国内外の激しい競争にさらされている企業の生き残りをかけた人員削減の動きが始まっている。その規模も家電・エレクトロニクス業界を中心にグループで数千人から数万人単位の大型リストラも公表されるなどリーマン・ショック後の様相を呈している。(文・溝上憲文編集委員)
今年1月、電子部品メーカーの管理部門担当専務の部屋に呼ばれた人事部長はこう切り出されたという。
「国内の工場と営業拠点の再編、海外移転計画を経営企画室で策定中だ。それに伴う余剰人員が国内1000人程度発生する。それに人件費の構造改革で500人程度上乗せし、1500人規模の削減になりそうだ。関連会社や取引先への出向・転籍や希望退職募集を含めた実施計画をまとめてほしい」
社員の能力やモチベーションアップを最大の使命とする人事部としては、できればリストラは避けたい。しかし、「経営の一翼を担う立場からすれば会社が危機に直面すれば、コスト削減策としてのリストラも必要になる。我々ができることは異動や転籍する人、また退職する人の再就職支援など最大限の配慮を示してやることしかない」(人事部長)というのが本音だ。
リストラの最もポピュラーな手段は「希望退職募集」だ。しかし、その前に募集人員を極力減らすためにグループ内外の取引先や関連会社への出向・転籍者を増やそうと努力する。だが、最近は引き受けてくれる企業が少なくなったと語るのは化学会社の人事担当者だ。
「以前は転籍を前提に1年間出向扱いとし、給与を出向先と折半で支払っていたが、最近は出向先が半分も出さなくなっている。それどころかパフォーマンスが悪い社員は出向先からすぐに戻される。出向負担額も含めて出向・転籍を行うのは難しいのが実状だ」
関連会社や取引先も業績が厳しいのは一緒だ。一口に希望退職募集といっても実施するまでに数ヶ月におよぶ準備期間を要する。一般的な手順は次の通りである。
・閉鎖・統合する事業所や工場の余剰人員の把握
・全体の人員削減計画に基づく事業部ごとのランク付けによる削減数の設定
・対象者の年齢・職位などの募集要件の設定
・退職加算金の算出、再就職支援などの優遇措置を含む退職スキームの構築
・労働組合との協議 ここまでが、前工程の作業であるが、次は実施に向けた実務作業である。・事業部から提出された退職候補者リストのチェック
・候補者全員の人事考課シートと勤怠記録の集約
・上長(役員、事業部長クラス)を対象にした個別面談セミナーの開催
・個人別早期退職加算金および企業年金資料の作成
・退職同意後の人事部による個別面談の実施
希望退職募集に当たって対象者全員と上長が個別面談を行うのが一般的だ。希望退職募集は優秀社員の流出リスクも高い。最大の目的は辞めてほしい社員に対する「退職勧奨」と残ってほしい社員への「慰留」だ。
ただし、面談担当の上長といえども、長年仕えてきた部下をリストラするのは心情的にもつらい。やり方を間違えれば、本人が激高し、収拾がつかなく事態が起きる可能性もある。そこで多くの企業は確実に目的を遂行するために、面談担当者を集めて、事前研修を実施している。
リストラ候補者の人選の基準はどうなっているのか。端的に言えば、会社への貢献度が低く、将来にわたっても成長性が見込めない社員だ。基本的には人事考課がベースとなるが、会社の方針や考え方によって対象者も異なる。
ターゲットになりやすいのが中高年社員だ。電機メーカーの人事担当者は「人件費コストが高くて切りやすいのが管理職。非組合員ということもあるが、事業規模が小さくなるとマネージメントをする人はそれほどいらなくなる。
その次は中高年のスタッフ職。年功制が残っているため人件費が相対的に高い層。年齢的には45歳以上だろう」と指摘する。 また、最近の希望退職の応募資格を40歳以上、あるいは35歳以上と年齢を下げている企業が多いが、製造業の人事担当者は明らかにバブル期入社組を意識していると指摘する。
「1992年までに入社した40代前半のバブル入社組の数は依然として社員の中でも突出している。これまでは45歳以上のローパフォーマーがリストラの中心だったが、ポストがなくなると彼らに手をつけざるをえない。能力が同じ30代と40代の社員なら間違いなく40代を切る。とくに40歳を過ぎても管理職のグレードに到達していない社員は狙われやすい」
昨年から浮上している新たなターゲットもある。高年齢者雇用安定法の改正には「希望者全員の継続雇用」が盛り込まれたが、それを見越して定年数年前の社員を対象にしようというものだ。
人材紹介会社の役員は「クライアント企業ではとても全員の再雇用は無理だと言っている。定年前3年分の給与を割増金で支払って辞めてもらったほうが会社にとってのコストは十分に見合う。希望退職募集を契機に辞めさせたいという企業も少なくない」と明かす。
しかし、中には「解雇不当」を理由に労働審判や裁判に訴える社員もいる。人事部はそうしたリスクも踏まえた対策を講じておく必要がある。解雇に関する裁判では、「解雇するに足る客観的かつ合理的理由が存在するか」が最大の争点となる。その際に会社側が提出する証拠となるのが人事考課と「勤怠」資料である。だが、裁判では評価の正当性が争われるため、より確かな証拠を揃えておくことも重要だ。
大手IT企業の人事部では毎年2月の人員調整の役員会議に部長、課長クラスの前期のローパフォーマーリストを提出している。その狙いについて同社の人事部長はこう語る。
「担当役員から半期の間にリカバリーするように伝えてもらう。半年後にパフォーマンスを再び検証し、それでも成果が上がらない場合はイエローカードを発信し、1年を通じて成果を出せない場合は『辞めてもらうかもしれない』と警告するようにしている。あくまでも裁判になった場合の労務リスクを減らす処置だ」
リストラはコスト削減による会社再建の効果がある一方、訴訟リスクや残る社員のモチベーションの低下も招きやすいという副作用も生じかねない。