の営業支援に従事しています」
Kさん(25歳・専門商社勤務)は、自分の仕事をそう説明しました。専門商社で営業事務として働き、4人の営業担当者をサポートしている。一見すると、よくある事務職のポジションです。
しかし、詳しく話を聞いていくと、実態は全く違いました。
Kさんが担当していたのは、30から40社の取引先。しかも、営業担当者ごとに取引先が完全に分かれており、「1人ずつ全員取引先が異なる」体制でした。Kさんは取引先群を個別に管理していたのです。
「中堅以上の会社だったら、営業サポートの方もたくさんいますし、仕事も細分化されると思うんですけど、そういうのはないです」
そう語るKさんの会社では、営業担当者の長期出張が当たり前でした。半年、あるいは3、4カ月の出張が常態化している。営業担当者が不在の間、Kさんは取引先との連絡調整を一手に引き受けていました。緊急時には、実質的に営業代理として取引先対応も担当しています。30から40社を個別管理し、営業不在時には代理対応もこなす。「サポート」の範囲を超えていると言えます。
しかし、会社での扱いは変わりません。評価面談でも「営業サポート」として評価され、昇格の話もない。上司からは「よくやってくれているね」「助かるよ」という言葉はかけられるものの、それ以上の評価には繋がらない。
この状況が1年以上続くと、Kさんの中である認識が固まっていきました。
「私、事務しかできない」
実務は営業に近いのに、職種名は「営業サポート」。会社から与えられた肩書と、日々こなしている業務の間に、大きなギャップがある。
私(佐野)がこれまでキャリア相談を行ってきた中で、このような「職種名と実務のギャップ」は決して珍しくありません。よくあるケースです。
問題は、このギャップを会社側が認識していないことです。上司は「彼女は優秀だから、問題なく回してくれている」と安心している。一方で本人は「私は裏方なんだ」「サポート業務しかできないんだ」という認識を深めていく。 このズレが、次に説明する「市場価値不安」という感情を生み出すのです。
社内だけの評価では満足できない
Kさんが転職活動を始めたとき、大きな壁に直面しました。職務経歴書が書けないのです。正確に言えば、「ただ書くこと」はできます。しかし、自分がやってきた仕事を、どう表現すればいいのかわからなかったのです。
職務経歴書の職務要約欄には、自分の経験と実績を5行程度で簡潔にまとめる必要があります。Kさんは「営業事務として営業担当者のサポート業務を担当」と書きました。間違いではありません。でも、これでは30から40社を個別管理していたことも、営業代理を務めていたことも、まったく伝わりません。
Kさんは職務経歴書の改善について悩んでいました。しかし問題は文章の長さではなく、実務内容を具体的に言語化できていないことでした。
結果、書類通過率は10%を下回ります。10社応募して、1社しか面接に進めない。Kさんの実務経験は十分に価値があるはずです。でもそれが伝わっていません。
それ以上に深刻だったことがあります。Kさん自身の認識です。
「落ちてショックはありますけど、こんなものかなって気もします。キャリアに傷がありますし」
Kさんは新卒で入社した医療業界の会社を半年で退職し、2社目の現職も1年2カ月で退職が決まっていました。この経歴を「傷」と捉え、自己評価を下げていたのです。
妥協して応募した企業は、面接に進んでも「やっぱりちょっと無理」と感じるような会社ばかり。かつて経験した企業と似た雰囲気を持つ企業に、また引っかかってしまう。
会社が「問題なく回っている」と評価している業務。それが転職市場では「事務職の経験」としてしか受け取られない。職務経歴書には「私は事務でしかないから」と具体的に書こうとすらしない。書類通過率は10%を下回る。妥協した結果、また似たような企業にしか出会えない。
この悪循環の中で、Kさんはある感情を抱くようになりました。
「このままでは、私の市場価値が下がる」
「 在職中の会社では『よくやってくれている』と評価されている。しかし転職市場では評価されない」このギャップがじわじわと自信を奪っていきます。
「構造」と「感情」の両方に気づく質問をする
ちょっと想像してみましょう。あなたがKさんの上司だとして、1on1の場面です。「最近、仕事どう?」と聞く。Kさんは「特に問題ないです」と答える。この時点で、職種名と実務のギャップに気づけるでしょうか。市場価値への不安を抱えていることに気づけるでしょうか。心が読めない限りは難しいです。「今の仕事、どう?」という質問では、本人の自己評価の低下には気づけません。必要なのは、より具体的な質問です。
Kさんとのキャリア相談で確認したのは、こんな質問でした。
「今の仕事、職務経歴書にどう書きますか?」この質問を投げかけたとき、Kさんは言葉に詰まりました。
「営業サポート、としか書けないんですよね」。この反応が、職種名と実務のギャップを示すサインでした。
もう一つ、重要な質問があります。
「転職市場では、今の仕事はどう評価されそうですか?」
Kさんは正直に答えました。
「書類通過率が10%いかないくらいなので、正直、評価されていないんだと思います」
そしてもう一つ、見逃してはいけない言葉があります。
「大したことしてないんですけど」
業務内容を説明するとき、Kさんは何度もこう言いました。上司はこれを謙遜と受け取るかもしれません。しかし、Kさんは本気でそう思っていたのです。
これは危険信号です。本人が「大したことない」と思い込んでいるとき、自己評価は確実に下がっています。上司が「謙遜だろう」と流してしまうと、本人は「やっぱり評価されていないんだ」と感じる。この認識のズレが積み重なって、退職に至ります。
相談や1on1の設計をするときでも、こんな兆候が見られたら要注意です。
- 「特に問題ないです」と答えるが、具体的な成果や実績を聞くと言葉に詰まる
- 自分の仕事を「大したことない」「サポート業務だから」と過小評価する
- 「このままでいいのか」という未来への不安の言葉が出る
これらは、職種名と実務のギャップに本人が気づき始め、「この会社にい続けていいのか」と不安を抱えているサインです。 会社が「回っている」と安心しているとき、社員は「このままではダメだ」と焦り始めている。このズレに、1on1の場で気づくことが重要なのです。
構造を知り、感情に気づくだけで退職は減らせる
Kさんのケースから見えてきたのは、「安売り退職」の構造です。
職種名と実務のギャップは放っておくと広まるばかりです。これが構造です。
会社は「営業サポート」と呼び、本人も「サポート業務」と認識する。しかし実務は営業レベル。30から40社を個別管理し、営業代理も務める。このギャップを、会社も本人も認識していない。そして、転職活動を始めたとき、本人は初めて気づきます。職務経歴書に書けない。書類通過率は10%。「このままでは市場価値が下がる」。これが感情の問題です。
構造が感情を生み、感情が退職を生む。しかし、この流れは防げます。
1on1や社員面談の場で、「今の仕事、もともとの仕事から増えたりはみ出ているものはありますか?」と聞いてみてください。本人が言葉に詰まるようなら、それは職種名と実務のギャップを見直すサインです。
「仮に異動したくなったとして、他部署に今の仕事はどう伝わりそうですか?」と聞いてみてください。不安そうな表情を見せたら、それは自分の仕事の価値に不安を抱えているサインです。
「大したことはしていません」という言葉を、謙遜として流さないでください。それは自己否定の始まりです。自分がすり減る職場に長く居続ける人はいません。
構造を知り、感情に気づく。「実はすごい仕事をしてくれてた人」の退職はここから減ります。

佐野創太
1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1400人以上のキャリア相談を実施すると同時に、選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ゼロストレスAI術」を提供する他、言葉を大切にするミュージシャン専門のインタビュアーAIを開発している。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。












