派遣法改正の余波 人材業界への影響と労使の本音

製造業派遣や登録型派遣の原則禁止を謳う労働者派遣法改正案が国会で審議中だ。リーマン・ショック以降の途中解約や雇い止めによる派遣労働者の多数の失職者を生み出したことから「雇用の安定」を目的に規制を強化するものであるが、すでに改正法成立前から派遣労働者や事業者に影響が出始めている。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

派遣労働者が減少に転じる

登録型・製造業の派遣社員の雇用環境は悪化の一途をたどっている。厚労省が発表した09年度の労働者派遣事業報告集計(速報版)では、派遣労働者は5年ぶりに減少に転じ、延べ約230万人。前年度の確定値よりも44.2%の大幅減少となるなど急速に縮小している。

製造請負・派遣に限定しても、業界の関係者は対前年比6割弱まで低下していると指摘する。現在、アジア市場の需要回復で製造業を中心に業績が戻りつつあるが、派遣労働市場の需要は回復しているとはいえない。その最大の原因は、直接雇用への切り替えである。

製造請負・派遣業大手の経営者は「派遣を使うことのイメージを非常に気にして期間工など有期の契約社員による直接雇用に舵を切っている。

とくに自動車メーカーでは外部労働力を使っているところはほとんどないのではないか。一部の大手企業では、派遣がまったく使えないことを前提に事業存続を図る戦略をとっている」と語る。

派遣市場の縮小で廃業・事業売却

登録型派遣も同様だ。日本人材派遣協会の担当者は「景気後退の需要不足により、業務の撤退や廃業も増えており、協会の会員企業は1年間で百数社減っている。派遣事業はターニングポイントに入っており、このうえ登録型派遣が禁止されることになれば、果たして景気が回復しても事業を存続させていく必要があるのか、悩んでいる経営者が多い」と指摘する。

一般労働者派遣事業所数は約2万5000カ所、特定派遣事業所を合わせると約8万3000事業所であるが、実質的に稼働しているのは7割。市場の縮小により派遣子会社の廃業や売却による淘汰が進んでいる。

すでにシステム開発業や運輸業、従業員数1万人に満たない企業ではグループの派遣会社を閉める動きも出ているという。

派遣会社の経営も深刻だ。派遣労働者の最大労組であるUIゼンセン同盟人材サービスゼネラルユニオン(JSGU)の担当者は「景気回復基調にあるといっても、派遣労働者を極力使わないで自社で募集するか、あるいは残業でカバーしている企業が多い。派遣法改正議論以前は、新たに派遣を入れようという動きもあったが、今はほぼなくなっている」と語る。

派遣事業の低迷により、派遣元企業では携帯電話の代理店事業や飲食業など他の事業で企業存続を図るところも出てきているという。

労働界も雇用の受け皿がなくなることを懸念

改正派遣法は常用雇用以外の登録型・製造業派遣を禁止し、雇用の安定につなげるのが狙いであるが、実際は雇用の安定どころか雇用を失うと見る業界関係者は多い。

日本人材派遣協会の担当者は「派遣をやめて直接雇用にすればよいという意見もあるが、フランスやアメリカの調査では派遣を使わないとした場合、正社員にする企業は4分の1程度しかない。日本に当てはめた場合、4分の3が一時的に失職する可能性は否定できない。日本ではとくに短期派遣禁止の影響は大きく、長期派遣でも一時的には半数近くに影響が出るだろう」と予測する。

派遣労働者数は約200万人。このうち26業務に携わる派遣労働者は100万人。直接影響を受けるのは常用雇用以外の製造業派遣を含む44万人である。リクルートワークス研究所の試算によると、製造業派遣と登録型派遣が同時禁止となれば、約18万人が失職すると予測している。

改正派遣法の成立を推進する労働界も登録型・製造業派遣の禁止により、雇用の受け皿がなくなることを懸念する声は少なくない。

ある産別の幹部は「あまりに厳密にやると雇用がなくなるのではないかという不安がある。流通・サービス業も生産性が低く、雇用が減っているなかで派遣もなくなると雇用の受け皿がなくなってしまう。派遣制度に不備はあっても原則禁止はいかがなものか」と心中を吐露する。

曖昧な「常用雇用」は労使の暗黙の了解か

じつは今回の改正案では「常用雇用」の定義が曖昧なまま残されたが、それは労使双方の思惑があったというのが真相のようである。

常用雇用は一般労働者派遣と特定労働者派遣を区分する目安として使われ、その定義は、期間の定めのない雇用以外に、「過去1年を超える期間について引き続き雇用されている者、または採用の時から1年を超えて引き続き雇用されると見込まれる者」も認めている。

つまり、1年以上雇用の見込みがあるということは「3カ月の労働契約の更新で4回を超える状態になればよいということであり、仮に3カ月の契約満了で終わっても、当初から1年を超える見込みであったと主張すれば、認められる」(人材派遣会社役員)事態も発生することになる。

それでも労働政策審議会の場であまり議論されなかったのは、第一に常用雇用の定義を期間の定めのない雇用に限定することになれば、使用者側の抵抗が強く、絶対に同意することはなかったという事情もある。

そしてもう一つは、期間の定めのない雇用、つまり正社員化を図れば、それに応じる企業は少なく、結果として派遣労働者の失業が増加するのではという危惧があったという。

「現実問題として、常用雇用を正社員と同様に期間の定めのない雇用にする企業は少なく、そうなった場合の雇用の受け皿をどうするのかという問題もある。あえて定義づけをしないで曖昧にしておくことで、できるだけ失職しないような受け皿を大きくとっておくほうがよいというのが労使の暗黙の了解なのではないか」(人材派遣会社役員)

しかし、それでは難産の末にできた法律も絵に描いた餅に終わる可能性もある。人材派遣会社の役員は「仮に1000人の派遣スタッフのうち100人が1年以下で雇い止めされた場合、これは多すぎませんかと指導を受けて、改善報告書を提出させて一件落着ということになりかねない」と指摘する。

改正案では、登録型は2カ月以内の派遣は原則禁止、常用型は1年以上(見込み)となり、2カ月超1年未満の派遣は期間制限のない専門26業務のみとなる。 26業務のなかでも定義づけが曖昧な事務用機器操作(5号業務)に従事する人が全体の4割を占める。加えて自由化業務については常用型とはいいながら3カ月の契約も認められることになる。実際の運用ではどこから綻びが出てもおかしくないかもしれない。

単に規制強化による派遣労働者の雇用の安定を追求するだけでは救済につながらない。雇用の受け皿としての派遣労働はどうあるべきなのか、もっと抜本的議論を行うべきである。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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