優れたビジネスリーダーの確保は、さまざまな危機をも乗り越えて企業を持続的に成長させていくための重要な経営課題だ。経営幹部・幹部候補の採用支援で豊富な実績を持つコンコードエグゼクティブグループの渡辺秀和社長に、人材市場の実情やビジネスリーダーの採用・定着を成功させるためのポイントなどを聞いた。
経営幹部・幹部候補を外部から獲得する企業の動きが活発なようです。
多くの企業で既存事業のビジネスモデル再構築や新規事業の立ち上げなどの大規模な変革が必要不可欠となっています。特に、M&Aとそれに伴う組織統合、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)運営、SDGs推進などの新しいテーマが登場し、既存社員では対応が難しいケースが増えてきています。
そのため、優秀な人材を登用できなければ事業運営が立ち行かなくなるという経営者の危機感が高まっていると感じます。大企業、中堅オーナー企業、ベンチャー企業など、規模や業界、業歴などを問わず当社への相談件数が伸び続けています。これまで以上に多くの企業が採用力の強化を図ろうとしていることは明らかで、人材獲得競争が一層激しくなっていくことは確実でしょう。
コンコードエグゼクティブグループ
渡辺 秀和 代表取締役社長CEO
【PROFILE】一橋大学卒。三和総合研究所 戦略コンサルティング部門を経て、2008年にコンコードエグゼクティブグループを設立し、代表取締役社長CEOに就任。「日本ヘッドハンター大賞」コンサルティング部門で初代MVP受賞。東京大学×コンコード「未来をつくるキャリアの授業」コースディレクター。著書『ビジネスエリートへのキャリア戦略』(ダイヤモンド社)他。
変革を推進できる人材を獲得するためには、採用手法を見直すだけでは難しいように思います。
優秀な人材を採用できる体制を整えることは、現代の企業にとって、採用の枠を超えた企業経営の根幹に関わる重要な課題と言えます。
仮に優秀な人材を採用できないような組織運営をしていたとすると、いったいどのようなことが起こるでしょうか。現在の人材市場には魅力的な転職先がたくさんあり、誰でも容易にアクセスできるようになっています。リクナビNEXTやビズリーチなどの人材サービスに登録すると、優秀な若手人材であれば月間100~200件程度のスカウトメールが届くでしょう。
このような環境下において、優秀な人材をひきつけられない組織運営をしていたとすれば、たちまち自社のエース社員が他社へ流出してしまいます。人数によっては会社の屋台骨を揺るがすような事態となってもおかしくありません。
つまり、優秀な人材を採用できる体制を整えることは、エース社員をリテンションするためにも必要であり、企業の維持と発展のために欠かせないことなのです。もし、かつては採用できていた優秀な人材の獲得に最近苦労するようになったと感じている場合は「黄信号」です。
採用は人事だけの問題でなく、経営者が真剣に向き合うべき重要課題です。今、多くの企業が、優秀な人材が集まる組織になるか、流出する組織になるかの岐路に立っているということを強調しておきたいと思います。
変革を加速させたい企業は、どのような人材を採用したいと考えているのでしょうか。
大規模な変革を進める際には、これまでの常識や経験が通用しない場面が出てきます。そのような時には、固有の業界や企業に縛られない、汎用性の高い問題解決能力が問われます。また、社内メンバーはもちろんのこと、クライアント企業や社外のステークホルダーまで巻き込んでいくリーダーシップがなければ、成果をあげることができません。
そこで、採用企業から白羽の矢が立てられたのがコンサルティング会社出身者である「ポストコンサル」です。以前は外資系企業やPEファンドなどを中心とする一部の企業だけが採用していましたが、資金調達に成功したベンチャー企業、事業承継で悩む中堅オーナー企業による採用が急増し、そこに変革を加速させたい日系大企業も加わるようになりました。
コンサルティング会社では、多種多様な業界の企業の経営課題に関するプロジェクトを行っており、コンサルタントは20~30代のうちから、経営者視点で問題解決に取り組むことが求められます。様々な企業の課題解決を繰り返し行うという豊富な実践経験によって、固有の業界や企業に縛られない、汎用的な問題解決能力が培われます。
また、ロジック面での説得力はもちろん、関係者の感情にも配慮した高度なリーダーシップを身につけている人材が、ポストコンサルには多いです。現代のコンサルティング会社には、解決策の提案だけでなく実行支援まで踏み込み、クライアントへ具体的な成果をもたらすことが重視されています。特にプロジェクトの実行支援フェーズでは社内外の人たちを巻き込んでいくことが欠かせません。
加えて、このようなリーダーシップを発揮するためには、口頭でのコミュニケーション能力だけでは不十分です。広範囲にわたるステークホルダーを巻き込む際には、分かりやすく説得力ある資料やコンテンツを作成する力が必要不可欠となります。資料作成のトレーニングを日常的に積んできたポストコンサルは、この点でも採用企業の経営者から高い評価を受けています。
ポストコンサル採用は、最初の1人目の採用には慎重な企業もありますが、入社後の活躍ぶりをみて、リピート率が非常に高いことが特徴です。採用企業のすそ野が広がっていること、1社当たりの採用人数が増えていることの相乗効果で全体の採用数が急速に拡大しています。
変革を加速させたい企業が「ポストコンサル」を採用
●コンコードエグゼクティブグループによる「ポストコンサル」採用支援事例
ビジネスリーダーの採用を成功させるための必要な取り組みについて教えてください。
採用に成功している当社のクライアント企業は、4つのステップで採用活動を行っています。
①人材市場でのブランドを構築する
世間一般に認知度の高い企業が優秀な人材にとって働いてみたい企業、つまり、採用ブランドが高い企業では必ずしもありません。
昨今の優秀な人材は、事業の社会的意義や、フェアで活躍しやすい環境を重視する傾向があります。自社の存在意義や社会へ与えるインパクト、若くても優秀であれば活躍できる組織であることを分かりやすく伝えることが大切です。「財閥系企業だから」、「従業員が数十万人いる超大企業だから」といった点が、むしろ「旧態依然としている」、「個人の持つ裁量が小さい」と認識されてしまうと採用上は不利であるという実態を理解しておく必要があります。
このような点を考慮して、伝えるべきメッセージを再構築した後は、自社の魅力を候補者へ知ってもらうためにキャリアセミナーを開催したり、ビジネス誌や人材企業の運営するオウンドメディアへの記事掲載を行ったりすると良いでしょう。
人材市場でのブランド力が低いと候補者を集めることもできませんし、採用する際に他社よりも高い条件を提示せざるを得なくなります。費用対効果の高い採用のために、ブランディングは欠かせません。
②幹部人材向けの採用プロセスを構築する
一般に新卒採用のプロセスと中途採用のプロセスは異なります。それと同様に、ポストコンサルなどの幹部人材向けの採用プロセスを、若手層の採用とは別に用意することも大切です。この記事を読まれている40代、50代のエグゼクティブの皆さんの中でも、転職活動で若手層と同様に扱われて、初回面接で志望動機について根掘り葉掘り聞かれるとしたら、応募を躊躇される方も少なくないでしょう。
そこで採用面接の前に、候補者への評価を行わず、自社の魅力や仕事内容の実態について伝える「カジュアル面談」を設けると、候補者も安心して応募できるようになります。カジュアル面談では、候補者がざっくばらんに質問できるため、応募企業への理解が深まります。これによって、候補者は自分の志向とのフィットを確認できたり、自分が貢献できることを具体的にイメージできるようになったりすることができます。採用面接の場や入社した後での行き違いが減る点でも優れています。
また、優秀な人材は、優秀な人材と一緒に働くことを望む傾向があります。そのため採用に長けた企業は、自社のエース級の人材を採用担当に配置しています。面接官が自社事業の社会的意義や仕事の魅力などを適切に話せるように、トレーニングを行うことも欠かせないでしょう。面接官や採用責任者は、人材市場における自社の看板となることを認識しておくことが肝要です。
③人材市場の相場に見合った条件を提示する
オファー時に人材市場において競争優位性がある年収水準やタイトル(肩書き)を提示することも必要不可欠です。いくら企業の社会的意義や仕事の魅力が伝わっていても、魅力的な採用条件を提示しなければ採用はできません。「自社の人事制度ではこの程度しか提示できない」と自社都合に固執した年収やタイトルでは、厳しい人材市場での競争には勝てないでしょう。
人材市場における“競合”とは同業他社だけではありません。昨今、GAFAに代表されるビックテックが業界の垣根を超えて参入してくると、危機感を募らせている企業も多いでしょう。しかし、人材市場にはもともと業界の垣根が存在していないのです。
優秀な人材を巡って、コンサルティング会社や外資系事業会社、総合商社、ストックオプションを用意したベンチャー企業、外資投資銀行、PEファンドなどの強力なライバルが業界を跨いでしのぎを削っています。自社都合ではなく、このようなライバル企業を念頭に置いて、人材市場の相場に基づいた条件提示をする必要があるのです。
④力を発揮できるポジションへアサインする
入社後にアサインするポジションには注意が必要です。現場で経験を積んでもらうために配属したり、既存事業の責任者として採用したりするのもあまりお薦めできません。短期間で既存事業の業績を向上させるためには、現場業務に精通していないと困難ですし、部下たちも入社してきたばかりで経験の浅いリーダーにはついていかないでしょう。採用した経営陣への社員からの信頼も揺らぎかねません。
外部から採用した人材は新しい道を切り拓くような業務がフィットしやすいでしょう。CEOの特命プロジェクトや全社横断プロジェクトの責任者、経営企画部門のリーダー、M&A推進担当、新規事業開発担当などが挙げられます。せっかく採用した人材をふさわしいポジションにアサインしなければ、流出してしまう可能性が高くなります。
東京大学などでキャリア設計の授業を担当されていましたが、新卒採用についてはいかがでしょうか。
キャリア設計はどなたにとっても大切なスキルですが、残念ながら日本の教育環境ではその技術を学ぶ機会がありません。そこで、キャリア設計のノウハウを広く知っていただくために、書籍を出版したり、東京大学や一橋大学などから依頼を受けて授業・講演などのキャリア教育活動を行っています。
「キャリア設計をしっかりと行えば、自分の好きなことを通じて周囲の人々を幸せにし、社会によいインパクトを与えていけること」や「仕事の本質的な価値は金銭を得ることではなく、他者に貢献する喜びにあること」などを伝えています。各講義後のアンケートには、自分の人生をしっかり生きようとする熱いメッセージにあふれていて、読んでいる私たちの胸も熱くなります。
こうした優秀な学生を獲得するためにも先ほど述べた4つのステップが欠かせません。特にトップ校の学生は3年生になると応募企業を絞ってしまうため、1・2年生のうちから自社への理解を深めてもらうための「早期採用ブランディング」が重要です。
実は、東大をはじめとするトップ校の学生たちも幅広く企業を研究したうえで応募先を選定しているケースは稀で、先輩や周囲からの口コミなど限られた情報をもとに意思決定している学生が大半です。この状況は、採用企業にも学生にも不幸なことです。
そのような中、企業と学生の接点を増やす取り組みについて東大生から相談を受け、当社のソーシャルスタートアップ投資事業の一つとして支援しています。すでに東大1・2年生の50%以上が活用しているキャリア設計プラットフォーム「UTmap」が立ち上がり、採用企業のインタビュー記事やインターン情報の掲載も始まっています。
学生の「キャリア設計」と「企業理解」を深める活動を支援
●東大1・2年生の50%が活用するキャリア設計プラットフォーム「UTmap」
優秀な学生たちは、自分が関心を持つ領域で社会的意義ある仕事を望む傾向があります。こうした考え方を持っているため、当然自身が取り組むことになる仕事内容を重視して就職先を選定することになります。いま、「配属リスク」という考え方が学生の間に広がっています。学生からすると、何の仕事をするか分からない総合職採用はリスクが高いと認識され、敬遠される対象となっているのです。
また、若い人たちのキャリア形成のスピード感も多くの企業とはギャップが生じています。コンサルファームに3年ほど勤め、スタートアップ企業に幹部として転職し、20代後半で起業するような人も珍しくありません。ハイスピードで成長できる環境を用意することは、若くて優秀な人材を採用するうえでも、エース社員をリテンションするうえでも大切なことなのです。