組織・人事

ブラック企業とは何か 本質的な議論なく個別に解釈

若者を使い捨てにする「ブラック企業」が社会的問題になっている。だが、一口に「ブラック」といっても、その中身は極めて曖昧だ。厚生労働省は9月から「若者の『使い捨て』が疑われる企業」の監督指導に乗り出しているが、「ブラック」を明確に定義することは考えていないという。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

「ブラック企業」という言葉を世に知らしめたNPO「POSSE」代表の今野晴貴氏は「大卒を大量に正社員として採用するにもかかわらず、数年で意図的に大量に辞めさせる」という特徴があるとし、「選別型」と「使い捨て型」の2つの種類に分類している。

「選別型」は、大量に採用した上で、「使える者」だけを残して、残りは自己都合退職を強要する。「使い捨て型」は自己都合に追い込むためにパワハラ行為を繰り返し、「仕事のきつさだけではなく、待遇が将来にわたって改善されず、同僚や先輩社員もつぎつぎと会社を去っていく」(「世界」2013年5月号)ケースである。

こうした企業の中には残業代不払いや違法な長時間労働など明らかな法違反も見受けられるが、法の枠を超えたCSRや企業倫理の観点から広く捉えているように思われる。

今野氏の運動に呼応し、被害者の法的権利の実現を目的に設立した「ブラック企業被害対策弁護団」は狭義では「新興企業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業」と定義している。

弁護団はブラック企業の違法行為として、①長時間労働(安全配慮義務違反)②残業代の不払い③詐欺まがいの契約(固定残業代、直前での雇用形態の変更など)④管理監督者制度、裁量労働制の拡大⑤パワーハラスメント⑥過労鬱、過労自殺、過労死の隠蔽―の6つを掲げている。

今野氏と弁護団に共通するキーワードは「若者」「大量採用・大量離職」「新興企業(成長大企業)」「違法労働」などであるが、これだけに限定すると、古くからある中小企業や伝統的大企業、大量中途採用企業が排除されるなど、範囲が狭められてしまう。「ブラック」の概念はおそらくもっと広いだろう。

厚労省も9月から「若者の『使い捨て』が疑われる企業」の監督指導に乗り出した。全国の労基署が積み上げた監督指導の対象企業は約4000社。企業の選定は「労働基準監督署およびハローワーク利用者等からの苦情や通報等を端緒に、離職率が極端に高い若者の『使い捨て』が疑われる企業」としている。

厚労省はブラック企業という名前はあえて使っていない。その理由として「ブラック企業は定義としては非常に多義的に使われており、人によって解釈が異なる」(労働基準局)ことを挙げる。

また、「使い捨てが疑われる企業」についても「明確に定義することは考えていない。『劣悪な雇用状況にある企業』も若者の使い捨てが疑われる企業ともいえると思うが、明確に定義してしまうと、レッテルを貼ってしまうことになり、逆にそうでない企業の抜け道になってしまうおそれがある」

つまり、厳密な定義をしてしまうと、そこだけ順守すれば問題がないことになり、企業に免罪符を与えてしまう懸念があるという見解だ。

ブラック企業は大学生にも不安と混乱を与えている。文化放送キャリアパートナーズの就職情報研究所が実施した学生アンケート調査(2013年5月)によると「ブラック企業を受けないように気にしていますか?」という質問に42.1%が「かなり気にしている」、43.8%が「少し気にしている」と回答している。

ただし、ブラック企業のとらえ方は学生によって異なる。たとえば「サービス残業・長時間勤務薄給・労働組合なし(法政大・男)」「離職率を教えない(聖徳大・女)」「休日出勤を年中強いられるような企業(東北大・男)」といった具合である。

また、どのような時にブラック企業と感じるかについては「人事の人の目に生気がない(東京都市大・男)」「2時間の社長面接中の半分が下ネタだった(共立女子大・女)」というものであり、理解の仕方も感じ方も含めてどうも一面だけを捉えているようだ。

ブラック企業問題以前に、会社とは何かについてもう少し大学やキャリアセンターが教えるべきことがあるはずだ。中堅IT企業の人事部長は「そもそも大学が仕事や事業というものを理解していないし、言葉だけが一人歩きしているのが非常に気になる」と語る。

「会社にとって不必要な業務により不必要な時間を拘束されるとか、労働時間が長いことが是とされる文化がある、あるいは社員を使い捨てだと思って、人間性を尊重しない企業はブラック企業だと思う。しかし、事業を推進するのに必要な労働が発生し、結果として残業時間が長くなるのは致し方ないこと。とくに事業のスタート時期は経営者も24時間寝ずに仕事をすることもある。仕事(企業)は自己実現の場であって、そこで何をやりたいのか、あるいはやるべきことの議論がなく、権利的にブラック企業が論じられることに危機感を感じる」

何のために働くのか。働くことに対する自立した価値観を若者一人ひとりが身につける教育こそがブラック企業対策にもつながる。大学がきちんと教えることが重要であることは間違いないが、社会経験豊富な父親など家族が教えてもいいのではないか。不思議なのはブラック企業の相談窓口に、本人の相談だけではなく、家族からの相談も多いらしい。

労働基準関係法令を順守しない企業は論外だ。ブラック企業が個別の解釈を生んで一人歩きすることに問題がないわけではないが、厳密に定義する必要はないのではないかと思う。大事なことは労働者自身あるいは就職する若者が仕事や働くことの意味について考えることだ。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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